水平線に異常なし
魔物との距離は秒ごとに縮まっていく。
追われている帆船の姿も操舵室から確認できた。
真後ろから接近すると機銃の射線上に帆船がはいってしまうので、僕は右後方から魔物へと近づいていく。
奴らはまだこちらには気が付いていない。
「射程に入ったらバリバリのバリスタを全弾発射。当たらなくてもいいから足止めとして使ってください」
マイクに向かって話すと、シエラさんが操舵室に向かって手を挙げた。
あれは了解の合図だ。
こちらの声は聞こえても向こうの声はわからないので、こういった手信号を予めいくつか決めておいた。
バリバリのバリスタは雷属性なので、半径6メートルくらいの海中にいる敵なら感電させることができるとフィオナさんは言っていた。
いきなりの実戦投入だけど、ここはフィオナさんの言葉を信じるしかない。
ポセイドン騎士団も五人一組の陣形を二つ作って待機している。
先ほどから魔法陣がいくつも浮かび上がっているところをみると、合体魔法と呼ばれる強力な攻撃魔法を使うのだろう。
騎士たちの合わせ技は射程も威力も格段に上がる。
時速77キロはおよそ秒速21.4メートル。
まもなく魔物が射程に入る。
「魔物までの距離400メートル。バリスタ発射用意! ……5、4,3,2,1、撃てっ!」
紫電を纏った長槍が勢いよく射出された。
風を切りながら放たれた槍は着弾の瞬間に閃光を放って海中に消える。
魔物の反応は……消えていないな。
命中はしなかったようだ。
でも、何体かの速度は遅くなっている。
電撃による感電で体が痺れているのだろう。
「シエラさん、効いています。どんどん次弾を撃ってください!」
そうこうしている間に騎士団の合体魔法も発射された。
五つの魔法陣から放たれた攻撃魔法が空中で螺旋を描きながら一つになって魔物を貫く。
痺れて動きが鈍くなっていた魔物は直撃をくらって海中に沈んだ。
仲間を殺された魔物は帆船を追いかけるのをやめ、こちらに向かって一斉に突撃を開始した。
僕は速度を緩めて敵の攻撃に備える。
この船はジェット水流の逆噴射もできるので、船体が止まるまでの制動距離も短いのだ。
「シーモンク五体が海上を接近中。バルドス級は依然海底にいます。シエラさんはシーモンクを機銃で迎撃。ポセイドン騎士団は音響魔法で敵をあぶりだしてください!」
フロントデッキではすぐに動きがあった。
シエラさんは機銃にとりつき、ナビスカさんたち騎士団の内5人が……海上へと飛び降りた!?
あっ、海上に氷を作ってその上に飛び降りたのか。
音響魔法を使うには槍の穂先を水に浸さないとダメなんだな。
「魔物は10時の方角です!」
だいたいの場所を伝えるとナビスカさんたちは魔法を放った。
音響魔法はある程度の範囲攻撃もできるのでピンポイントで攻撃できなくても問題はないのだろう。
殺傷が目的ではなく、あくまでも海中から引きずり出すためなのだ。
海面が膨らみ、魔物が次々と波をかき分けて海中から現れた。
海の中にいたのはバルドスとカトグンクが二体ずつか。
バルドスは体長が15メートルはある赤いウミヘビの魔物。
カトグンクは亀のような甲羅を持った魔物で防御力が非常に高い。
亀と違って細長い体型をしているのが特徴だ。
シエラさんの機銃でバルドスはあっという間に撃破できたんだけど、カトグンクの甲羅は機銃の弾さえもはじいていた。
シエラさんがマチルダさんに何か指示を出している。
どうするのかと見守っていると、それぞれの騎士の頭上に真っ赤な魔法陣が浮かび上がった。
五つの魔法陣はゆっくりと上昇して、空中で一つに重なっていく。
まばゆく光る魔法陣からは轟音と共に灼熱の炎が繰り出された。
「ガァアアアアアア!」
操舵室の窓を震わせて魔物の苦しむ声が聞こえてくる。
あれほど大きな炎に包まれたら、まともに息もできないだろう。
「ゆで卵と同じよね。殻は割れなくても中身は固まっちゃいそう……」
いつの間にか操舵室に上がってきていたミーナさんが料理人らしい感想を述べていた。
魔法と機銃が鮮やかな光を放ちながら次々と発射されている。
僕は魔物に接近され過ぎないよう、船をバックさせて相対距離を保つ。
地理情報のおかげで船の動きはスムーズだ。
一体、また一体と魔物は数を減らしていった。
「あとはシーモンクが三体か……」
ガルグアとカトグンクが撃破されたのを見てシーモンクたちは逃走を開始したけど、シエラさんの機銃と海上にいたナビスカさんたちの魔法攻撃で次々と掃討されてしまった。
「敵せん滅完了。お疲れ様でした。海上のポセイドン騎士団を回収後ただちにこの海域を離脱します」
「やったわね、レニー君」
「みんな頑張ってくれました。ミーナさん、皆さんにタオルを用意してあげてください」
「了解!」
ミーナさんは可愛く敬礼して操舵室から出ていった。
みんな雨の中で戦ったからびしょ濡れだろう。
すぐにでもお風呂に入ってもらいたいところだけど、ダークネルス海峡を抜けるまでは無理というものだ。
それに、すぐ横を進む帆船をこのまま置いていくのも気が引けた。
感謝の気持ちを表しているのだろう、向こうの船員が甲板に集まってこちらに大きく手を振っている。
せめて海峡を抜けるまでは護衛について行くとしよう。
「シャングリラ号は海峡の出口まで右舷を走る帆船に並走します。各員は警戒態勢のまま待機してください」
船内放送を切ってようやく一息付けた。
とりあえず地理情報ではこちらに向かってくる魔物はいない。
船足はだいぶ落ちてしまうけど、海峡を抜けるまでは最後までつき合おうと思った。
ダークネルス海峡を抜けてしばらくたったころ、操舵室の扉が開いてクレイリーさんが入ってきた。
手には紅茶とクッキーが載ったトレーを持っている。
髪が少し濡れていて、お風呂に入ったことがすぐに分かった。
紅茶の香りに混じってほんのりと石鹸の香りもしている。
「これ、ミーナさんに頼まれたから……」
「ありがとうございます。そこにおいてください」
船長席のすぐ横の机に置いてもらった。
ここまでの大型船になるとシエラさんとミーナさんでもまだ動かすことはできない。
ガモの港に着くまでは僕は操舵室を離れることができないのだ。
クレイリーさんはトレーを置くとすぐ横の席に座った。
「貴方さぁ……」
「なんです?」
「その敬語をやめなさいよ。私たちは歳も近いんだし……」
今日もクレイリーさんは少しだけ不機嫌な感じで喋っている。
まあ、クレイリーさんと僕とでは歳は二つしか違わない。
でもなぁ、なんか女の人って同年代でもずっと大人っぽい感じがするんだよね。
「だったらクレイリーさんも僕のことはレニーって呼んでくれますか? カガミ殿とか貴方とかしか呼んでもらえないですし」
「わかったわ、レニー。これでいい?」
「うん。そうだ、ちょっと舵を持ってて」
「ええっ⁉」
「紅茶を飲んでクッキーを食べる間だけだよ」
ちょうどいいところに来てくれたんだから、少しだけクレイリーに甘えさせてもらおう。
僕が操縦席を離れるとクレイリーは慌てて舵に飛びついた。
「ちょっと、大丈夫なの!? 騎士団で操船は習っているけどこんな大きな船は……」
焦りながらもクレイリーはしっかりと舵を握っていた。
「そうそう、その感じでお願い」
地理情報で確認しているけど、この辺りには岩礁や危険海流の場所はない。
近くにいればしばらくは任せておいても大丈夫だ。
「もう……」
最初はちょっと怒った感じだったけどクレイリーは案外楽しそうにしている。
「少しだけスピードを上げてみる?」
クッキーを食べながら聞いてみた。
「いいの?」
「うん。スピードの調節はそこのレバーだよ。手前に引けばジェット水流の水圧が上がるんだ。動かすときはゆっくりと」
「わかった、ゆっくりとね……」
クレイリーは慎重な手つきでレバーを引く。時速は5キロくらい上がった。
「うん、いい感じ。魔石の消費が激しくなるから、しばらくしたら元に戻してね」
「うん……」
「おかげで休憩ができて助かるよ」
「まったく、ちょっと敬語をやめさせただけなのに、すぐに甘えて……」
「ごめん。でもさ、一人だとガモまで食事もできないから」
カップのミルクティーを飲み干して、ポットの中の紅茶をもう一杯注いだ。
「仕方がないわね……お昼ご飯のときも来てあげるわ」
「ほんとに? 助かる。クレイリーは飲み込みが早いから安心して任せられるよ」
「う、うるさいわね。早くクッキーを食べちゃいなさい!」
「は~い、もうちょっと待っててね」
僕はお皿に残ったクッキーをつまみ上げた。
真ん中にイチゴジャムが乗っている僕が一番好きなやつだ。
「あっ、クレイリーも食べる? このイチゴのクッキーは美味しいよ。ミーナさんの作る料理は何でも美味しいけど」
「うん、一つ頂こうかな」
「はいはい、口開けて」
「えっ?」
「クレイリーは操船中だから」
「うっ……そ、そうね……」
小さく開けられた薄桃色の唇の間にクッキーを放り込んであげた?
「どう、おいしい?」
「う、うるさいっ!」
あれ?
また機嫌が悪くなっちゃったな?
さっさと紅茶を飲み終えて、操縦を代わってあげた方がよさそうだ。
僕もイチゴジャムのクッキーを口に入れた。
うん、いつもと変わらず美味しいや。
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