フォーチュンアイスクリーム
ポセイドン騎士団から正式なチャーター依頼を受けた僕たちはさっそく準備に取り掛かった。
まずは海馬の住処をつくることからだ。
エディモン諸島へはナビスカさんを筆頭に10人の騎士が随行する。
もちろん彼らの乗る海馬も一緒だ。
人間のための客室はあるけど、海馬の厩舎はないから大量の藁を運び入れて臨時の馬小屋を作っていく。
ナビスカさんが海馬に引っ張らせたボートに藁を満載してやってきた。
その様子はまるで海の荷馬車だ。
「すごい量ですね」
「こいつで特上のベッドをつくってやるんじゃよ」
「でも、こんなところに閉じ込めて大丈夫ですか?」
「な~に、一日に何時間か海の上で遊ばせてやれば問題はない」
野生の海馬を捕まえるためには騎士たちの海馬がどうしても必要になる。
なるべく快適な環境を用意してあげないといけない。
「もう一台ボートがきましたよ。あっちは何を積んでいるのかな?」
「おお、あれはこいつらのエサじゃよ」
それは大量の乾燥させた海藻だった。
海馬はこんなものを食べているんだな。
「コンブ、ワカメ、アオサ、ダルス、レイヴァーなんかがこいつらの主食だ。儂のシルバーはレイヴァーが特に好みで、多めに入れてやらんとすぐに不機嫌になるのじゃ。困ったやつじゃよ。ダハハハハ!」
海馬を見るナビスカさんの目は優しい。
きっと海馬が大好きなのだろう。
海馬のスペース作りと同時に必需品の買い出しも進めた。
なんせ乗員が14人で一週間以上の旅になる。
予備の食料も含めたら、延べ14人×15日×3食で630食分の食料が必要になってくるのだ。
それも最低限の話であり、おやつや嗜好品をいれたら買い物の量はさらに増える。
「大型冷蔵庫なんて夢のような魔道具があるから便利だけどね」
ミーナさんに言わせると保存食だけに頼らないで済むのは、料理人としては非常にありがたいことなのだそうだ。
普通の船なら牛や鶏などの家畜を積んで肉やミルクを確保するんだけど、冷蔵庫があればその必要もない。
野菜のない食事のせいで体調不良を起こすなんて説もあるみたいだから、いろいろと買いそろえておかないとね。
「冷蔵庫だけでなく冷凍庫まで大きいのがあるんだから、シャングリラ号は便利よね」
肉だけじゃなくてパンなんかも冷凍できてしまう。
春も終わりになってきて、今日は少し暑いくらいの陽気だ。
他の船の厨房係は頭を痛めていることだろう。
「今日は少し汗ばむくらい暑いわよね」
ミーナさんがパタパタと手を振って顔に風を送っている。
「ほんとに。なんかアイスクリームが食べたいくらいです」
「あら、いいわねぇ。帰ったらアイスクリームを作りましょうか」
「だったらフォーチュンアイスがいいなぁ!」
「フォーチュンアイス?」
「はい。じいちゃんが教えてくれた棒付きのアイスクリームのことです。こんな形をしていて……」
地面に棒付きアイスの絵を描いて説明してあげた。
「ああ、手で棒を持って食べられるのね」
「そうです。しかも、棒には当たりクジが入っているんです。だからフォーチュンアイスクリーム」
「うふふ、おもしろそうじゃない。でも、当たりがでたらどうなるの?」
僕とじいちゃんのときは……。
「僕が当たりを引くと5ジェニー小銅貨がもらえたんですよ。で、じいちゃんが当たりを引いたら、いつも僕が肩もみをしてあげていました」
「レニー君の肩もみか……。熱くなりそうな人がいるわね」
熱く?
「どういうことですか?」
「ん~、そうね……みんなレニー君に肩もみをしてもらいたいってことよ」
えっ⁉
そうか、お姉さんたちは全員がそんなに疲れていたのか。
慣れない船旅だもんなぁ……。
僕がもっと頑張らないと。
「あの、当たりクジを引かなくたって肩もみくらいしてあげます。荷物だって全部僕が持ちますから!」
ミーナさんの下げていたカゴを僕は奪うように自分の手に持った。
「みなさん疲れていたんですね。僕、ちっとも気が付かなくて……」
「えっ? そういう意味じゃないのよ」
ミーナさんは困ったような笑顔で僕を見つめた。
「レニー君に肩もみなんてされたら、お姉さんたち全員が元気になっちゃうから、みんなとっても喜ぶと思っただけなの」
「そうなんですか?」
「ええ」
よかった。
全員が疲れているわけじゃなかったんだ。
「でも、肩もみなんてどこがいいんでしょうね? くすぐったいだけなのに」
「あら? レニー君は苦手?」
「だって、肩なんて凝ったことないですから」
「ふ~ん……」
ミーナさんが悪い笑顔で迫ってきた。
荷物を僕が持ったから、空いた手をワキュワキュさせている。
「ちょっ……ミーナさん……?」
「えいっ!」
ぐわしっ!
もにゅもにゅもにゅもにゅ……。
「あはははははっ。ちょっ……それダメッ!」
肩からムズムズ感が全身を駆け巡った。
「レニー君の弱点発見!」
「ちょっ……ほんとに……っ!」
「ここ? ここが弱いの?」
「もう許してぇ!」
ミーナさんとふざけながら船への道を帰った。
♢
建物の陰にコソコソと隠れ、レニーとミーナのやり取りを見守る二人の女がいた。
別行動をしていたシエラとルネルナだ。
シエラは歯ぎしりをしながら倉庫の石壁を掴む。
ピシッ!
「ちょっと、ニーグリッド商会の倉庫を傷つけないでよ」
「しかしあれを見ろ! 天下の往来で何たる破廉恥な振舞い。あんなものはどう見ても――」
「仲のいい姉弟がふざけ合っている図じゃない?」
「違う! いたいけな少年をたぶらかす、必要以上に胸の大きな女の図だ! いや……ミーナはいいやつなのだが……それとこれとは話は別! 正すところは正さんとな」
「もう、嫉妬はみっともないわよ」
「し、嫉妬などしてはおらん!」
シエラは唇をわなわな震わせながら今にも飛び出さん勢いだ。
「そんなことより、一緒に戻って早くおやつにしましょうよ」
「なんて悠長なことを。おやつなどいらんわっ!」
「いいの? 聞いてたでしょう。今日のおやつはフォーチュンアイスよ。当たりが出たらレニー君のマッサージ付き」
「はうっ! そ、そうであった。優しくて、素直で、強くて、マメな美少年の指が私の筋肉を……」
身悶えるシエラにルネルナは若干引き気味だ。
「シエラくらい素直に自分の感情を表に出せたら楽に生きられそう……」
「自分の気持ちの100分の1だって表になど出しておらぬわっ! 私のこの苦しい胸の内が貴様にわかってたまるものか!」
「あ~はいはい。ショタのくせに生真面目すぎるってのも考え物ね。ほら、さっさと行くわよ」
「ちょっ、ちょっと待て」
「レニー!」
名前を呼びながら追いかけていくルネルナを、もつれる足でシエラは追いかけた。
♢
予定通りおやつはみんなでフォーチュンアイスをつくった。
今日はルネルナさんやシエラさんまで手伝ってくれたよ。
初めて見るシエラさんの格好に「エプロン姿も似合いますね」って褒めたら、熱を出して倒れてしまった。
何を着てもステキだと思ったから言っただけなのに、どうしたんだろう?
ルネルナさんは「妄想の世界で暴走が起きてる」って言ってたけどよくわからない。
シエラさんは1分くらいで元に戻ったけど、本当に大丈夫かな?
でも、アイスができ上るとパクパクと元気に食べていたから、きっと心配することないよね。
ミーナさんの作るアイスクリームはとっても美味しかった。
僕とじいちゃんも作ったことがあるけど、あんなになめらかな口当たりじゃなかったな。
砂糖のバランスとかき混ぜ方にコツがあるそうだ。
ちなみに当たりクジを引いたのはシエラさん。
よっぽど嬉しかったらしく飛び上がって喜んでいた。
「わが生涯最高の時間の到来!」とか叫んでいたけど、ちょっと大げさすぎない?
商品の白ワインを1本あげたんだけど、心なしかひきつった笑いを浮かべていたような……。
お店のおじさんも人気のワインだと言ってたし、白ワインは好物だったと思ったんだけどな。
もっと高級なブランデーの方がよかった?
フォーチュンアイスは楽しかったから、また改めてやってみることが乗組員の総意として決まった。
だけど、次に当たりクジを引いた人は誰でも指名してマッサージをしてもらえることになった。
僕にとっては罰ゲームなんだけどな……。
違うのがいいって言ったけど、多数決で負けてしまった。
お姉さんたちは僕に甘いようで、たまに厳しい。




