ナビスカ一家
ブリッジの扉が開いて顔を上気させたシエラさんが入ってきた。
「追いかけてきた魔物はすべて排除したよ。もう大丈夫だろう」
僕たちはアルケイへ向けてダークネルス海峡を航行中だ。
先ほど足の速い魔物が数体で編隊を組んで襲撃してきたけど、シエラさんが後部甲板の機銃で排除してきたところだ。
「船舶レーダーの反応も消えています。僕の地理情報でも魔物の気配はなくなりました。もう大丈夫ですね。シエラさん、ご苦労様でした」
討伐ポイントも入っているから間違いなく倒しているだろう。
現時点で僕のステータスはこんな感じだ。
走行距離 3971キロ 討伐ポイント 502105 トータルポイント506076
次のレベルアップはトータルポイント655360だから、まだまだ先の話だね。
……でもないのかな?
オレオ・ナビスカさんの依頼で向かうエディモン諸島は、魔物に滅ぼされたロックナ王国の所領だったところだ。
海馬を探す旅とはいえ、戦闘は避けられない状況になるにちがいない。
現行の装備でどれほど対抗できるかはわからないけど、レベルが上がれば大きな助けになるはずだ。
攻撃と撤退のバランスを間違えないように探索を勧めなければならないな。
それもこれもポセイドン騎士団が正式に依頼をしてくるかによるんだけどね。
アルケイに到着すると僕らは湾の入り口で輸送客船のアンカーを下ろした。
コンスタンティプルやルギアと違い、ここの港はちょっと小さい。
細かい操作をすれば停泊できないこともないのだけど、他の船に迷惑がかかりそうなので入港はやめておいた。
「どうする、レニー君。乗り換えるようなら氷で足場をつくるが」
「それには及びません。ボートで上陸しましょう」
輸送客船には救命ボートと呼ばれるエンジン付きのボートが二台付属しているのだ。
「いざという時の訓練にもなりますからね」
救命ボートは3階の後部デッキに備え付けてあり、使用時はロープを使って海面に下ろすことになる。
ちょっと面倒な仕様なので頻繁に使うことはないだろうけど、今日は練習だ。
でも、貨物室に置ける小型ボートを買っておいた方が楽でいいかもしれないな。
こんなことならオプションのゴムボートを選択してもよかったかもしれない。
なんて、後悔しだしたらきりはないか。
セーラー1に手伝わせてボートを海面に下ろす作業をしていると、陸の方から海馬に乗った騎士の編隊が走ってきた。
「ダハハハハハッ! とんでもない船がきたと思ったら、やはりカガミ殿であったか!」
ひと際大柄な騎士が海上で僕に手を振ってきた。
ポセイドン騎士団のナビスカさんだ。
「ナビスカさ~ん! どうですか、この船なら海馬が何頭いたって運べるでしょう?」
「まさに、まさに!」
「ちょっと待っていてくださ~い! そっちに行きま~す!」
あとのことをセーラー1に任せて、シエラさんと1階後部ハッチへ向かった。
1階の後部ハッチに出ると、シエラさんに頼んで氷の浮き島をつくってもらった。
その浮き島にランプウェイを下ろしてつなげる。
「ナビスカさん、これで海馬が船に乗れませんか?」
「うむ、これなら問題ない」
ナビスカさんが手綱を引くと、大きな海馬は軽々と浮き島に飛び乗り、悠々と貨物室に入ってきた。
他の四頭もよく訓練されているようで怖がることなくナビスカさんの後に続いている。
「久しぶりであったなカガミ殿! 来訪が遅くて少々心配したぞい」
「すみません。コンスタンティプルで積み荷を載せるのに手間取りました。でもご依頼さえあればいつでも出発できますよ」
「そうか、ありがたい! こちらも騎士団として正式にカガミ殿へ依頼することが決まったぞい。今夜にでも騎士団本部へ来て下され。しかし広い船じゃ。ダハハハハッ!」
ナビスカさんは満足そうに貨物室を見回した。
「これなら海馬が何頭見つかっても連れて来られるでしょう?」
「まさに、まさに。おお、そうだ! カガミ殿に紹介しておこう。マチルダ、クレイリー、来なさい!」
ナビスカさんが大きな声で呼ぶと二人の小柄な騎士がやってきた。
兜を脱ぐと若い女性の騎士だった。
「この二人は私の娘でな、騎士見習いのマチルダとクレイリーだ」
「マチルダ・ナビスカです。騎士見習いと言っても来月の誕生日には17歳だから正式な騎士に叙任される予定なの。よろしくね」
こんなことを言っては失礼だけど、親子とは思えないほどマチルダさんは整った顔立ちをしている。
話し方もおっとりとしていて優しそうな雰囲気をたたえた人だった。
「クレイリー・ナビスカ。ポセイドン騎士団の騎士見習いよ」
一方、妹のクレイリーさんも美しい人なんだけど、どこかつんけんしていて、取っつきにくい印象だ。
「貴方、ルマンド騎士団ですって?」
僕を値踏みするような視線もきつい。
「そうですが、正確に言えば名誉騎士です。僕の本職は船長なので」
「……失礼するわ」
あれ?
なんか怒って行っちゃった。
「ごめんなさいね。あの子、自分より年下のレニーさんが正騎士であることに嫉妬しているのよ」
マチルダさんがすまなさそうに説明してくれる。
「単なる名誉騎士なんですけどね」
「それでもあの子は騎士に強い憧れを持っているから……」
クレイリーさんは僕より二つ年上の15歳とのことだった。
ナビスカさんは僕たちの会話の雰囲気にはまったく無頓着で、嬉しそうな笑顔を見せてくる。
「よい娘であろう? あれで剣の腕前も海馬の扱いも人並み以上だ。どこへ出しても恥ずかしくない娘だと自負しておる」
「ごめんなさいね。この人、どうしようもない親バカなの」
またもや、すまなさそうにマチルダさんが説明してきた。
「何を言っておるかマチルダ。お前たちは儂がこの世を生きた証であり、誇りだぞ。ダッハッハッハッハッ」
ナビスカさんはまったくこたえてはいないかった。
「そうそう、エディモン諸島には娘たちも連れていくからよろしく頼む」
「ええっ⁉ よろしいのですか?」
何度も言うけどエディモン諸島は魔物に占領された旧ロックナ王国の所領なのだ。
どんな危険が待ち受けているかわからない。
「マチルダもクレイリーもナビスカ家の人間であり騎士だ。それに……この子らなら海馬と心を通じ合わせることができるかもしれないでな……」
「野生の海馬はその……いわゆる乙女に懐きやすいと言われているの」
今度は恥ずかしそうにマチルダさんが教えてくれた。
そういうことか。
だからといっておいそれと未成年の娘を魔物の領域に連れ出すわけにもいかないのだろう。
だから見習い騎士のマチルダさんとクレイリーさんが選ばれたのかもしれないな。
「わかりました。僕も協力しますから頑張って海馬を捕まえましょうね!」
「うん、ありがとう」
「それじゃあ、船の中をご案内しますよ。みなさんのお部屋もいくつかありますから、気に入った部屋を使ってください」
ナビスカ一家を連れて船の中を案内した。
クレイリーさんも最初は不機嫌そうだったけど、ラウンジや食堂をまわっているうちに少しずつ打ち解けてきた。
「この部屋なんかどうですか? 眺めもいいし落ち着いて過ごせると思いますよ」
「そ、そうね。悪くないわ……」
「クレイリーさんは落ち着いてらっしゃるから、部屋の雰囲気も合っていると思うんです」
「あ~、ありがとう……」
「では、クレイリーさんはこちらの部屋を使ってください。マチルダさんは……」
クレイリーさんの部屋を一等船室に決めるとちょっとビックリされた。
「えっ? 待って、父上や姉上と同じ部屋じゃないの?」
「失礼しました。別々の方がよろしいかと思ったのですが」
「いえ、違う! 別々の方がありがたいわ。ただ、てっきり同じ部屋にされると思っていたから……」
輸送客船の船室は広いけど、一家で使うには難があると思う。
それに、一人部屋の方が落ち着くと思うんだよね。
僕だってじいちゃんのことは大好きだったけど、部屋は違う方がよかったもん。
そこら辺の気持ちは年が近いせいかよくわかる。
話し相手が欲しいときはラウンジか操舵室に来てくれればいいだけだしね。
「船長室はこの上にあるので、困ったことがあったらいつでも言ってくださいね」
「うん……ありがとう……」
「次は操舵室にも案内しますね。海馬をみつけるための大切な装置なんかもあるんですよ」
「そんな装置が?」
「ええ、船舶レーダーっていうんです。クレイリーさんにもぜひ見ていただきたいんです」
いつの間にかクレイリーさんの角が取れた感じで、表情が柔らかくなっていた。
「(ふんっ、簡単になびきおって……)」
「(シエラ、みっともないわよ)」
「(私は別に! ルネルナだってヤキモキしながら二人を見ていただろう!?)」
「(なんのかんの言ってもレニー君はお姉さんのものですから、私は心配なんてしてないわ)」
「(ほらみなさん、レニー君たちが操舵室に上がりますよ)」
後ろの方でお姉さん方がこそこそと話し合いをしていた。
声が小さくて何を言っているかは聞こえなかったけど、きっと大切なことを話し合っていたのだろう。
ひょっとしたら今後の方針について意見を出し合っていたのかもしれない。
皆の心配はもっともだ。
だって僕らが向かうのは魔物がひしめくエディモン諸島なんだから。
船長の僕がしっかりして、みんなを心配させないようにしなくちゃね。




