コンスタンティプルの街角で
翌日はコンスタンティプルで仕入れる交易品を探した。
「ルネルナさん、コンスタンティプルの特産品ってなんですか?」
「そうねえ、タバコや金細工、乾燥させたフルーツなんかが有名ね。でもここに来たらノワール海を超えてやってきた東からの物産を買い付けるというのも手よ」
東というとアゼイア大陸か。
「特にアゼイアの絹織物には高値がつくわ。ハイネルケではちょっとしたアゼイアブームが起きつつあるの」
そういうのはまったく知らなかったな。
「絹織物や絵画・絵付け皿なんかを見かけたら仕入れるというのもいいわね」
ニーグリッド商会などの卸問屋だけでなくて、他の大きな輸入商の倉庫、一般の商店なども見回って商品を探していく。
こんな時には小型装甲兵員輸送船が便利だ。
馬車よりも小回りが利くし、荷物だって載せられる。
ルネルナさんの指導の下、利益が出そうなものを選んでいった。
この日購入したのは葉巻を一箱。
金細工の宝飾品を数点。
絹の布地を20巻きだった。
資金もスペースもまだまだ余裕があるから明日も店をまわる予定だ。
僕とルネルナさんは貨物室で仕入れた物の最終チェックをして回った。
「買い物って思っていたより大変ですね」
「そりゃあいい物を安く、かつ大量に仕入れようと思ったら苦労するわよ」
「それにしても、いろいろな物を買うんですね。タバコだけだったら一軒で済んだでしょうに」
「リスクは分散させなきゃ。もしかしたら期待した値段で売ることができない場合だってあるかもしれないのよ。最悪なのは仕入れ値よりも売値が低くなることね」
「そんなことがあるんですか?」
「滅多にないけど、他の船もタバコを運んでいて商品がだぶつくことはあるわ」
そうか。同じものがたくさんあると供給過多で値段は下がってしまうもんな。
「まあ、コンスタンティプルのタバコは比較的安定した値段で売れるんだけどね。私は匂いが嫌いだけど……」
外国のものを売れば何でも高値で買ってくれるわけではないのか。
「今日買った宝飾品なんかはすぐには売れない場合もあるの。値段の高い物は買い手がつかないというリスクだってあるんだから。そのかわり売れるときの利幅も大きいんだけどね」
ルネルナさんはウキウキと話し出す。
「知り合いの宝石商に持っていくのもいいんだけど、貴族や富裕層の奥様に直接売りつけるのが一番儲かるのよ。仲買人は少なければ少ないほど中間マージンを取られることはないわ。もっとも、一々奥様達の間をまわるのは手間も時間もかかるんだけどね」
「なんか大変そうですね。向こうから来てもらうことはできないんですか?」
僕がそう言うとルネルナさんは呆れた顔をした。
「何言ってるの。レニーは店舗なんて持っていないじゃない。ニーグリッド商会の店を使うっていうのもアリだけど、使用料を取られてしまうわよ。その辺の空き事務所じゃお粗末すぎて誰も来ないわ」
「う~ん、だったら船に招待したらどうですか?」
「えっ?」
「だって、シャングリラ号は昨日のリョーク伯爵も興味を持ったでしょう? だったら船に招待して、そこで即売会を開けばいいと思うんですけど」
「即売会……」
「ルネルナさんが言ったように中間マージンを取られないから、普通より安く売ることができます。宝飾品だけじゃなくてタバコや食器を売るのもいいかもしれません」
「カガミゼネラルカンパニーの宣伝にもなるか……。いい案かもしれないわ!」
「えへへ」
偶然の思い付きだけどルネルナさんは僕のことを褒めてくれた。
「いいセンスをしているわよ、レニー。お姉さんますます好きになっちゃう!」
ふいにルネルナさんの顔が迫ってきた。
えっ?
「ちゅっ」
「……」
ほっぺにキスされた……。
以前近所のメイおばさんにされて以来だ……。
「ルネルナァアアア!」
「あっ、シエラさん」
エレベーターの扉が開いていて、シエラさんが姿を現したんだけど、なんで剣の柄に手をかけているの?
「貴様、なにをした!?」
「何って、軽いスキンシップだけど」
ルネルナさんはシエラさんから視線を逸らしてぺろりと舌を出している。
「な、なんというウラヤマ……けしからんことを……」
「ただの挨拶じゃない。シエラもしたら?」
「はえっ?」
爆発するくらいにシエラさんの顔が真っ赤になってしまったぞ。
さっきまで怒っていたのに、今度は下を向いてもじもじとしだした。
どうしたというのだろう?
「あの、僕がなにかいけないことをしましたか?」
「レニー君は悪くない! いけないのは純真な少年をたぶらかすこの女だ!」
「たぶらかす? 僕とルネルナさんは新しい商売について話していただけですよ」
「それだけじゃないだろう? ルネルナの奴は私の目を盗んで君の頬にあんなことを」
どうして涙目?
「あんなこと?」
「キスしただろう!? 穢れなき君の体をルネルナの奴は! あろうことか君の初めてのキスが‼」
はじめて?
「初めてじゃないですよ。10歳くらいまでは近所のメイおばさんや、キノばあちゃんがよくほっぺにキスをしてくれました。お届け物をしたり、畑仕事を手伝ったりしたときに」
「えっ……?」
「僕、母親がいなかったせいか村の女性のみなさんにかわいがっていただいたんです。村だと皆が親戚って感じなんですよ。だから初めてじゃないんです」
「……そ、そうか」
「ここでは私がお姉さん。だからほっぺにチューくらいいいのよねぇ~」
「それはちょっと恥ずかしいです」
「で、では私がしても……」
だから恥ずかしいって言ってるのに。
でもシエラさんみたいなステキなお姉さんにキスされるのなら……。
「あ、あの、僕、ミーナさんの手伝いをしてきます! セーラー1、ついておいで」
「ピポ!」
どうしていいかわからなくなって、その場を逃げ出してしまった。
翌日も仕入れの品を探して街に行ったのだけど、途中で風変わりな一団に出会った。
粗末な荷馬車に荷物を満載して、牛や馬にひかせている。
それだけでは足りなくて人間も一緒になって押している状態だ。
大人も子どももいたけど、みんな一様に表情がくらい。
来ている服もボロボロだった。
「旧ロックナ王国の難民たちよ」
ルネルナさんが教えてくれた。
ロックナ王国と言えば魔族に滅ぼされてしまった国か。
「あの人たちはどこへ行くんですか?」
「ハイネーンとコンスタンティプルで協定が結ばれてね、国境近くの使われていない土地に開拓村を開くことが許されたのよ。おそらくそこへ向かう集団ね」
この人たちもパル村と同じで、住んでいる土地を魔族に襲撃されて、海を越えて逃げてきたんだな。
内陸じゃなかったら僕が船で送ってあげたいくらいだった。
「ロックナ王国と言えばハイネルケにも王族が身を寄せていたわね」
「へ~、どんな人ですか?」
「名前は忘れてしまったけど、公爵家のご令嬢だそうよ。ロックナ王国王族の最期の生き残りらしいわ」
両親も親類も殺されてしまったのか。
僕と同じで天涯孤独なんだな。
僕には優しいお姉さんたちがそばにいてくれるけど、その人は大丈夫なんだろうか?
会ったこともない人なのに、つい自分の境遇にその人を重ね合わせてしまった。




