連絡船の就航
カサックから運んだ積み荷は全部で268万ジェニーで売れた。
そこから原価や経費、税金なんかを差っ引くと、純利益は100万ジェニーくらいだ。
僕の場合は船の購入費や維持費もかからないので利益率が非常に高い。
儲かったお金で故郷パル村の船着き場を大きくしようかと考えている。
それとも街道の整備かな?
どっちにしたって村のみんなは喜んでくれるだろう。
「だいたい三日で100万ジェニーも稼いじゃったんだ……」
「ふぁぁ……。」
僕とミーナさんは数字に実感が持てないんだけど、ルネルナさんは落ち着いたものだ。
「クルーザーでは運べる荷物の量が少なかったけど、今度の輸送客船ならもっと稼げるわよ」
それはわかるんだけど……。
「ルネルナさん、商売が大切なことはわかっていますが僕の目標は世界を見ることなんです。なんというか……貿易ばかりをするというのは……」
「わかっているわよ。資金を貯めたらレニーの冒険にもつき合ってあげるから安心しなさい。私だって外国の貿易航路をこの目で見たいもの。それに海の果てで面白い物が見つかるかもしれないしね。それを仕入れて売ることができれば……」
相変わらず商魂がたくましい。
「私も外国の食べ物をいろいろと知りたいな。珍しい食材なんかを見てみたいわ」
ミーナさんはやっぱり研究熱心だ。
今度パル村に置いてきた、じいちゃんの秘密のレシピ集をプレゼントしよう。
とりあえずはアルケイで待っているポセイドン騎士団のナビスカさんのところに戻らないといけない。
海馬を探しにエディモン諸島への冒険旅行が控えているのだ。
昼食の後はランプウェイ(船と岸壁を橋渡しする船体の一部)の操作方法をシエラさんとミーナさんに教えてあげた。
荷物や海馬の積み込み作業のときに必要になるから、今のうちに覚えておいてもらわなければならない。
ルネルナさんは商会に用事があるといって出かけていったんだけど、僕らがランプウェイで講習をしていると、たくさんのお客さんを連れて帰ってきた。
「リョーク伯爵、こちらが船長のレニー・カガミです。レニー、こちらはコンスタンティプル王国の運輸大臣でリョーク伯爵よ」
さすがはニーグリッド商会の会頭令嬢。
すごい人と知り合いなんだな。
「はじめまして。レニー・カガミです」
「やあ、カガミ君。噂のシャングリラ号を見たくて、ルネルナ嬢に無理を言ってついてきてしまったんだ。迷惑じゃなかったかね?」
「とんでもない。シャングリラ号は伯爵を歓迎しますよ」
伯爵の家族や友人が15人もいたけど、輸送客船は広すぎるくらいだから何の問題もない。
「ミーナさん、セーラー1とお茶の準備をお願いします」
「はい。お任せあれ」
「伯爵、どうぞこちらへ」
ランプウェイを下ろして、スカートをはいたご婦人でも楽に乗船できるようにしてあげた。
お客さんが広い貨物室を見物しているとルネルナさんがすっと身を寄せてきた。
「ここにいるのは全員が港の実力者ばかりよ。今後の商売につながるから、しっかりと船のアピールをしてね」
「アピール?」
「シャングリラ号の実力を教えてあげればいいだけよ。それから、ラウンジや客室を案内してあげて」
それくらいならお安い御用だ。
僕だって自慢の船を紹介できてうれしい。
輸送客船にお客さんを迎えるのは初めてだからしっかりとアピールしてあげるとしよう。
「どうぞこちらへ」
各船室を案内していくとお客さんたちは感動のため息を漏らしていた。
「このように清潔で広々とした船室を見るのは初めてだよ。この船なら、他の客船のように窮屈な思いをしないで済みそうだ」
「まあ! この部屋はリンテンドホテルよりもよっぽど趣味のいい家具を置いておりますわ。これなら船旅も楽しそう。……って、お風呂まであるの!?」
一等客室のお風呂に伯爵夫人が驚いている。
ここにはエナメル(ホーロー)のバスタブがあって、真鍮の猫足がついている。
「蛇口をひねればすぐにお湯が出てきますよ。海を見ながらの入浴は格別なんです」
風呂場には窓もついているけど、広い海の上なら覗かれる心配もない。
「ああ、すてきですわ……」
「でも、ここは一等船室です。スイートルームのお風呂は大理石でできていてもっと広いんです」
「なんだって!? これよりも豪華な部屋があるというのかい?」
「今からご案内しますよ」
スイートルームを見学し、食堂をみて、ラウンジまで来るとみんなはソファーでくつろいで一斉に喋り出した。
「船の中とは思えない設備だ」
「はっはっはっ、だったらこの窓の向こうの景色は何だというのだね?」
「こんな船で旅をしたいものだ」
「カガミ船長、コンスタンティプルとルギアの間に定期便を就航させてはくれんかね? 私なら月に1回は利用させてもらうよ」
そんな話がとび出るとルネルナさんがずいっと前に出てきた。
「そうですね。ひと月に一回くらいなら連絡船をやってもいいかもしれませんわ」
「それは助かる」
「料金はどれくらいかね?」
ルネルナさんはちょっとだけ小首を傾げた。
「そうですわね……。レニー、ここからルギアまではどれくらいだったかしら?」
「コンスタンティプルからルギアまではおよそ500キロ。海流にも影響されるけど、だいたい8時間くらいで着くかな」
魔石の消費を考えるとあまりスピードは出したくない。
これくらいに言っておくのがいいだろう。
「8時間だって!? この船はどれだけ速いというんだ!」
「シャングリラ号は魔導エンジンという機関で動いています。だから風の影響を受けずに、速く走ることができるのです」
「そんなバカな……」
あっ、信じていないのかな?
「よろしかったら、少しクルージングを楽しんでみませんか? 少しはこの船の性能がわかっていただけると思います」
反対する人は誰もいなかったので、僕らは船で沖を目指すことにした。
ミーナさんの作ってくれたパウンドケーキを頬張っていると、お客さんを見送りに出ていたルネルナさんが戻ってきた。
「よくやってくれたわレニー。あの人たちが宣伝してくれるから、月末の予約はいっぱいになりそうよ」
予約とはルギア行の連絡船のことだ。
ルネルナさんがさっさと話しをまとめてきて、代理店としてニーグリッド商会とも契約が済んでいる。
「でも、あんな料金設定で良かったんですか?」
「何がよ?」
「だって、一番安いラウンジ席で1万ジェニー。スイートルームなら7万ジェニーもするんですよ」
「何言ってるの。ここからルギアまで陸路で行ったら何日かかると思う? 一週間よ。その間の宿泊費や馬車代なんかを考えたらこちらの方がずっと早くて安いの。まともな計算ができる商人なら絶対にシャングリラを使うに決まっているわ」
言われてみればそうかもしれない。
「でも7万ジェニーも払ってスイートルームを使う人なんているのかな?」
「貴族の見栄っ張りをなめない方がいいわ。アイツらは借金してまでスイートルームを使うはずだから」
お金を借りてまで!?
よくわからないけど乗りたいというのなら拒む理由はない。
「連絡船ではお昼を挟むから、コース料理のメニューを考えなきゃ」
ミーナさんは腕がふるえるとあって機嫌がいい。
でも、お客がいっぱい来るのなら手が足りなくなってしまうな……。
「ピポ」
食べ終わったパウンドケーキのお皿をセーラー1が片付けてくれる。
「お前が10台くらいいればいいのにな」
「ピポォ?」
セーラー1のレンズが僕の顔を見上げる。
まるでこちらの表情を読み取ろうとしているみたいだ。
レベルアップでセーラー1が増やせないかな?
なんとなくだけどできそうな予感はある。
いつになるかはわからないけど。




