輸送客船とセーラー1
湾を出ると僕らはシエラさんの作り出した氷の上に降りた。
クルーザーを送還して輸送客船を召喚するためだ。
「召喚、高速輸送客船!」
現れた巨大な船に全員が言葉を失ってしまう。
それは見たことがないほどの大きな船。
ステータス画面で全長90.6メートル、全幅26.7メートルあることはわかっていた。
わかっていたけど実物は想像を超えていたんだ。
僕が念じると後部搭乗口の扉が開き、自動でタラップが降りてきた。
「乗ってしまいましょう!」
ワクワクしながらハッチを開けると、一階部分は広い倉庫になっていた。
シエラさんと戦闘訓練ができそうなほどのスペースがある。
本来はカーフェリーと呼ばれる船だから、ここには自動車を格納するのだな。
貿易のときなら荷物を置くのに最適だ。
ランプウェイと呼ばれる通路が橋のようにかかり、自動車で直接乗り入れることができるのだな。
もし海馬が見つかって運ぶことになっても、ここなら窮屈な思いをさせずに済むだろう。
みんなでワイワイ騒ぎながら見学していると、奥の方から何かがこちらにやってきた?
とっさにシエラさんが腰の剣に手をかけるけど安心してほしい。
「これは高速輸送客船専用の船員ゴーレム、セーラー1です」
僕が紹介すると、セーラー1は敬礼をするように右アームをあげた。
しぐさがちょっとかわいい。
車輪のついた下半身をしていて、上半身は人間に近い。
まるで兵員輸送車に人間の上半身をくっつけたような姿だった。
大中小のレンズが三つついた顔と三本指の手が特徴だ。
フィオナさんがいなくてよかったよ。
絶対に「分解させてぇ!」ってうるさかったと思うもん。
「ゴーレム? 運航の手伝いをしてくれるのかね?」
シエラさんがしげしげとセーラー1を見ながら質問してくる。
「セーラー1は荷物の積み下ろしや、調理の補助をしてくれるゴーレムです」
「この子が私の手伝いをしてくれるの?」
ミーナさんがおっかなびっくりセーラー1をつついている。
「教えれば下ごしらえの手伝いもできるようですよ」
「だったらコンスタンティプルに到着するまで、この子の教育をしてみたいわ」
「ミーナさんにお任せしますね」
コンスタンティプルまでは4時間以上かかる。
それまでにジャガイモの皮むきくらいはできるようになるかもしれない。
高速輸送客船は5層構造だった。
船底は機関部。
一階は車両甲板と呼ばれる倉庫。
二階は一部が倉庫で一部が居住スペース。
三階はラウンジや調理室、ゲストルームが配置されていて、内装はクルーザーにも劣らないくらい豪華だ。
もちろんこちらの船の方がゆったりとしていて、比べ物にならないくらい広い。
最上階にはブリッジと船長室があった。
初めて乗るエレベーターという昇降機に驚きながら、僕らは三階へとやってきた。
通路を抜けたその先にあったのは広々とした展望ラウンジだ。
「うわぁ!」
みんなが思わずため息を漏らす。
三階の前部は半円状になっていたのだけど、そのすべてに窓ガラスがはめ込まれていて、遥か彼方の水平線まで見渡せるようになっていた。
「すごい……は……はは……あはははは」
「どうしたルネルナ? 狂ったか?」
「こんなもん見せつけられたら笑うしかないじゃない。どれだけの荷物と人間が運べるって言うのよ。私の中の常識が一気に覆っちゃったのよ!」
「まあな。戦略の常識だって大いに変わってしまうだろう。騎士だけじゃなく大量の騎馬や物資だって運べるのだからな……」
僕たちはしばらく呆然と目の前の景色に見入っていた。
ダークネルス海峡はアドレイア海とノワール海を繋ぐ全長30キロほどある海の通路だ。
幅は一番狭いところで2.6キロ、最大の場所でも8.9キロしかない。
魔物の出現率が高く、これまで何隻もの船がこの海の底に沈んでいる。
僕らは高い巡航スピードを維持しつつ慎重に進んだ。
シエラさんはデッキに出て、機銃の前につきっきりだ。
「この海底の財貨をすべて集めることができたら、国一つが余裕で買えると言われているのよ。ニーグリッド商会の船だって私が知っているだけで40隻以上沈んでいるんだから」
ルネルナさんはそう教えてくれたけど、海底の財貨をサルベージしようとする人はいない。
沈没船を探しているだけで魔物がやってくるからだ。
ここを通る船は一刻も早くこの場所を通り抜けることだけを考える。
欲をかけばお宝と一緒に自分も海の底で眠ることになるからだ。
僕は「地理情報」を使えば半径10キロ以内の海底がどうなっているか手に取るようにわかる。
当然どこに沈没船があるかも感じ取れる。
だけどわかったところで引き上げの方法がない。
魔物に囲まれたら助かる見込みもない。
そういうわけで財宝は諦めるしかないわけだ。
今のところは……。
「そろそろ海峡を抜けますね」
通路の終わりが見えてきている。
すぐそこはもうノワール海だ。
操舵室にいたルネルナさんとミーナさんもほっと溜息をついていた。
コンスタンティプル港は東西の海を繋ぐ主要都市だけあって大きな波止場が整備されていた。
「このまま入港しても大丈夫かしら?」
ルネルナさんは心配そうだけど問題ない。
「地理情報によると湾の深さはじゅうぶんあります。そもそもこの船は浮力が高いから、大きさの割にそれほどの水深は必要ないんですよ」
魔導エンジンのおかげで帆船よりもずっと細かい操作もできるのだ。
何となればバックも可能だ。
湾の入り口で待っていると税関のボートが近づいてきた。
ここはコンスタンティプル王国の港なので出入りする船は先に入国審査と荷物の検査を受けなければならない。
僕は後部搭乗口まで出向いて彼らの指示に従った。
「なんとも驚いたな。こんなでかい船があるのかい!? しかも船長が子どもとは!」
「喫水は3メートル強なんで、座礁の惧れはありません。入港を認めてもらえませんか?」
「しかし、この船では2隻分のスペースをとることになるぞ」
船を送還して港湾使用料を抑えるというのも手だったんだけど、今夜は輸送客船に泊まることをみんなが楽しみにしているので、きちんと料金を払うことにした。
だって普通のホテル以上に豪華なスイートルームや一等客室があるんだよ。
クルーザーの部屋も豪華だけど、それよりずっと広くなっている。
僕だって船長室をじっくり見て、今後のインテリアとかを考えたかったんだ。
「係留料金は二隻分払いますんで、なんとかなりませんか?」
「うむ、場所は空いているからまあいいだろう。積み荷を確認させてくれ」
カサックから運んだ銀食器や絨毯は召喚時に積み替えてある。
僕は倉庫の隅に置いたそれらの品を役人たちに見せた。
「こんなに広い船なのに品物はこれだけかい?」
「実は実験航海なんですよ。本格的に荷物を運ぶのは安全が確認されてからですね」
「なるほど。しかしすごい船だ! こんな船は見たことがない。しかも個人所有の船とはな」
お役人たちはすべての部屋をチェックして、ようやく入港許可が得られた。
港ではシャングリラ号を一目見ようと人だかりができていた。
見たこともないような巨大船が入港してきたのだから当然だろう。
船着き場の一番奥、L字になっている場所に停泊させてもらった。
ここなら船尾のランプウェイ(自動車の出入り口)を下ろして荷物が簡単に搬出できるからだ。
「私は港湾事務局に行ってくるわ。ついでにニーグリッド商会の事務所にもね」
「よろしくおねがいします」
細かい事務手続きは主計長に任せて、僕は積み荷の搬出作業をしてしまおう。
「セーラー1、おいで。積み荷を降ろすのを手伝ってよ」
「ピポ」
ゴーレムは人間の言葉は喋れないけど、こちらの言うことはよくわかっているようだ。
「セーラー1は賢いわよ。ジャガイモの皮むきはすぐに覚えたし、玉ねぎのみじん切りも
早いの。この子がいれば夕飯の準備も楽になるわ」
ミーナさんも新しい助手が気に入ったようだ。
貨物室まで降りて、セーラー1に銀食器の入った木箱を持たせた。
「壊れやすい物が入っているから大切に扱うんだよ」
「ピポ」
アームが伸びて20キロ以上ある木箱を軽々と持ち上げている。
身長は150センチくらいで僕より少し小さいけど、パワーはなかなかあるようだ。
これならいろんな局面で役に立ってくれるだろう。
「警備兵として戦闘を教えることはできんのかね?」
シエラさんが質問してくる。
「残念ながらそこまでの機能はないようです」
槍や盾を持たせて突進ぐらいはできそうだけど……。
「ピポ―……」
セーラー1がごめんなさいと言っているようでおもしろかった。
(これまでの総走行距離3778キロ)




