大連射
心臓が止まるかと思った。
それはそうだ。いきなりレニー君が私に抱き着いてきたのだから。
大人の女らしく私から優しく手を差し伸べる予定だったのに、天使はあちらの方から私の胸に飛び込んできてくれた。
文句はない。
これはこれで最高である!
レニー君は私を信じてその身を任せてくれている。
この瞬間だけは生も死も私に委ねてくれたのだ。
跳躍のために魔力を巡らせた状態でレニー君を抱きしめた。
優しくしようとは思うのだが、ついつい腕に力が入ってしまう。
でも仕方がないじゃないか!
私はいま夢の扉を開けてしまったのだから。
ああ……このまま永遠に時が止まってしまえばいいのに。
少しでも長くこの時間が続くようにと、私は全力で空へと飛びあがった。
「送還、水上バイク! 召喚、小型装甲兵員輸送船!」
空中ですぐにレニー君はバイクを消して輸送船を呼び出した。
渦の流れを読んでジャンプしたので、目論見通り輸送船の上に着地する。
幸福な時間は瞬く間に終わりを告げ、いつもの戦場が私の元へ帰ってきた。
私の天使はするりと腕を抜けてコックピットへと潜ってしまう。
「シエラさんは銃塔へ!」
「承知!」
ここは戦場だ。
甘い感傷に浸っている暇はない。
自分の指定席へ駆け上がりグレネードのロックを外した。
「シエラさん!」
「どうした?」
「あんなに高く飛んだのは生まれて初めてでした。生きて帰ったらまたやってもらえますか?」
コクピットで天使が何か言ってる!
恥ずかしそうに、お姉さんの心に突き刺さる言葉を紡いでる!
「もちろんさ!」
何度だって飛んであげる。
二人でどこまでも高く飛ぼうね。
だから、そのためにも――。
「ぶっ殺ぉす! 巨大イソギンチャクは排除だぁっ!!」
私は照準をカリブティスに合わせて、グレネードの引き金を引いた。
♢
コックピットに入ってエンジンをフル稼働する。
レバーを逆に入れて全力でバックすると、渦に飲み込まれるスピードが少し遅くなった。
ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン!
シエラさんによる攻撃も開始された。
シエラさんは大口を開けているカリブティスの口内を狙ってグレネードの発射する。
だけど波で揺れるせいで命中精度はよくない。
せめてもう少し近づければいいのだけど。
「魔力はもちますか?」
「まだ、大丈夫だ! 切れたときは交代してくれたまえ」
さすがのカリブティスにもグレネードの攻撃は効いているようで、大きく開けられていた口も閉じ気味になってきた。
それにつれて渦の流れも緩やかになっている。
「ダハハハハッ! 面白いことをしているではないかっ!」
見るとひと際大きな海馬に乗った大柄な騎士が輸送船に体を寄せていた。
この人はさっき話した、オレオ・ナビスカさんじゃないか。
「ナビスカさん。どうしてここに?」
「脱出を手伝うつもりでやってきたのだが、逆に攻め込んでいるとはあっぱれじゃ! 儂にも何か手伝わせてくれ!」
命を懸けて僕らの救援に来てくれたのか。
「では、クレーンのフックを堤防に引っ掛けてはもらえませんか。あれのことです」
命綱があれば、もっとカリブティスに接近して攻撃ができる。
「よおし、心得た! 引っ掛けた後は儂の土魔法で固定してやるから存分に攻撃を仕掛けるがいい!」
「お願いします!」
シエラさんが攻撃を中止してクレーンを動かす。
ナビスカさんはフックを片手でひっつかむと海馬の腹を軽く蹴った。
「はいよ~、シルバー。堤防まで一駆けじゃあ!」
重たいフックを片手で軽々と掴むナビスカさんもすごいけど、そのナビスカさんを乗せて渦潮の中を走るシルバーという海馬もたいしたもんだ。
しばらく待っているとナビスカさんの銅鑼声が響いてきた。
「よいぞぉ!!!!!」
ナビスカさんの声はただでさえ大きいのに風魔法で増幅してある。
土や風など多彩な魔法をつかうあたり、見かけによらず器用な人みたいだ。
「シエラさん、ケーブルを緩めてください! カリブティスに接近して攻撃しましょう!」
「おう! 動かすぞ」
巻き取り機を動かして少しずつカリブティスに近づいた。
ここからなら奴の口までは50メートル強。
ずっと狙いやすくなったはずだ。
「今です! 攻撃を!」
グレネードが火を噴いてカリブティスの口の中で大爆発が起こる。
カリブティスも口をすぼめてかわそうとするのだけど、接近した分だけ狙いはつけやすい。
火の見櫓くらいある巨大な歯の隙間を縫って、攻撃はどんどんと続いている。
「オオーーーーーーーンッ!」
渦潮が止まり、カリブティスが声を上げた。
既に魔力が尽きたらしくシエラさんの攻撃は止まっている。
だけど、このチャンスを逃したらカリブティスは再びアルケイを襲ってくるかもしれない。
逃がすわけにはいかなかった。
僕はコックピットから飛び出し、銃塔へと飛びつく。
「シエラさん、ごめんなさい」
グズグズしている暇はないので体を滑らせて入り込み、無理矢理シエラさんの膝の上に座った。
「レニー君!?」
「奴に止めを刺します!」
「うん。存分にやっちゃって!」
照準の中にカリブティスを入れて攻撃を開始した。
魔導グレネードが再び火を噴き、カリブティスのあちらこちらで大爆発が起こる。
僕の全魔力をつかった99発の砲弾を撃ちきるのに20秒もかからなかった。
だけど手応えは感じている。
奴の歯が折れ、口の周りの肉が吹き飛ぶのを僕はたしかに確認していた。
(レベルが上がりました!)
(レベルが上がりました!)
(レベルが上がりました!)
どうやら倒せたらしい。
「終わったのかい?」
「はい。カリブティスを倒せました。あっ、ごめんなさいすぐにどきたいのですけど、魔力を使い果たして動けないんです」
「うん……気にすることはない。動けないのは私も一緒だ」
そう言いながらシエラさんは僕のお腹に手をまわしてぎゅっと引き寄せたままだ。
きっとシートベルトのように固定していてくれたのだろう。
でもはっきり言って、この体勢はかなり恥ずかしい。
13歳にもなって抱っこだなんて、他の人には見せられない姿だよ。
しかもシエラさんのお膝で少しだけ安心してしまっている自分がいる。
僕は自分の照れを隠すように話しかけた。
「帰ったら祝杯を上げなくてはいけませんね」
「そうだな……私はもうご褒美をもらってしまったが……」
「ご褒美?」
「いや、なんでもない! なんでもないのだ……」
僕を抱きかかえているシエラさんの表情は見えないけど、何となく声が震えている?
「おおーい! 生きておるかぁ?」
あの声はナビスカさんだな。
「生きていますよ! こっちに来て僕を引き上げてはもらえませんかぁ!?」
「あっ……」
「だいぶ力が戻ってきました。もう少し休んだら船の操縦くらいならできそうです」
「そう……」
戦いに疲れてしまったのだろう。
シエラさんの声は気が抜けたようになっていた。




