名馬レニー
事務所の前は船着き場になっているので戦うスペースは十分すぎるくらいだった。
決闘の噂を聞きつけて見物人たちもぞくぞくと集まっている。
事前の取り決めで、武器と魔法は使わずに殴り合いで決着をつけることが決まった。
死人が出てしまえばそれぞれの騎士団に遺恨ができてしまうので、互いにそれは避けたいという考えだったのだ。
マントとジャケットを脱いで用意しているとあちらの方から声をかけてきた。
「坊主、今の内だぞ。額を大地にこすりつけて謝れば許してやる」
「今さら無理ですよ。エンブレムをバカにされた以上逃げ出すわけにはいきません。貴方が普通に謝ってくれれば、僕はそれですませますけどね」
お互いの意見は一致することはないだろう。
だからこそ決闘なんて事態になっているのだ。
「どこまでも生意気なガキだ。言ってわからねえんならしょうがねえ、体にわからせてやるか」
「それでは……って、ちょっと待ってください」
「ん? いまさら怖気づいたのか?」
「そうじゃありません。ただ、……これはまずいかも。大きな魔物が真っ直ぐアルケイに向かってきています。おっきいのだけじゃなくて他にも何匹か引き連れているようです」
「地理情報」によって感じ取っているので間違いない。
魔物が湾の中に入ってくる前にミーナさんに報せなきゃ。
それから迎撃態勢も整えておきたいし、そのためにもクルーザーは送還しなくてはならない。
「つまらん嘘をつきやがって。そんなたわごとで誤魔化される俺じゃないぞ」
「レニー、本当なの?」
「ルネルナさんはミーナさんに報せてあげてください」
「わかった」
駆け出すルネルナさんを見送っていると、決闘相手が殴りかかってきた。
「よそ見をしているんじゃねえ!」
僕を子どもと舐めているのか、騎士の拳は大振りだ。
こんな隙だらけの攻撃が当たるわけがない。
身を低くして踏み込みそのまま脇腹に拳を入れた。
「グッ……」
くぐもった呻きを漏らしながら騎士の体が前のめりに折れ曲がる。
いい位置にあった顎に肘打ちを決めると、そのまま騎士は大地に沈んだ。
魔法ありだったらどうだったかはわからないけど、この人の体術は大したことがなくて助かった。
「勝負ありだな。もういいだろう?」
シエラさんが向こうの騎士と見届け人に確認する。
「ふ、ふざけるな!」
ええっ!?
この騎士、激情に駆られて剣を抜いちゃったよ。
衆人環視の中で約束事を破っちゃって大丈夫か?
騎士の名誉にかかわることなのに。
「死ね、小僧!」
うん、声は大きいけど、顎にいいのをもらったから足元はフラフラだ。
こんな攻撃じゃあ当たらない。
「レニー君、そいつの剣を切ってしまえ! 騎士の風上にもおけん奴だ!」
騎士にとって剣を折られるというのは最大の屈辱だそうだ。
剣は横からの攻撃に弱いから、身体強化魔法を使える人なら折ることも可能だ。
僕みたいな子どもにはちょっと難しいけどね。
だけど僕には形見のナイフがある。
だからシエラさんも「折れ」じゃなくて「切れ」って言ったのだ。
ドタドタと足を踏み鳴らして切りかかってくる騎士の斬撃に合わせてナイフを抜いた。
逆手に持った状態でスピードを重視して腰を入れる。
ギンッ!
手にしっかりとした感触を感じたときには、僕のナイフが食い込み、騎士の剣は9割がた切れていた。
驚いて目を見開く騎士を見ながら、ナイフを引いて相手の剣を切って落とす。
音を立てて転がる刀身を前に、騎士はついに膝をついてしまった。
「終わりです」
負けた方が謝罪をするという約束だったけど、そんなものはどうでもいい。
それよりも今は魔物の襲来だ。
「シエラさん、大至急クルーザーを送還しないと。もう5キロも離れていません」
「わかった。魔物が来るのなら私も出よう」
呆然としている騎士たちを残して僕らは船へと急いだ。
船着き場ではミーナさんとルネルナさんが必要な荷物を持って船の外で待っていた。
「お二人は安全な場所に避難してください」
「レニー君はどうするの?」
バスケットを抱えたミーナさんが不安そうに聞いてくる。
「出撃します。名誉騎士とはいえ、いちおう騎士ってことになっているようですから」
一般人のように逃げ出したらダメだよね?
さっきルマンド騎士団って名乗ってしまったし。
「レニー君……」
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!
灯台の方から警戒を告げるものすごい音が響いてきた。
風魔法を応用した警告音が海風を震わせて伝わってくる。
ポセイドン騎士団の哨戒もようやく魔物の存在に気が付いたようだ。
「行ってください。僕とシエラさんで対処します」
ルネルナさんとミーナさんが走り去るのを見届けて、シエラさんと短く協議する。
「装甲兵員輸送船で出るかい?」
「グレネードは捨てがたいですけど、敵のスピードが馬鹿になりません」
地理情報で感知した魔物は高速で近づいている。
最高速度が20キロ程度の輸送船では心許ない。
迎撃ならともかく、攻撃を仕掛けるならヒットアンドアウェイが可能な水上バイクの方がいいだろう。
「ここは水上バイクで攻撃を仕掛けましょう。僕がシエラさんの馬になります」
「レニー君が私の馬……」
「はい。シエラさんは騎士としての腕を存分に振るってください」
「(四つん這いのレニー君に馬乗り……。こんなかわいい子に馬乗り……。そんな背徳的なことが許されるの!? 馬乗りしたい、馬乗りされたい、馬乗りしたい!)」
シエラさんが僕の背中に回り込んでもじもじと肩に手をかけてくる。
「あの、何をしているんですか?」
「えっ? 馬に乗ろうかと……」
シエラさんったら……。
「そんなに気を使ってくれなくても大丈夫です。戦闘前に僕を笑わせてリラックスさせてくれようとしたんですね」
「はっ!? わ、私は何を……」
「あはは、僕が馬ってそういう意味ですか? でも冗談を言っている暇はないですよ。魔物はもうすぐそこです」
「そうであった!」
機銃とサーチライトを換装したシエラカスタムで水上バイクを召喚する。
残念ながらグレネード付き重機関銃は水上バイクには取り付けられないのだ。
警報を受けて海馬に跨った騎士たちが次々と港から湾の入り口へと駆けだした。
「ここはポセイドン騎士団の領域だから、我々は後詰として参加しよう」
集団戦の邪魔をしてはいけないので海馬の後ろからゆっくりと水上バイクを走らせた。
海上をバイクで進んでいると、一頭の大きな海馬が体を寄せてきた。
海馬に負けないくらい大きな体躯の騎士が乗っている。
「貴殿らはどこの所属であるか!?」
「我々はルマンド騎士団所属シエラ・ライラックとレニー・カガミであります。魔物の襲撃と聞き、騎士の盟約に従い戦いに馳せ参じた次第!」
「助勢大義。儂はポセイドン騎士団のオレオ・ナビスカと申す。まずは我々の手並みを見ていてはくれぬか?」
つまり、手出し無用というわけなのだろう。
「元よりそのつもり。誉れ高きポセイドン騎士団の戦いぶりを見学させてもらおう」
「うむ。とくと御覧じたまえ!」
大柄な騎士は納得したようで僕たちから離れていく。
僕にはわからないけど騎士としての取り決めがいろいろとあるのだろう。
とりあえずは周囲に気を配りながら戦闘を見学させてもらうことにした。




