世の中って住みにくい
早朝にハイネルケを出発した僕たちは昼前にはルギアに到着していた。
普段ならここで休憩を挟むところだけど、今日はそのままアドレイア海へと乗り出す。
ルギアからコンスタンティプルまでは500キロ以上あるので一気に走破というわけにはいかないのだ。
予定では国境の港であるアルケイで一泊することにしていた。
「アルケイならダークネルス海峡から100キロほど離れています。海の魔物に襲われることもないでしょう」
僕の言葉を受けてシエラさんが説明してくれる。
「あそこは国境地帯だから海軍の拠点があるし、ポセイドン騎士団という海の騎士が防備を固めているんだ」
「海の騎士なんて初めて聞きました!」
「馬の代わりに海馬という生物に乗っているのだよ」
海馬は馬と水牛を足して二で割ったような姿をしているそうだ。
馬も水牛も身近な家畜だけどどんな動物かはちょっと想像がつかないな。
なんと魔法の力で水上を走ることもできるらしい。
「便利な生き物ですね。そんなのがいるのなら、パルの村にも連れて帰りたいなあ」
「はははっ、そうはいかないよ。海馬は海でしか生きられないんだ。川のような淡水のなかにいると、みるみる内に衰弱してしまうそうだ」
「それじゃあ連れて帰るのは可哀想ですね」
「ああ、それに数も少ない非常に希少な生物で、野生の海馬はほとんど発見されないそうだ。ポセイドン騎士団が飼育している400頭を除いてね」
騎士団は海馬の繁殖にも力を入れているそうだけど、毎年少しずつしか数は増えていないらしい。
「アルケイに行ったら海馬を見られますか?」
「騎士団の見回りや訓練風景を目にする機会もあるだろう」
また一つ旅の楽しみが増えたな。
アルケイへの到着を期待しながら僕は舵を握りなおす。
「あっ、9キロ先、東側に魔物の気配が複数あります。迂回していきましょう」
僕の「地理情報」は快調だ。
10キロ以内のことなら魔物や船の動きだって手に取るようにわかる。
「了解。念のためにデッキに出ていようか?」
船の先端には機銃を換装してある。
しかも、今回はフィオナさんが後部デッキに自作の武器をも取り付けてくれた。
『バリバリのバリスタ』という名前で、雷属性を帯びた長槍を撃ち出す装置だ。
槍のストックも4本積んであった。
「向こうはこちらには気が付いていないみたいです。必要ないでしょう」
「そうか……、排除……してみない?」
「今日は積み荷がありますから。それに魔物の詳細が分かりません。場当たり的な戦闘はやめといた方がいいですよ」
「うん……わかった」
シエラさんはちょっと残念がっていたけど、下手なリスクは負わない方がいい。
討伐なら討伐の準備をしてことに当たるとして、今は商売に専念するべきだと判断した。
アルケイには夕方の4時に到着した。
そこで僕は楽しみにしていた海馬をすぐに目にすることになる。
クルーザーのスピードを落として湾の中へ入っていくと、ちょうど巡回中のポセイドン騎士団と出くわしたのだ。
なんだあれ?
長毛種の馬?
全身にたてがみのような長い毛を纏った馬が海の上を走っている。
普通の馬よりもがっちりしていて、横幅もある。
馬と水牛の合いの子と言われれば素直に頷けるような姿をしていた。
「なんか愛嬌のある顔をしていますね」
本来なら頭の毛も長いのだろうけど、視界を妨げないようにおかっぱヘアーにカットされている。
そのせいかどの馬も可愛らしく見えてしまうのだ。
もっと近くで見られるように、入港手続きが終わったら水上バイクで近づいてみようかな?
係員に誘導されて所定の場所に接岸した。
どこか適当な場所で船を送還してしまうという手もあったんだけど、今夜はクルーザーに宿泊する予定だ。
きちんと料金を払って、安全な湾の中で休ませてもらうことにした。
事務手続きをするために僕は身だしなみを整えた。
船長が13歳だと舐められてしまうこともあるから、少しでも見た目をよくしておかなくてはと考えたのだ。
顔を洗って、髪をとかし、ハイネルケで買ったジャケットを身に着ける。
そしてシェーンコップ団長がくれたマントも羽織った。
こうすれば少しは大人っぽく見えるよね。
リビングにいる乗組員たちに声をかけて上陸することにした。
「それじゃあ入港手続きをしてきます」
「私もいくわ」
「私もだ」
ルネルナさんとシエラさんがすぐに立ち上がる。
「一人で大丈夫ですよ」
「あら、お姉さんと一緒じゃ恥ずかしいかしら?」
「そんなことないですけど……」
「私はレニー君の第二秘書だぞ。どんな危険地帯であろうとも随行するのが役目だ」
シエラさん、世間一般的にそれは護衛の役目です。
お二人の強い意向に負けて、僕らは三人で港にある小さな事務所に向かった。
なんだか大げさだよね……。
港湾使用料を払いに行くだけなのに、こんな美女を二人も引き連れていくなんて。
すれ違う人々の視線が集まって、実はかなり恥ずかしかった。
港湾使用料は船の大きさで決まる。
クルーザーは豪華で高性能だけど、貿易船としてはあり得ないくらいに小さい。
ほとんどが居住スペースで積み荷を置けるところがないからね。
おかげで料金も最低ランクだ。
「たしかに800ジェニー頂戴しました」
中年の事務員さんは淡々とお金を受け取り、領収証を渡してくれた。
「明日の出航は8時までにお願いします。それよりも時間がかかる場合は延長料がかかりますからお気を付けて」
「わかりました」
「水や食料の販売は第二区に商会が並んでいますので、そちらで聞いてください」
事務員さんの説明を受けていると荒々しく扉が開き、三人の男が入ってきた。
全員が鎧を身に着けた騎士だ。
三又の銛とシャチが描かれたエンブレムを身に着けている。
「おい、さっき港に入ってきたのはお前たちか?」
大柄で意地悪そうな騎士が僕たちに話しかけてきた。
「そうですけど、なにか?」
「うん? ガキはすっこんでろ。俺は大人の話をしにきたんだ」
「僕が船長ですよ」
「なんだとぉ?」
騎士たちは疑わし気な目で僕を値踏みしている。
「用があるならお聞きしますけど?」
「まあいい。我々はポセイドン騎士団の者だ。この界隈の海の守護者と呼ばれている」
「はあ……」
「海の秩序は我々によって守られていると言っても過言ではないわけだ。だがな、とうぜんそれには金がかかる。というわけで我々はこの辺りを航行する船舶から寄付金を募っている最中だ」
要するにお金が欲しいのね。
騎士団は海馬の育成などもしているから台所事情も厳しいのかもしれない。
少しくらいなら寄付をしてあげてもいいけど……。
「さっさと出すものを出せ。満足のいく寄付をしてもらえるなら船の安全は保障する。だが、出さないとなると……さて、無事に湾を出られるかどうか」
前言撤回。
こんな風に脅迫されたら寄付をする気持ちなんて吹き飛んでしまう。
「自分たちの身は自分たちで守るので結構です。それでは失礼します」
「待て」
脇をすり抜けていこうとしたら肩を掴まれそうになった。
純粋なパワーでは勝てそうもないから身を引いて手を払う。
「貴様、騎士に手をあげたな!?」
険悪な雰囲気になってきたぞ。
「先に手を出したのは貴方ですよ」
「生意気を言うな! マントなんぞはおりおって、子どもが騎士ゴッコか? ん~、ちゃちなエンブレムまでつけて」
手を伸ばしてきた騎士の手を再び払うと、騎士はニヤリと笑った。
「全員見たであろう? このガキは二度までも騎士に手をあげたぞ。相手が子どもだとしても許されん行為だ。表へでろ。少しお仕置きをしてやる必要がありそうだ」
騎士の顔が邪悪に染まっていく。
まるで村人をなぶり殺しにする魔族みたいだ。
相手になるのは構わないけど、困ったな。
「シエラさん、これが原因で逮捕とかされないですかね?」
「大丈夫だ。この場合は騎士同士の決闘とみなされる」
だったら安心か。
「騎士同士だとぉ? 笑わせてくれる。このガキが本物の騎士だとでもいうのか」
「あっ、このエンブレムは本物ですよ。名誉騎士だから本当の騎士かどうかは疑問ですけど」
「なんだと!?」
「ルマンド騎士団です」
そう告げるとシエラさんの手が僕の肩に乗せられた。
「名乗ったからには退くことは許されん。エンブレムを馬鹿にされて放っておくこともだ。レニー君、君とルマンド騎士団の名誉を守るためそこの男に決闘を申し込め」
シエラさんが僕の耳元でそっと囁く。
(戦闘が避けられないのなら仕方がない。一対一の決闘ということにして話を収めてしまおう)
話が大きくなる前に個人の私闘ということにしてしまえば、互いの騎士団に迷惑はかからないということか。
「シエラ、大丈夫なの?」
「問題ない。見届け人はルマンド騎士団所属のシエラ・ライラックが務めよう。そちらの見届け人を選出したまえ」
ルネルナさんの心配をよそにシエラさんが決闘の申し込みを始めた。
これを受けてポセイドン騎士団の面々がざわつきだす。
「おい、本当に相手は騎士だぞ。寄付金の強要がバレて罰を受けないか?」
「これは正規の決闘だ。だったら俺がガキをぶん殴ったって罪に問われることはねえ。告げ口する気が起きないくらいたっぷり痛めつけてやれば大丈夫だ」
「ああ、生意気なガキに世の中ってもんを教えてやれ」
どうやら話はついたらしい。
面倒なことになったとは思うけど、殴られるのも、お金を払うのも、謝罪をするのも全部いやだ。
自分の主張を通すためには戦わなければならないときもあるようだ。
世の中って住みにくいんだね。




