カガミゼネラル……なんですか?
初日はミラルダで一泊して、翌日も船の旅は続いた。
途中で生まれ故郷のパル村に寄らせてもらったくらいで、今のところ大した事件は起きていない。
パル村では村長さんに復興支援金として30万ジェニーを預けた。
このお金で村の共有財産として牛を何頭か買う予定だ。
毎朝新鮮なミルクが飲めるというだけで餓死する人はいなくなる。
僕の船がみんなの役に立つと考えると本当に嬉しい。
じいちゃんの墓参りをしてから旅を続けた。
「レニー君、そろそろカサックじゃないかい?」
船の舵を握ったシエラさんが少しだけ緊張した顔で話しかけてきた。
フライングデッキの操縦席で、今日もシエラさんとミーナさんの操船実技講習を実施中だ。
「あと1時間くらいですね。どうです、操船には慣れましたか?」
「なんとかね。悔しいけど、私よりもミーナの方が筋はいい。私は機銃を扱う方が性に合っているようだ」
「はは……」
たしかにミーナさんの方が繊細な扱いに長けていて、船の接岸なんかはシエラさんより上手だ。
だけど、シエラさんは度胸が据わっていて、ここぞというときの操船に迷いがない。
これはこれで一つの長所だった。
「カサックまでの舵を任せても大丈夫ですか?」
「もちろんだ。ここからなら危険個所はもうないだろう? 私一人で何とかしてみせるさ」
シエラさんとミーナさんの操船技術が上がって、僕も楽をさせてもらえるようになった。
騎士たちは各地で下船していったので、今の乗客は5人だけだ。
彼らもカサックから赴任地へと旅立っていく。
今回の任務も無事に終わりそうだ。
「カサックに着いたらルネルナさんに会いに行こうと思ってます」
「君が行けばルネルナも喜ぶだろうな」
「実は、今後のことを相談するつもりなんです」
「今後のこと?」
いろいろなことに使ってしまったけど、僕の手元にはまだ100万ジェニー以上の金貨が残っている。
今の調子で仕事を続ければ今後も継続的に収入はあるだろう。
だったらそのお金をどのように活用するかが問題だ。
それに魔導エンジンへの投資の話もある。
そういったことをお金と商売のプロであるルネルナさんに聞いてみたかったのだ。
「じゃあ、ルネルナさんをクルーザーに招待して、夕食会を開きましょうか?」
ミーナさんの提案を受けてシエラさんも賛同する。
「ああ、フィオナの魔導エンジンのことはまだ余人に知られない方がいいだろう。その点ここなら秘密が漏れることはない」
ルネルナさんの都合次第だけど、僕らはクルーザーでの夕食会を楽しみに、残りの航路を進んだ。
カサックに到着して最後の騎士たちを見送ると、僕は積み荷のワインを売りにニーグリッド商会カサック支部を訪ねた。
あいにくルネルナさんは不在だったけど手紙は預かってもらえたし、ワインも期待した値段通りで売れている。
しかも売り物じゃなかった品まで売れてちょっと困惑気味だ。
「いや~~~、まさか内陸のカサックで初物のキャヴィータが手に入るとは思っていませんでしたよ」
満面の笑みでしゃべっているのは積み荷のチェックに来た商会の職員さんだ。
この人は、たまたまワイン樽の横に置いてあったキャヴィータの木箱を見つけて、買い取りを希望してきたのだ。
ルギア港からカサックまでは770キロも離れているので、わざわざ遡上してまでキャヴィータを運んでくる人は少ない。
珍しい品は高値で売れるようで、購入代金の3倍で売れてしまった。
こんなことならもう一箱買っておいても良かったな。
騎士団からの報酬や積み荷を売った利益で4万9000ジェニーくらいの収入になった。
僕がルネルナさんと再会できたのは翌日のことだった。
夕方くらいになってボディーガードの面々を連れてルネルナさんはやってきた。
「なによ、なによ、なんなのよ!? この船、どうしたっていうの!?」
相変わらずルネルナさんは元気いっぱいだ。
そういえばルネルナさんはモーターボートしか知らないもんな。
クルーザーだけじゃなくて輸送船や水上バイクなんかを見たらさらに大騒ぎしそうだ。
「僕の新しい船ですよ。お久しぶりです」
「レニー!」
「うわあっ!」
船に乗り込んできたルネルナさんにギュっと抱きしめられてしまった。
そしてそのまま離してくれない。
「ちょっ、ちょっとルネルナさん!」
「久しぶりなんだから、恥ずかしがらずにお姉さんにハグされていなさい」
「そんなこと言われても……」
僕だって子どもじゃないんだから、やっぱり意識しちゃうよ……。
「お姉さんただいまって言うまで離さないんだから」
「嫌ですよ。恥ずかしい」
「も~かわいいんだからっ!」
「勘弁してください。ルネルナさんに相談したいことがあってきたんです!」
「相談したいこと?」
「儲けたお金をどうするかって話ですよ」
そう言うと、ルネルナさんの目がギラリと光り、すっと僕を放してくれた。
現金なお姉さんだ。
「詳しく話してごらんなさい」
「それは夕食のときに。まずは船を案内します」
僕はルネルナさんをキャビンへと導いた。
夕飯はミーナさんが腕を振るい、ヒラメの白ワイン蒸しを作ってくれた。
冷蔵庫って本当に便利だ。
こんな内陸で海の幸が食べられるんだから。
「ヒラメなんて1年ぶりだわ。ご馳走様。とっても美味しかったわ」
ルネルナさんも満足してくれたようだから、わざわざルギア港から運んだ甲斐があったというものだ。
デザートとコーヒーの用意が整うと、僕、ミーナさん、シエラさん、ルネルナさんは一つのテーブルを囲んで話し合いを始めた。
「――というわけで、翡電石を売ったお金が352万3400ジェニーになったんです」
ことの顛末を離すとルネルナさんは大きなため息をついた。
「まったく、ハイリスク‐ハイリターンのお手本みたいな荒稼ぎね」
「あはは……、夜行性の魔物はいないって言う話だったんですけどね……」
偽情報を流した張本人はこの場にはいない。
「それで、その352万をどういうふうに運用していくかって話よね」
「そうなんですが、すでに200万ジェニーは投資先が決まっていまして」
「どういうこと?」
「先ほど話したフィオナさんて魔道具師に投資することにしたんです」
「ええっ⁉ 会社じゃなくて個人に投資をするの?」
「実は面白い話がありまして」
僕はフィオナさんが考えている魔導エンジンについて説明した。
「――と、いうわけで荒唐無稽の夢物語ってわけではないと思うんです」
僕が説明をしている間、ルネルナさんは一言も口を挟まずに聞いていた。
だけど、少しだけ顔が嬉しそうになっていたのを僕は見逃していない。
「随分と楽しそうな話だわ。ねえ、レニー。お姉ちゃんをフィオナって人に会わせてくれないかな?」
「どうしてルネルナさんが……」
「私も興味が出てきちゃったのよ。もしかしたら、この発明は世界に革命をもたらすかもしれないわ」
「そこまで……。そういえばニーグリッド商会の人も、シェーンコップ団長も、みんな自動車を欲しがっていました。あの人たちにパトロンになってもらうという手もありますよね」
「ダメよ!」
いい考えだと思ったけど、ルネルナさんはあっさりと否定してしまう。
「どうしてですか?」
「パトロンを得るってことは、それだけ彼らに利益を還元しなくてはならないから。本当に資金がないのならそれも一つの手だけど、レニーは独力で資金を稼ぐ力があるわ」
ルネルナさんが恐ろしいほど真剣な顔で俺を見つめてきた。
「レニー、貴方は社長になりなさい」
社長?
船長じゃなくて?
「私は貴方の秘書になるから」
「秘書って!? えっ? ニーグリッド商会はどうするんですか?」
「辞めるわよ。私はカガミゼネラルカンパニーの社長秘書兼役員になるんですからね」
会社名まで決まっているんですか!?
どうしよう……。
じいちゃんは鍛冶屋で勇者だった。
僕は社長で船長さん?
それはそれでいいかな、なんて安易に考えている僕もいるわけでして……。
うん、会社を興すのも面白そうだ!




