爆音とともに去りぬ
クルーザーのアラームが時間の到来を告げた。
いよいよ作戦開始は間近だ。
操縦席までやってきたミーナさんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「少しは眠れた?」
「少しだけ。ミーナさんは大丈夫ですか?」
「魔力の回復はまだだけど、動くのに支障はないわ。石を拾うくらい平気よ。はい、ミルクティーを飲んでおきなさい」
ミーナさんの渡してくれたミルクティーは砂糖がたっぷり入っていて甘かった。
ミルクで茶葉を直接煮だしているので濃厚な味がする。
「元気が湧いてきます」
「もう少しだから頑張りましょう!」
ミーナさんの優しい笑顔はいつだって僕の心の支えだ。
「レニー君、こちらの準備は整っている。いつでもいけるぞ」
瞑想をしながら魔力の回復に努めてきたシエラさんも部屋から上がってきた。
「私の準備もできてるよ」
フィオナさんも自作の魔道具で身を固めている。
「それではそろそろ出発しましょうか」
僕らは荷物を纏めて甲板に出た。
シエラさんが呪文を唱えて魔法陣を展開させると、海の上に大きな氷の床が現れた。
「いいぞ。全員乗っても沈むことはない」
僕らは次々と船から氷へと飛び移る。
全員が下船したところで、クルーザーは送還した。
「では、行きますよ。召喚、小型装甲兵員輸送船!」
現れたのはゴツゴツとした鋼の船だ。
クルーザーのような優美さはないけど、堅牢なオリーブグリーンのボディーが安心感を与えてくれる。
「これが装甲兵員輸送船……」
呆然とするシエラさんが正気を失わないように声をかけた。
「時間がありません。乗ってください!」
「心得た!」
我に返ったシエラさんが船に飛び乗り……当たり前のように銃塔に座った。
事前の打ち合わせで砲撃手は保有魔力量が一番多いシエラさんと決めてある。
決めてあるけど……銃塔で身悶えるのはやめませんか?
とっても不安になります。
「シエラさん大丈夫ですか?」
「もちろん大丈夫だとも。グレネードの連射準備はできているさっ!」
「グレネードはなるべく使わないって言ったじゃないですか!」
機銃と違って爆発音が大きいのだ。
離れた場所にいる魔物を呼び寄せてしまう恐れがある。
「そ、そうだったな。わかっている。退却時のやむを得ないときだけグレネードを使うんだよな。大丈夫さ!」
心配は尽きなかったけど、僕らは上部ハッチから船内へと入った。
車輪が海底の石を噛み、船体が大きく揺れた。
それまではふわりとした船の操縦だったのだが、途端にハンドルの感触が変わる。
岸までの距離は15メートル。
アクセルを踏み込んで一気に海岸まで躍り上がった。
「敵影なし! 作業を開始してくれ」
シエラさんの声に後部ハッチを開けて海岸に躍り出る。
先ほどとは違う海岸だけど、ここにも翡電石は山のように落ちている。
僕らは手当たり次第に石を箱に詰めていく。
シュゥッ、シュゥッ、シュゥッ、シュゥッ!
機銃の発射音?
「問題ない。敵は排除した。みんなは作業を続けてくれ。クククッ」
シエラさんが見張っているから安心なはずなんだけど、どうにも落ち着かない気持ちになってしまう。
だって、あの凛々しいシエラさんが口を半開きで、ときどき蕩けそうな顔をしているんだもん……。
でも、すぐに獲物を狙う鷹のような目に戻っているから大丈夫なのかな?
「レニー、それで何箱目だ?」
袖で額の汗を拭きながらフィオナさんが聞いてくる。
「前回のも合わせて五箱目です。だいぶ集まりましたね」
「この調子で行けばまだまだ集められるな」
それは魔物次第だろう。
さっきからシエラさんが散発的に現れる魔物を片っ端から排除してくれているけど、今のところ群での襲撃はない。
この調子ならもう少しは集められそうだけど……。
「レニー君、木箱がなくなっちゃったよ」
用意していた箱はすべて翡電石で埋まってしまった。
「輸送船の床に転がしちまおうぜ。この船は頑丈そうだからそれでもいいだろう?」
「足をとられないように気をつけてくださいよ」
「ここは儲け優先ってことで」
「ミーナさん、聞いての通りです」
「はーい。じゃあ端の方にあけちゃうよ」
そのあともせっせこ、せっせこ石を拾い、八箱分を集め終わったころだった。
「諸君、パーティーの始まりだぞ! 船に乗りたまえ!」
やけに嬉しそうな声でシエラさんが魔物の襲来を告げた。
大軍が押し寄せてきたようだ。
僕らは頷き合って輸送船へと飛び乗る。
と同時に銃塔から魔導グレネードが発射された。
ズドォーーン
腹に響く爆発音とともに海岸の一部が吹き飛ぶ。
「はうっ!」
シエラさんがよくわからない感動の呻きを漏らした。
そして――。
ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン!
響き渡る連続した爆発音。
舞い上がる爆炎と土煙。
「はうっ! あうっ! みゃうっ! あいんっ!」
一発撃つごとに上がる騎士様による不可解な感嘆詞の連続。
戦場はカオスに包まれた。
混乱を振り払うように僕は大声で叫ぶ。
「出しますよ! みなさん、つかまっていてください!」
ギアを入れて海へ向かって船を走らせた。
船はそのまま水をかき分けてすすみ、ある瞬間にふわりと操縦の感触が変わる。
そう、輸送車が輸送船へと戻ったのだ。
ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン、ズドォーーン!
(レベルが上がりました)
あっ、また。
砲撃はまだ続いていたけど、爆音は次第に遠ざかっていった。
カモメの鳴き声で目を覚ました。
時刻は正午をまわっている。
昨晩はスベッチ島を離脱した後、そのままルギア港まで戻ってきた。
僕はそれまで一睡もしていなかったので、明け方の港に到着するやいなや船長室のベッドで眠り込んでしまい、この時間まで眠りこけていたのだ。
ちなみに僕のステータスはこんな感じになっている。
名前 レニー・カガミ
年齢 13歳
MP 4972
職業 船長(Lv.14)
所有スキル「気象予測」「ダガピア」「地理情報」
走行距離 1811キロ 討伐ポイント 74105 トータルポイント 75916
レベルアップに伴いオプションを選べます。
a.ブーム式小型クレーン
b.所有船舶付属用、ゴムボート(20馬力船外機付き)
久しぶりのオプション選択だ。
aは輸送船などに取り付けられるクレーンという機械である。
これがあれば荷の積み下ろしはとても楽になるし、船や馬車などを引っ張ることもできる。
壊れた船の救難活動をする時や、海賊船などを鹵獲したときにも役立ちそうだ。
bはbで捨てがたい。
小型のゴムボートながら、他の船舶の付属物として同時召喚ができるというのが魅力だ。
これがあればクルーとの別行動が可能だし、乗り換えのときに便利だ。
たとえば、今回はクルーザーから輸送船への乗り換えにシエラさんの氷を使った。
でも、いつもシエラさんがいてくれるとは限らない。
小型ゴムボートがあれば、船から船への乗り換えが可能になる。
それに、海上で船を保守点検する、上陸用として使うなど用途はたくさんありそうだ。
いつも通りすごく迷ったけど、僕は結局aのクレーンを選んだ。
船外機付きのゴムボートというのは無理だけど、船に搭載する小型ボートならこの世界でも購入は可能だ。
どうしても必要な場合はそれらを買って代用すればいいと考えた。
シャワーを浴びてリビングに上がっていくと、他のクルーは全員起きていてお昼ご飯を食べていた。
「おはようレニー君。もう大丈夫なの?」
ミーナさんが魚介を使ったスープを出してくれた。
香草と白ワインの香りが食欲をそそるスープで、真ん中には荒く潰したマッシュポテトが盛られている。
「おかげさまで頭はスッキリしていますよ。これを食べたら予定通りハイネルケへ戻りましょう」
集めた翡電石は木箱八箱分もある。
一箱は情報をくれたフィオナさんの取り分。
残りの七箱がシャングリラ号のものと決まっている。
僕らが翡電石を持っていても役には立たないので、すべて売り捌いてしまうことにした。
「ルギアで売るよりはハイネルケで売った方が儲かるんじゃね? 小売価格も王都の方が若干高いみたいだぜ」
フィオナさんは魔道具師だけあって翡電石の小売価格には敏感だ。
案を採用してハイネルケで卸すとしよう。
販売先はいつも通りニーグリッド商会でいいか。
翡電石の価格は高騰しているらしいからいい儲けになりそうだ。
まとまったお金が手に入ったら、船の備品を買ったり、船長服を作るのもいいな。
「レニー君、市場で買い物をしてから帰りましょうよ。外国の果物とかコーヒー豆、またキャヴィータを仕入れるのもいいわね」
ミーナさんの提案で珍しいお酒や食材をたっぷり買い込んで、僕らはルギア港からハイネルケを目指した。




