サングラス
本日二本目です。
しばらく船を進ませると両岸が森に挟まれた人気のない場所へやってきた。
「ここならいいだろう。船長、船を停めてくれ」
ワクワク顔でシートの後ろから僕の肩を掴んでいた団長さんが声をかけてくる。
こうなったら好きなだけ撃たせてあげるとしよう。
シエラさんによる一通りの講習の後、まずは団長さんが機銃の威力を試してみることになった。
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
……ギ……ギギギギギギ……ズシーン!
大きなブナの木が倒れた。
斬新な木こりさんだ。
「いい……」
シエラさんと同じ反応!?
「一発一発の威力は私の魔法の方が上かもしれないが、発動速度と連射スピードが素晴らしい!」
いいながらシェーンコップ団長はつかつかとこっちへと歩いてきて、僕の手を取った。
「レニー君!」
「はい」
「今日から君もルマンド騎士団だ!」
わけがわかりません。
「いえ、そういうのは困るんですけど」
僕には世界をみるという夢がある。
「わかっているさ。人にはそれぞれ役割ってものがある。だけどね、君には今後も何かと私たちの手助けをしてほしいんだよ」
「それはもちろん。僕もシエラさんにはお世話になっていますから」
ヒューと見学の騎士たちの間から口笛が上がった。
「レニー君、改めて話がある」
団長さんの目がこれまでとうって変わって真剣になる。
ここからは大切な話のようだ。
「我々はカサック方面の集落に騎士を派遣することになった。人数は15名と少ないが、一人一人が一騎当千の強者だ。各集落に一人ずつ彼らを配置することによって、魔族の襲撃に備えるつもりだ」
シェーンコップ団長の目は燃えるようだ。
僕もあの日の記憶が甦り、顔がカッと熱くなった。
もしもあの日、パル村に騎士がいてくれたら……。
「レニー君、船を使って各地に派遣される騎士たちを運んではもらえないだろうか? もちろん礼は――」
「手伝います! 手伝わせてください!」
そんな依頼なら謝礼などなくても働くつもりだ。
これ以上あの惨劇を増やしたくない。
騎士たちが地方の小さな村々を守ってくれるというのなら、僕だってできることで手助けしたかった。
「そうか。協力に感謝するよ。だが謝礼は受け取っておきたまえ。君はいつかもっと大きなことを成し遂げるかもしれない。そのためにはお金が必要なこともあるだろう」
「わかりました。ところで輸送する騎士の方々は15名ですよね。もしかして?」
本日のお客様は団長+15名だ。
「その通りだ。今日は私のおごりで慰問なのだよ。まったく、高いワインをバカスカと遠慮なく空けおって……」
シェーンコップ団長は苦笑しながらもどこか嬉しそうだった。
ハイネルケからカサックまでは660キロあり、普通の船なら一週間以上の旅程になってしまう。
クルーザーでも2日はかかってしまうだろう。
せめてその間は騎士たちに快適な旅をしてもらいたいな。
出発は来週ということなので、それまでに用意をしておくことにした。
食事つきのクルージングは好評で、ぜひまたやってほしいという声が多かった。
ディナークルーズの方も評判がよく、騎士たちが奥さんや旦那さんを連れて参加している。
噂によると、話を聞いた貴族や富裕な商人たちも乗船を希望しているらしい。
また機会を見てチケットを販売してみるとしよう。
(本日の走行距離62キロ 総走行距離1527キロ)
翌日はシエラさんと朝のトレーニングに励んだあと、街へと出かけた。
明後日はワイバーンの査定が出る日なのでルギアまで行かなくてはならない。
ついでにできる仕事はないかとニーグリッド商会へ行ってみたけど、目ぼしい仕事は見つけられなかった。
仕方がないので、街を見物してまわる。
ハイネルケは広いのでまだすべてを見て回ったわけじゃない。
ピッカデリーからウーメダ通りの露店を覗き、大鷲城へ帰ることにした。
ジャポコ橋の近くに面白い露店があった。
白い日除けを張っただけの簡素な店で、すぐ横には小さな看板が出ている。
よろず魔道具買い取ります。高額査定実施中!
低い台の上には細々とした魔道具が隙間なく積まれている。
どれも古びた品だけど、見ていると不思議とワクワクしてしまう。
台の向こうでは額のところにゴーグルをつけたお姉さんが居眠りをしていた。
年齢は20代半ばくらいだろうか。
赤い髪に褐色の肌が目を引く。
擦り切れた革のジャケットの下は黒いタンクトップという格好だ。
頑丈そうなジャケットの前は大きくはだけられ、堅固というか無防備というか、よくわからない装いである。
腰には各種工具の刺さったベルトを着けていた。
あらためて台の上の商品に目をやった。
パッと見ただけでは用途のわからない物も多いけど、各商品には小さなメモがついている。
たとえば金属製のゴブレットには「冷たいゴブレット」という名前がついていた。
冷竜のヒゲが底部に仕込まれていて、飲み物を常に冷たい状態に保ってくれるらしい。
値段は4500ジェニーと露店にしてはかなり高額だ。
他にもイビルアイの眼球を利用したフラッシュライト、悪魔の手を利用した自動筆記ペンなんかがある。
そんな商品の中で僕は気になるものを見つけた。
それはサングラスだった。
この商品のメモには「偏光の色つき眼鏡」とある。
さっきから見ているけど、お姉さんには名前つけのセンスはないみたいだ……。
ただ性能はものすごくて、光の強さによってレンズの色の濃さが変わってくるみたいだ。
船乗りはサングラスを持っている者が多いけど、それは大抵緑色の色つきガラスを使ったものだ。
分厚くて透明度が低く、視界が悪くなるという欠点がある。
水晶や宝石を薄く削って作られたものもあるけど、そういうのは目玉が飛び出るほど高い。
「いらっしゃい……、坊やは何をさがしてるんだい? ふあぁ……」
気怠い声がしたと思ったら、お姉さんが大きなあくびをしていた。
「こんにちは。このサングラス、すてきですよね」
お姉さんは僕を見てニヤリと笑った。
「背伸びをしたい年頃かな? 坊やにサングラスは必要ないだろうに」
「ええ? こう見えても船乗りですよ。それに、自分の船を持つ船長です」
「おや、そいつは悪かったね」
お姉さんは僕の話を全然信じていないみたいだ。
もっとも僕の年齢を考えれば船長であることなんか信じられないのも仕方がない。
「明後日は早朝からルギアへ行かないといけないから、それまでにサングラスを欲しいと思っていたんです」
ルギアは東にあるから朝日が真正面になってしまうのだ。
眩し過ぎると水上バイクのスピードが出せなくなってしまう。
「ふ~ん、本当に船乗りなんだね。親父さんからボートでも受け継いだかい?」
「そんなところです」
固定ジョブっていうのはこの世界にはない概念だ。
きっとじいちゃんの特殊な力が僕に受け継がれた結果だと思う。
「だけど、それ高いよ。スモーククリスタルを削り出してあるんだ。坊やに買えるかねえ。私好みのかわいい子だから、多少はオマケしてあげてもいいけどさ」
お姉さんは気だるい雰囲気で、木箱にだらしなく腰かけたままだった。
僕が偏光の色つき眼鏡を買うなんて、少しも本気にしていないようだ。
それもそのはずでこのサングラスは1万7000ジェニーの値がつけられていた。
「うん、決めた。これください!」
「はぇ? これくださいってアンタ……」
財布から金貨一枚と銀貨を七枚取り出す。
ここのところ毎日に忙しく働いていたから資金は潤沢だ。
まとまったお金ができたら銀行に預けた方がいいのかな?
騎士団の輸送でカサックへ行くから、そのときにルネルナさんに相談してみよう。
「はい、ちょうどありますよ」
「ぼ、坊やは……」
「船長です!」
お姉さんは木箱から身を起こし、不思議そうに僕を見上げた。




