クルーザー
本日二本目です。
現れたクルーザーは優美な曲線を持つ船だった。
各所に魔導灯が配置されていて、暗い海の中に現れた女神のようにたたずんでいる。
色はこれまでのローボートやモーターボートと同じ白なんだけど、ずっとシックで豪華な塗装だった。
「とりあえず乗ってみましょう。さあどうぞ」
呆然としている二人の手を引いて、一段低くなっている船体の後部から乗り込んだ。
板張りのデッキスペースを抜けて船の中に入ると、そこはテーブルと椅子、ソファーなどを配置した広いリビングになっている。
脇には調理場もあって、無駄なく収納や設備が置かれていた。
「うわぁ、こんなところにキッチンが!?」
調理場を見て、料理人のミーナさんがはしゃぎだした。
「そっちの棚は上が冷蔵庫、下が冷凍庫になっているみたいです」
「冷蔵庫!? 高級レストランや、富裕層の家にしかない設備じゃない! すごい、そんなものが船にあるのね……」
冷蔵庫の中はまだからっぽだけど今後のためにいろいろと食材を用意しておいた方がいいかもしれないな。
野菜や果物はもちろん、日持ちのする生ハムやベーコン、チーズなんかがあると便利だろう。
パンも凍らせておけば美味しいままに長持ちすると聞いたことがある。
動かすためには魔石を消費するんだけど、便利な道具であることは間違いない。
戸棚の中には食器類もあって、食材さえそろえればいつでも料理ができる状態だった。
「とりあえず全部見てしまいましょう」
ギャレーに固執するミーナさんを引っ張ってリビングや船長室などを見て回り、二つあるゲストルームも確認した。
バスルームのタオルや、ベッドのシーツなど、リネン類も最初からすべて揃っている。
「すごいな……王侯貴族の船にも劣らない豪華さだ」
「シエラさんはこちらの部屋を使ってください。ミーナさんはこっちで」
「ええ!? 私は居間のソファーでじゅうぶんなんだけど……」
「そんな遠慮しないでください。お風呂も洗面台も自由に使ってもらって結構ですからね」
「かえって寝られないかもしれないよぉ~……」
僕もこんな広いベッドは初めてだから落ち着かないかもしれないな。
ワイバーンの売買手続きをしている間に、ミーナさんが市場でフィッシュアンドチップスを買っておいてくれた。
おかげで夕飯を探しに夜の街をさまよう事態は避けられている。
この時間ともなると開いているのは酒場くらいのもので、そういうお店に僕は行ってはいけないそうだ。
「あのような不埒な場所にレニー君がいくなどとんでもないことだ!」
「そうですよ。酒場にいるのは恐ろしい女と男ばかりなのです。レニー君みたいなかわいい子が行ったら、すぐに捕まって食べられてしまうんですからねっ!」
食べられちゃうの!?
食人族!?
都会の酒場はこわい……。
でもちょっとだけ見てみたかった気もするな。
見慣れた白身魚のフライとジャガイモの素揚げだったけど、ミーナさんの盛り付けと豪華な食器のおかげでいつもより豪勢なディナーに感じる。
きらめく照明の効果もあるのかな?
「こんな素敵なギャレーがあるのなら、材料だけ買って私が作ればよかったわ」
ミーナさんはちょっとだけ残念そうだ。
「それはまた今度お願いします。僕も手伝うから一緒にやってみましょう」
手狭ではあるが、いろいろな装備が揃ったギャレーを使ってみたいという気持ちはよくわかる。
僕らは未来のことを話しながら和やかに夕飯を食べることができた。
「ワイバーンの査定額はいつ出ると言っていた?」
シエラさんが聞いてくる。
「早くても四日はかかるそうです。お金をもらったらみんなで山分けですね。三等分しても一人20万ジェニー以上にはなるそうです!」
「えっ⁉ 私は何にもしてないからもらえないよ! 倒したのはレニー君とシエラさんじゃない」
「でも、船の上にいたのは三人です。一時的とはいえ僕らは同じ乗組員じゃないですか」
「うむ、レニー君の言うとおりだ」
シエラさんも納得してくれたけど、ミーナさんは首を縦に振ってはくれなかった。
「絶対ダメです。20万ジェニーなんてお金をハイハイと気軽にもらえるわけないでしょう」
「でも、ミーナさんはお金に困っていますよね。僕だけがお金持ちになるのはちょっと……」
「たとえそうであっても許されることではないわ」
意外と頑固なミーナさん。
僕がしょんぼりしているとミーナさんはいい提案をしてくれた。
「だったら、レニー君が私を雇ってくれない? 私を船の料理人にしてくれるっていうのはどうかな? もちろん他の仕事だって手伝うわ」
それはいいアイデアかもしれない。
「いいんですか? ちょうど僕は人を乗せる連絡船を始めようかと思っていたんです。ミーナさんがいればお客さんにご飯も出せますよ!」
「うふふ、今日から私はシャングリラ号専属料理人ってわけね」
シャングリラ号専属料理人!
心が躍る響きだ。
「だったら私は甲板要員と言ったところか?」
「シエラさんが? 騎士様が甲板要員だなんてものすごく贅沢ですね」
「安心したまえ。どんな敵が来ても私が蹴散らして見せるから」
なんとも心強いお言葉をいただきました。
夕食を食べ終わると、今晩は早く寝てしまおうという話になった。
考えてみればミラルダからハイネルケへ到着したその足で、さらにルギアまでやってきたのだ。
その間にはガルグアとワイバーンの討伐までしている。
みんな疲れていないわけがなかった。
ステータス画面の総走行距離は1354キロに達している。
パル村を出発してからわずか数日だけど、ずいぶん遠くまで来たものだ。
魔力を消費すれば海水から真水を作る魔道具も搭載されていたけど、魔石を使うのがもったいないということで、シエラさんが魔法で水を作ってくれた。
その水をタンクに入れてくれたおかげで船の中の給湯システムが使えるようになっている。
「これでお風呂を使えますね。僕、シャワーなんて初めてだから楽しみです」
「私だって見たことないよ」
「実を言えば私も初体験だ。どうやって使うものなのだい?」
船のマニュアルは頭の中に入っているので僕はシャワーの使い方を二人に教えてあげることにした。
靴を脱いで、ズボンの裾と袖をまくり上げる。
お湯がかかるといけないからね。
「それでは説明していきます……って、うわっ!?」
決して広くないバスルームなのに、シエラさんやミーナさんまでもが僕の真似をして入ってきた。
「なんで、入ってくるんですか?」
バスルームの扉はガラスだから、外からだってよく見えるでしょう。
「使い方を間違えたら困るだろう? よく見ておきたいのだ」
「ちゃんと覚えないと怖いのよ。壊しちゃったら弁償できないもん!」
お姉さんたちにそう言われると反論できない。
狭い場所で体を縮ませながら僕は説明を開始した。
「このコックをひねるとお湯が出てきます。水温は隣のレバーで調節してください」
火炎魔法で適温に温められたお湯が出てくるとマニュアルにはある。
「それじゃあ実際に出してみましょう」
水温を40度に設定して、シャワーヘッドを低い位置に持ち、コックをひねると……。
「うわぁ!?」「きゃっ!?」「なっ!?」
シャワーヘッドじゃなくて壁の三方向から勢いよく暖かいお湯が飛び出してきた!?
しまった、これは普通のシャワーじゃなくてマッサージモードの水流だ。
慌ててお湯を止めたけど、僕もシエラさんもミーナさんもびしょ濡れになってしまった。
二人ともお湯で服が透けている!
ピッタリと張り付くシャツが二人の大きな胸を浮き立たせているじゃないか!?
見ないようにここを出ていきたいんだけど、入り口が詰まっていて脱出もできない。
僕は目をつぶって謝ることしかできなかった。
「ごめんなさい! シャワーじゃなくてマッサージの水流になっていることに気づかなくて……」
「き、気にすることはない……」
「そうよ……大丈夫だから……」
二人のお姉さんは優しかった。
「タオルの位置はわかりますよね。洗面台のところに置いてあるので体を拭いてください」
こんな失敗をするなんて泣きたくなってしまう。
シエラさんたちが出ていった気配がしたので薄目を開けたんだけど、なんと二人はタオルを持って戻ってきた。
相変わらず濡れたままの姿で、狭いバスルームに体をねじ込むように並んで入ってくる。
見てはいけない四つの膨らみが目に飛び込んできて、僕は慌ててまた目をつぶった。
「な、なんで?」
「さあ、タオルを取ってきたぞ。今拭いてやるからな!」
「風邪を引いたら大変だもんね」
シエラさんたちはそう言いながら僕の頭にタオルをかぶせて、優しく体を拭きはじめた。
「あの……、お二人とも何をしているんですか?」
「君が体を拭いてくださいと言ったんじゃないか」
「そうよ」
「違います! ご自分の体を拭いてくださいと言いたかったんです!」
「えっ? そうだったの?」「珍しく私に甘えているのかと……」
とんでもない勘違いをさせちゃった。
「僕のことなら大丈夫ですから、シエラさんもミーナさんも早く体を乾かしてください」
「そ、そうか」
「わ、わかったわ」
ようやく誤解が解けたようだ……って、どうしてここで拭いてるのさ!?
腕を動かせばシエラさんたちにあたってしまうかもしれない。
僕は身動きもできずに、しばらくはじっと目を閉じていなければならなかった。




