ワイバーンを運べ
バイクが止まるのも待たずにシエラさんは立ち上がり、最後尾にいたミーナさんを押しのけた。
「きゃあっ!」
バランスを崩すミーナさんを支えながらシエラさんの視線の先を僕も見つめる。
空の彼方で飛んでいるのは……ドラゴン?
「ワイバーンだ!」
ワイバーンといえば各地で被害が報告されている凶悪な魔物だ。
定住場所を持たず、空を移動しながら暮らして、人間や家畜を捕食する。
巣を持たないので騎士団も手を出しあぐねている厄介な相手だった。
「レニー君、バイクを川上に向けてくれ。これでは照準がつけられない!」
「了解です!」
ワイバーンにお尻を向ける形でバイクを停止させると、シエラさんは機銃を構えた。
機銃の有効射程は2000メートルと書いてあったけど、本当に大丈夫だろうか?
川に沿って飛行しているワイバーンはどんどんこちらに近づきつつあるけど、かなり高い位置を飛んでいるようで、致命傷を与えられるかは判断できない。
でもシエラさんは仕留められると確信しているようで、不敵な笑みを漏らしていた。
そして――。
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
無数の光の矢がワイバーンに向かって放たれる。
僕には豆粒ほどにしか見えないワイバーンだけど、魔法で強化したシエラさんは奴の体を拡大して確認できているようだ。
その射撃に迷いはなかった。
「キシャーーッ‼」
耳をつんざく叫びを上げ、ワイバーンは空中でのたうち回りながら高度を落としている。
「レニー君、バイクを近づけてくれ」
地上に降りようとしているワイバーンを目で追いながら、高速でバイクを走らせた。
奴は何とか翼を動かして広い河川敷に不時着する。
その場所を見届けて船首をワイバーンのいる右岸とは逆の左岸にむけた。
つまり機銃はワイバーンを真正面に捉えている。
「ありがとう、レニー君」
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
シュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッシュッ!
発光する魔弾丸のすべてがワイバーンの頭部に吸い込まれ、巨大な頭が吹き飛んで決着はついた。
(レベルが上がりました)
(レベルが上がりました)
二連続!?
ワイバーンの討伐ポイントはかなり高かったようだ。
でも、倒したのは僕じゃなくてシエラさんなんだけどな。
どうやら、船の設備で倒せば、僕が手を下してなくても討伐ポイントは付くようだ。
そういえばガルグアを倒したときだって、魔力を消費して発射ボタンを押したのはミーナさんだったもんな。
名前 レニー・カガミ
年齢 13歳
MP 2140
職業 船長(Lv.11)
所有スキル「気象予測」
走行距離 1306キロ 討伐ポイント 4485 トータルポイント 5791
新所有船舶
■クルーザー
全長19.28 全幅5.16
800馬力エンジン×2基搭載(およそ200MPで1時間の運用が可能・魔力チャージ1万8000MP)
船長の固有スキル「ダガピア」を会得。ダカピアはアドレイア海における船乗りの間で発展してきたナイフ術であり、天才の誉れ高いピアッツア大佐によって完成された戦闘術である。接近戦では無敵の強さを発揮する武術であると言われている。
いろいろとすごいことになっている……。
まずダカピアだけど、レベルが上がった瞬間に動きの意味やコツなどが理解できた。
本当に「会得」という言葉がふさわしい感じだ。
これからは訓練を重ねて体力を作り、反復を続けて反射速度を磨けば僕はもっと強くなれると思う。
だけど……それ以上に驚いたのはこのクルーザーというやつだ!
この船はなんなの!?
ステータス画面で確認しているんだけど、とんでもなく豪華なんですけど……。
パッと見は3階建ての小型豪華客船って感じ。
一番上はフライブリッジといって、屋根の上に取り付けられた操船スペースだ。
開閉式の屋根がついているけど壁はない。
風を感じながら高い場所で操船するためのスペースになっている。
船長室には大きなベッドやクローゼット、ソファや化粧台、トイレやお風呂まで付いていて、調度の一つ一つがやたらに豪華だった。
船長室だけじゃない。二つあるゲストルームだって負けないくらいに綺麗だぞ。
どちらにもトイレとシャワーがついているところがすごい。
シャワーなんて見るのも初めてなんだけどね。
他にも豪華なリビングや調理場、デッキや照明も完備している。
まるで動く豪邸だよ!
「レニー君、ワイバーンだよ。さっそく運ぶための準備をしよう」
あまりの衝撃でぼんやりしている僕にシエラさんが弾む声で話しかけてきた。
ワイバーンを運ぶ?
なんのこと?
「ほら、しっかりするんだ。これをルギアで売れば60万ジェニーは下らないんだからな!」
へぇ~……そんなにするんだ~…………えっ!?
「60万ジェニーもっ⁉」
「そうさ。レニー君は船を使ってこいつを岸まで運ぶのを手伝ってくれ」
ワイバーンというのは利用価値の高い魔物で、皮、肉、骨、血液などがすべて高値で取引されるそうだ。
特に尻尾にある毒は難病の薬の材料になるらしく、かなり高額で売れるという話だった。
船を係留するためのロープをワイバーンに巻き付けて、言われたとおりに岸まで引っ張った。
ワイバーンの全長は10メートル以上あるから、引っ張るのも一苦労だ。
シエラさんが得意の氷冷魔法でワイバーンを凍らせなかったら岸まで運ぶのは無理だったかもしれない。
四角い氷に閉じ込められたワイバーンを岸まで運び、そのまま川に浮かべた。
「沈まないように空気も閉じ込めて氷を作ったから、このままルギアへ運んでしまおう」
ルギアまでは残り48キロだけど、牽引しながらだとスピードは出せないだろう。
「2時間はかかってしまうと思いますが大丈夫ですか?」
「魔法で再冷凍しながら行けば何とかなるさ。60万ジェニーを捨てていくのは忍びないだろう?」
それはそうだ。
それだけあったら3年は遊んで暮らしていける金額だもん。
本当はクルーザーを見てみたかったんだけど、今はワイバーンを運ぶことに専念しなくてはダメだな。
僕はモーターボートでワイバーンを引っ張りながらセミッタ川を、一路ルギアへと急いだ。
プカプカと浮かぶ氷漬けのワイバーンを見たルギアの人々は騒然となった。
常に移動を繰り返し、空を飛ぶワイバーンは滅多に討伐されることがない。
「おい、そいつは売り物かい!?」
「値段交渉をさせてくれ!」
「うちなら高値を付けますよ!」
船を停泊させる前から商人たちが何人も声をかけてくる。
だけど僕たちは事前に話し合って、このワイバーンはニーグリッド商会に売ると決めていた。
一つには特別優先通行証をくれたルネルナさんの恩に報いるため。
もう一つは、今回の旅ではニーグリッドさん自身から魔石代を先に貰っていたからだ。
集まった商人たちの中にはニーグリッド商会の人もいて、事情を話すとすぐに売買契約書をつくってくれることになった。
その上、ニーグリッドさんの依頼でキャヴィータを探しに来ていることを話したら、全面的に協力してくれるとまで言ってくれた。
「会頭から直接依頼を受けるほどの方というのはさすがですね。まさか自分がワイバーンの買取をするとは思ってもみませんでしたよ」
ワイバーンの買い取り額は解体をして状態を精査してから決まるそうだ。
機銃でいっぱい穴を開けてしまったから買い取り額は下がりそうだけど、商会の人は62万ジェニーは下らないと請け負ってくれた。
引き上げに立ち会ったり、書類にサインをしたりしているうちにすっかり辺りは暗くなってしまった。
「困ったな。私もルギアはあまり詳しくない。今から宿を探すのは大変そうだが……」
人々でにぎわっていた港も夜のとばりが訪れた今はひっそりとしている。
「それなら僕に考えがあります。実はクルーザーという船を召喚出来るようになりまして」
「クルーザー?」
「大型のヨットみたいなものと考えてください。ちょっとちがうか。まあ、見てもらった方が早いかな? 僕もまだ実物は見ていないんで早く召喚したくてうずうずしていたんです」
僕らは歩いて波止場の方へ戻った。
ここならクルーザーを出しても問題ない。
「それじゃあいきますね、召喚、クルーザー!」
「…………」
僕らは三人とも現れた船を見て言葉を失っていた。それくらいすごい船だったのだ。




