仁義
本日三本目です。
途中で水上バイクに乗り換えた僕たちは、予定より3時間も早く王都ハイネルケへ到着した。
効率だけを考えるのなら、ボートに荷物を積んで送還し、移動は水上バイクで行うのが一番いいだろう。
ただし水上バイクは疲れる。
大きな船の方がゆったりとできるのは間違いなかった。
ハイネルケはこれまでに見たこともない大きな都市だった。
街全体が城壁で囲まれているのはカサックと一緒だったけど、こちらの造形の方がずっとオシャレな感じがする。
川も護岸工事がしっかりとなされていて、川幅も広げられているようだ。
行き交う船も多くなり、僕らはゆっくりとバイクを進ませる。
すれ違う船の人々は珍しそうに水上バイクと僕らを見ていた。
ゆるゆるとバイクを進ませると、やがて水門が見えてきた。
すぐ脇には関所があり、街へ入るにはそこで通行証を見せなければならない。
僕もあらかじめニーグリッド商会から通行証をもらっている。
本当は自分で手続きをしなくてはならなかったんだけど、仕事が急に決まったから商会の方で用意してくれたそうだ。
あれ?
そういえば通行証を発行してもらうにはお金がかかるはずなんだけど、ニーグリッド商会が払ってくれたのかな?
もしかしてルネルナさんが?
「ほう、特別優先通行証か」
僕がもらった通行証を見てシエラさんがそんなことを言っている。
「特別優先通行証?」
「そうだ。ハイネーン王国内と通商同盟国の港のほとんどを使用できる特別な手形だよ」
「そんなすごいものだったんだ……」
「先行投資のつもりなのだろう。ルネルナはかなり君に入れ込んでいるからね。私もだが……」
この通行証は僕が普通に申請しても認められるものではないのだろう。
費用だって高額なはずだ。
それなのにルネルナさんは……。
「やっぱり僕の船は皆さんにとって魅力的なものなのですか?」
「それはあるな。だけど、その……」
シエラさんは口ごもってしまう。
「たぶん、ルネルナは君がかわいいのだろう……」
「かわいいって、僕が?」
「あ~わかります。レニー君って弟にしたいっていうか、甘やかしたくなっちゃうというか、そんな魅力があるんですよね」
ミーナさんまでそんなことを口走る。
「うむ……」
え~?
じいちゃんにも村の人にも甘やかされた記憶ってないんだけどな。
愛されていたとは思うけどね。
思い返してみれば、僕の周りにいる人はみんな優しい人だった。
ルネルナさんにはいずれきちんとお礼を言わなければいけないな。
それに彼女のお願いは優先的に聞いてあげないと……。
あっ、先行投資ってこういうこと?
でも、受けた恩にはきちんと報いるのが仁義だってじいちゃんが言っていた。
仁義とは人が守るべき義理とか道徳のことなんだって。
巡視の船に通行証を見せると、面倒な審査をすっとばしてすぐに市内への入場が認められた。
やっぱり仁義は大切だね。
王都ハイネルケは僕とミーナさんにとって驚くばかりの大都会だった。
建物は高いし、道路は全部石畳だし、ひっきりなしに馬車が通っているし、店はいっぱいだし、物はいっぱいだし、人はいっぱいだし、もうわけがわからなくなるくらいだ。
パル村育ちの僕にとってはミラルダだってかなりの都会だったんだけど、ここは桁が違っている。
「まずは今夜泊る場所を探さないといけませんね」
暗くなる前に宿を確保しておかなくてはならないだろうと考えた。
「それなら心配ない。今夜は二人とも私のところで寝ればいい」
シエラさんのせっかくの申し出だけど、突然押しかけて大丈夫なのだろうか?
「いいのですか?」
「もちろんさ。騎士には広い宿舎が与えられている」
「そっか、シエラさんはハイネルケに家があるのですね」
「そうなのだ。もっとも今の私は連絡将校で旅が多い。宿舎にはほとんど帰っていないのだけどな」
部屋はたくさんあるそうなので、僕たちは遠慮なくシエラさんに甘えることにした。
シエラさんの部屋は大きなお城の中にあった。
ここはシエラさんが所属するルマンド騎士団が一括で借り上げている城なのだそうだ。
「すごい。僕、お城に入るなんて初めてです」
「ここは大鷲城と呼ばれていて、四代前のイリアス二世陛下が使っていた城なのだよ」
正面城門上に大鷲の像が彫ってあるからそう呼ばれているんだって。
王様というのは自分だけのお城が欲しいらしく、古くなった城は臣下に売り飛ばしたり、国の施設として利用したりするそうだ。
ここも以前は立派な前庭園があったらしいけど、今は騎士たちが戦闘の訓練をする練兵場になっている。
「シエラ、帰っていたの?」
シエラさんの同僚らしい女性騎士が通路で声をかけてきた。
「うむ。またすぐに戻らなければならないがな」
「あれ~~~?」
女性騎士は珍しい生物でも見つけたかのように、まじまじと僕の顔を見てくる。
「新しい従者かしら? かわいい子じゃない。私にも貸してよ!」
「バカ者! レニー君は従者ではない。彼は一人前の船乗りであり、私の客だ。失礼は許さんぞ」
「あら……」
「もっとも、騎士見習いとして私の元で修業するという未来は無きにしも非ずというかなんというか……」
急にシエラさんがもじもじしだした?
「ふ~ん、あのお堅いシエラがねぇ……。まあ、頑張んなさいよ!」
同僚騎士さんはニンマリとした笑顔になって行ってしまった。
「なんだか変わった人でしたね。僕を借りて従者にしたかったのかな? 僕なんかより有能な人はいっぱいいるでしょうに」
「あれは悪い人間ではないのだが、少し言動がおかしいのだ。気にしてはいかんぞ」
「はい!」
僕とシエラさんのやり取りをミーナさんがげんなりした様子で眺めてたけど、なんだったのだろう?
長旅で疲れてしまったのかもしれない。
今夜は美味しい物でも食べに行って、元気をつけてもらわないとね。
「うわあ、素敵な部屋ですね!」
分厚いクルミ材の扉を開けるとそこは居間になっていた。
重厚で豪華な家具調度が品よく並べられているけど、物は少なく簡素な感じがする。
それがかえってシエラさんの部屋っぽくて面白かった。
奥に寝室とゲストルーム、脇には従者室もあるそうだ。
「気に入ってくれたかい? レニー君さえよければ王都にいるときはいつでも来てくれて構わないよ」
「そんな、悪いですよ」
「遠慮することはない。いっそ、ここに住んでしまえばいいんだ。うん、我ながらいい思い付きだ。レニー君、王都に来たときはいつでもここを使ってくれていいからな」
「ありがとうございます。シエラさんもミーナさんも本当に僕に親切にしてくれて……」
「私の部屋なんかここに比べたら……」
「そんなことないです! ミーナさんの家だって温かみがあって僕は好きですよ。いつも美味しいお料理を食べさせてくれるし」
「レニー君……」
「お二人には感謝してもしきれません。僕にできることがあったら何でもしますからね。遠慮なく言ってください」
天国にいるじいちゃん、僕は優しい人たちに支えられて元気に生きているよ。
じいちゃんの教えを守って、これからもこのお姉さんたちの恩に報いていくつもりさ。
だから心配しないでそっちでゆっくりお酒でも飲んでいてください。
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