広がる世界
本日二本目です。
川岸から襲われていた集落の方を眺めたけど、さっきまで飛び回っていたガルグアの姿は見えなかった。
「たぶんシエラさんが片付けたんだと思います」
「そうよね。あの人がやられるわけないもんね……」
脳裏にじいちゃんの最期がチラッとだけよぎったけど、頭を振ってその考えを捨てた。
現役の騎士団がやられるわけない。
特にシエラさんは騎士団の中でも屈指の強者だと聞いている。
絶対に大丈夫!
固唾を飲んで見守っていると河原へ向かう道に人影が現れた。
あれは――。
「シエラさんっ!」
僕は船から飛び降りてシエラさんの方へと走った。
シエラさんはそんな僕を笑顔で迎えてくれる。
「大丈夫ですか!? 怪我はありませんか!?」
「おいおい、レニー君は心配性だな。あの程度の魔族なら私一人でじゅうぶんと言ったじゃないか。心配されるというのも悪い気はしないが……」
「よかった。シエラさんが強いのは知っていますが、戦闘に絶対はないから」
「その通りだ。それがわかっているなら君はいい騎士になれるよ……っと、君は船乗りだったな。返す返すも残念だ。そちらはどうだった?」
「それが、シエラさんが村の救援にいったあと、船の方にも違うガルグアが二体も現れたんです」
「なんだとっ⁉」
僕はミーナさんと二人でガルグアを撃退した顛末を話して聞かせた。
「君たちに怪我がなくて本当によかった」
「はい。ミーナさんがいなかったら危なかったですけどね」
「そんな、私なんて……」
「何言ってるんですか。二人で機銃を撃ったから倒せたんですよ」
「二人で……機銃を……」
シエラさんがなぜか拗ねた顔をしている。
「僕が狙いをつけて、ミーナさんが魔力を籠めてくれたんですよね」
「えへへ、倒せたときはちょっとだけ気持ちが良かったかな」
「クッ……」
よくわからないけど、シエラさんは悔しそうだ。
この人は機銃が大好きだから使ってみたかったのかな。
それはともかくとして心配なのは襲われた人々だ。
「村の方はどうですか?」
「被害ゼロというわけにはいかなかったよ。幸い死者は出ていないが、多数の怪我人と火事がな」
ガルグアは村に火を放って遊んでいたらしい。
火事はシエラさんの氷冷魔法で消し止めたそうだけど、穀物倉にも引火して備蓄にも少しだけ被害が及んだそうだ。
悲しかったけど、僕はある確信を持っていた。
「生きていれば大丈夫です」
パルの村だって3割もの人が亡くなってしまったけど、生き延びた人々は立派に村を再建している。
簡単なことじゃないけど、人間にはそこから立ち直る力があると僕は知っている。
僕も貿易などで資金を稼ぐことができたら、村にとって役立つことに使おうと考えていた。
王都ハイネルケに向けて僕らは再び出航した。
ところが走り始めてすぐにあの声が頭の中で響いて僕を驚かせる。
(レベルがあがりました)
コンソールの走行距離を見ると、ミラルダを出航してからまだ83キロしか走っていない。
出発時に総走行距離は912キロだったから、トータルでも1000キロに達していないぞ。
次のレベルアップは1280キロだと思っていたんだけど、どういうこと?
「ちょっとすいません。確認したいことがあるので船を止めますね」
断ってステータスボードを開いた。
名前 レニー・カガミ
年齢 13歳
MP 1020
職業 船長(Lv.9)
所有スキル「気象予測」
走行距離 995キロ 討伐ポイント 285 トータルポイント 1280
所有船舶
■魔導水上バイク(クルーザータイプ)
全長3.58 全幅1.27 定員3名
推進装置 300馬力ジェットポンプ 最高速度122㎞/h(およそ200MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ420MP)
シールド機能搭載(オン・オフ可)
■魔導モーターボート全長4.8メトル 全幅1.92メトル 定員5名
60馬力エンジン搭載(およそ140MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ500MP
■ローボート(手漕ぎボート)全長295センクル 全幅145センクル 定員2名
10馬力の船外機付き(およそ110MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ350MP
討伐ポイントというのがついてる!
つまり魔族や魔物を倒しても成長ポイントが加算されるんだな。
走行距離との合計が1280になったからレベルが上がったってことか。
しかも今回のレベルアップではすごい船が使えるようになった‼
最高時速120キロってなんなの!?
ステータス画面の絵を見る限りは小型ボートみたいだけど、馬のように跨って乗るものらしい。
次の船はてっきりレベル10になってからと思い込んでいたけど、5の倍数ごとに新型が手に入るわけじゃないようだ。
僕にとっては嬉しい誤算だな。
「レニー君、どうしたんだい?」
ステータス画面を見つめる僕にシエラさんが声をかけてきた。
他の人にはこのステータスボードは見えないらしい。
「またレベルが上がったんです。今度はさらに速い船を手に入れました」
「速い船って、この船よりもかい?」
この船だってかなりの高速艇だよね。
「はい。新しい水上バイクは今までの倍以上のスピードが出るみたいです」
「倍以上!?」
シエラさんもミーナさんも絶句していた。
「レニー君、私もその水上バイクとやらを見てみたいのだが……」
「実は僕も見たくてたまらなかったんです。それでは一回岸に上がりましょうか」
召喚出来る船はどれか一種類だけだ。
どれもシャングリラ号であるから、モーターボートを召喚した状態では水上バイクは召喚ができない。
近所の漁師さんが使っているらしい桟橋があったので、そこにボートを泊めさせてもらって、僕らは岸に移った。
「それじゃあ行きますよ。召喚、水上バイク!」
現れたのはシルバーと燃えるような赤色をした乗り物だった。
船長のジョブスキルのおかげで扱い方はもうわかっている。
「これが水上バイクか。三人乗りかな?」
シートの形状を見たシエラさんが聞いてきた。
「はい。さすがに三人で乗ればトップスピードは落ちますけど、それでもかなりの速度は出せますよ」
「では、私も乗せてもらえるだろうか?」
おずおずとシエラさんが聞いてくる。
「私も乗ってみたいな」
ミーナさんは無邪気だ。
「それじゃあ三人で試乗してみましょう」
僕らは初めての水上バイクに乗り込んだ。
魔力はまだ回復しきってはいなかったのでタンクに魔石をセットした。
魔導エンジンを起動させると正面のパネルが起動し、各種の情報が表示される。
エネルギーチャージ量は419MPでほぼ満タンだ。
エネルギー消費は高くなってしまうけど、シールドはオンにしておく方がいいだろう。
これは敵の攻撃などから身を守るようなものじゃなくて、風や水しぶきを防ぐための魔法シールドだ。
夏の暑い時期なら、シールドを切って風を感じるのも気持ちがいいのだろうけど、春まだ浅い季節では自殺行為になってしまう。
びしょ濡れでハイネルケに行くのは無理というものだ。
「しっかりつかまっていてくださいね」
「心得た」
「はーい」
僕のすぐ後ろにいたシエラさんがぐっと体を押し付けてくる。
シエラさんって着痩せするタイプなんですね……。
「……それでは出発します」
水上バイクは後部から細い水柱を上げて発進した。
これまでの船は魔導エンジンがスクリューを回転させて推進力を得てきたけど、この機体は船体下にある吸入口から取り入れた水流をジェットポンプで加速させて、その動力で動く乗り物だ。
ボートとはまったく違う操作感だけど、スムーズでパワフルな加速に僕の心も踊る。
「おおぉ、これは!」
「きゃああああああああ!」
シエラさんもミーナさんも、それぞれに驚嘆の声を上げた。
特にシエラさんは興奮しているようで、僕の体をさらに強くつかんでくる。
「レニー君! 現在スピードは何キロ出ている?」
「ちょうど100キロ前後です」
「では、3時間かからずにハイネルケまで行けるということかい?」
「そうです。このままボートに乗り換えずに行ってしまいますか?」
「いってしまおう!」
「きゃあ! きゃああ!」
荷物はモーターボートに乗せたまま送還してあるから問題ない。
現地でボートを召喚して取り出せばいいだけだ。
少々窮屈だけどこのままハイネルケへ向かう方が楽かもしれないな。
「それでは、時間短縮のためにこのままいきますよ!」
ハイネルケまでは残り約240キロ。
僕の中で世界がますます広がっていくのを感じる。
僕は巡航速度を維持しながら、新しい世界に身を投じる快感に酔いしれていた。