王の器にあらず
連行された僕たちはいくつもの階段を上って調理場までやってきた。
子どもたちは泣いて抵抗したけど、それを許す魔物たちじゃない。
追い立てられ、ときには腕や頭を掴まれてここまで連れてこられたのだ。
調理場では20人ほどの魔族が働いていた。
こいつらは戦士であると同時に料理人でもあるようだ。
料理のおこぼれでも狙っているのだろうか、床や天井にもたくさんの魔物がたむろしている。
「よーし、人間、服を脱げ」
剃刀をもった魔族が命令してきた。
「ちょっと待ってよ。ここには女の子もいるんだよ!」
僕の反論に魔族はせせら笑う。
「知るか。服は再利用するから血で汚したくない。まあ、洗濯をするのはお前ら人間だから、俺はお前の仲間の手間を減らしてやっているってことだ。ありがたく思え」
ということは、僕が今着ている服も以前に食べられてしまった子どもが着ていたものか……。
「ほら、いいかげん諦めて服を脱げ。手間をかけさせるなよな。殺したら体を洗ったり、血抜きをしたり、毛を剃ったりと面倒なんだ。魔王様や将軍たちはグルメだから、しっかりとした下処理をしなけりゃなっ!」
ここで騒ぎを起こしちゃいけないことはわかっている。
火でもつけて、どさくさに紛れて僕だけ逃げだしでもするのが正解なのだろう。
大事を成すには多少のことには目をつぶらなくてはならないときがあるとアルシオ陛下も言っていた。
それが王者の務めなのだそうだ。
だけど僕には無理だ。
目の前で子どもが食われそうになっているんだよ。
理屈じゃない、ここで動かないことを僕の魂が許さない。
僕は王の器ではないってことだ。
でもそれでいい。
僕は船長なんだから!
踏み込むと同時に魔族の腕を絡めて剃刀を奪い取った。
と同時に刃を横に引いて首の頸動脈を切る。
まだ反応できていない魔物の頭にかかとを落とすと、頭蓋が割れる感触が伝わった。
「貴様!」
怒号が響き渡り、調理場にいる魔物たちの視線が僕に集中した。
「召喚、魔導モービル・ビャッコ!」
ビャッコを身に纏って子どもたちを抱きかかえる。
ゲンブやスザクの方が戦闘力は高いのだけど、そちらはお姉さん用に飛空艇に置いてきてしまったのだ。
「召喚、セーラー3。退路を確保するんだ!」
通路にマジックライフルの音が響き渡る。
セーラー3たちと一緒に血路を開き、生活区域へと戻ってきた。
ここは入り口が一か所しかないので守るのが比較的楽なのだ。
「セーラー3は何体残った?」
戦闘の中で魔物に引き裂かれたセーラー3もいたのだ。
50体召喚して残ったのは38体だった。
「よし、生き残ったセーラーたちはこの子たちを連れて奥へ行ってくれ。そのまま彼らの護衛につくんだ」
セーラー3は命令通りに動いてくれた。
僕は鉄格子を閉めて看守の持っていた鍵を中に投げ入れた。
「ここは必ず守るからね」
今や城の中は警戒の鐘の音がうるさくこだましていた。
さっきから魔族や魔物がひきも切らずに押し寄せている。
ステルスで姿を隠して、やってくる敵を次々と魔導ピストルで仕留めているけど、それができるのは魔力が尽きるまでだ。
魔弾も魔力で出来ているのだから。
補充してあった魔石はとっくに切れていて、今は僕の魔力を直接送り込んで動かしていた。
レベルが48になったことで、僕のⅯPは8131682になっている。
まだまだ活動限界にはならないけど、なんとか今のうちに活路を見出さないといけない。
それができなければ僕も捕虜たちも……。
やってくる魔物の数が少し減った。
今のうちにお姉さんたちに連絡をしておこう。
「レニーです……」
(どうしたの、なにか進展があったのかしら?)
応答したのはルネルナさんだった。
「いえ。そうじゃありません」
魔導ピストルを連射モードにして、侵入してきた爬虫類系の魔物を7体排除した。
(それじゃあ、お姉さんが恋しくなっちゃったかしら?)
ルネルナさんの声は優しい。
「えーと、まあそんな感じです。ごめんなさい」
(何を謝っているの? もしかして不測の事態でも起きた?)
「その通りなんです。もし僕が帰れなかったとしても……」
(レニー君? ちょっと、なにが起こっているの? レニー君!)
「敵との交戦に突入しました」
(なっ……、すぐに脱出して!)
「無理です……」
ビャッコのステルスを使えば、あるいはそれも可能かもしれない。
だけど、ここの子どもたちを置いて行くことなんてできるわけがない。
それができるのなら最初から見殺しにしておけばよかっただけだ。
「討ち死にしたらごめんなさい。後をお願いします」
(レニー君?)
「お姉さんたち……ありがとうございました」
(レニー君!)
折からまた魔物の小隊がいくつも飛び込んできたので、戦いに集中するために通信を切った。
新たに配置した50体のセーラー3がマジックライフルで応戦している。
だけど、ここの魔物は精強だ。
しっかりと盾で防御しながら突っ込んできて、そのたびにセーラー3は数を減らした。
挟撃できれば有効なんだけど、狭い通路だから射撃に角度をつけることができないのだ。
僕はステルスで姿を消して天井付近に飛びついた。
そこから魔導ピストルで敵の頭部に射撃を繰り返す。
通路が魔物の死体でいっぱいになるとそれを積み上げて防御壁を作った。
「ええい、どけっ! どかぬかっ!」
大きな声を上げながら一体の魔族が現れた。
顔は豚のようだけど背中に翼がある。
こいつは蝙蝠の魔族か。
おそらく敵の将軍だろう。
威圧感が他の魔物とはまるで違う。
「なにごとであるか?」
「はっ、食料が反乱を起こしました。ガキのくせにゴーレムを召喚できるようで手を焼いています!」
「この程度の敵に慌ておって。儂がやる」
蝙蝠の武器はながい鉤爪で四本の鋭利な刃が不気味に光っている。
「セーラー3、迎撃しろ。奴を蜂の巣にしてやるんだ!」
積み上げた魔物の死体に隠れてセーラー3が銃口を向けているというのに、蝙蝠魔族は真っ直ぐに突っ込んできた。
「撃て!」
魔力の弾が無数に発射されるも蝙蝠は止まらない。
ひらりと身をかわしながら鉤爪を一閃させると、魔物の死体ごとセーラー3も切り裂かれてしまうではないか。
「シャシャシャシャッ!」
耳障りな笑い声を上げながら蝙蝠魔族はさらに数体のセーラー3を両断していく。
マジックライフルの弾は当たっているのだが、マジックコーティングした体にはダメージが入っていないようだ。
僕が放つ魔導ピストルも奴の皮膚をわずかに傷つけるだけである。
圧倒的に火力が足りないのだ。
「ふん、貧弱だな」
蝙蝠はセーラー3の頭を掴み盾として使い始めた。
いつまでも調子に乗るなよ……。
ビャッコに装備しておいた形見のナイフを抜き、蝙蝠の背後に回った。ステルス機能のおかげでこちらの姿は見えていないだろう。
このまま首をかき切ってやる。
ところが――。
背中に目がついているかのように蝙蝠魔人は鉤爪を裏拳のようにして繰り出してきた。
僕の姿がみえていいただと!?
大きな金属音を立ててビャッコの左胸部にやつの鉤爪がつきささりステルス機能の一部が失われた。
左半身だけが見えたり消えたりの点滅を繰り返している。
「シャシャシャ、隠れていても無駄だぞ。儂にはちゃーんとわかるんだからな」
くそ、抜かったか……。
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