食材志願
階段を200段も降りると鉄格子の扉を二つくぐって大きな部屋に出た。
この区画には人間の子どもたちがたくさんいる。
どうやら捕虜の生活スペースのようだ。
劣悪な環境というわけではなさそうに見える。
着るものはこざっぱりしているし、水や食料もじゅうぶんあるらしい。
その証拠に痩せている子どもはおらず、みんな健康そうな体つきをしている。
ただ、その目に生気はなかった。
「よし、全員服を脱いで風呂に入れ」
魔族が命令してくる。
部屋の片隅には大きなプールがあり、なみなみと水が張られていた。
風呂とはこれのことのようだ。
だけど誰一人として動く者はいない。
旅の間に埃まみれになってしまったとはいえ、いきなり服を脱ぐのは抵抗があるものだ。
まして、ここには男の子も女の子もいる。
みんな互いに顔を見合わせるばかりで命令に従う子は一人もいない。
そんな捕虜たちの様子に魔族はイライラして叫んだ。
「聞こえなかったのか? 服を脱げと言ったんだ! まったく人間はバカか? 2,3人殺さないとわからんとみえる」
魔物たちが牙をむいて、顎をカタカタと鳴らして威嚇してくる。
みんなは大慌てで身に着けた物を脱ぎだした。
ここにいるのは魔族が一人と魔物が10体。
関節技で魔族の腕を折り、武器を奪えば、この場だけなら制圧できるだろう。
でも、まだ内部の構造はよくわかっていない。
今は我慢しなくちゃダメだ。
僕は唇を噛みながら自分の心を押し殺して、シャツを脱ぎ去った。
風呂で汚れを洗い流すと簡素ながら清潔な服を手渡された。
他の捕虜が着ているのと同じものだ。
「よしよし、それでは食事にしろ。しっかり食えよ」
魔族はそれだけ言うと魔物と一緒に出て行ってしまった。
鉄格子の扉が閉まる大きな音がすると、みんなは一様にほっと溜息をついた。
「なあ、ご飯を食べてもいいの?」
新しく来た子が元からいた子に聞いている。
「ああ、ここでは腹いっぱい食べられる」
「なんで?」
「俺たちを太らせるためさ。俺たちは奴らの食料だからな……」
大きなバケツを持った子どもたちが奥の方からやってきた。
中身は肉と豆の入ったシチューのようだ。
新しく来た子たちは食欲が失せたように呆然とバケツを見つめている。
ここの生活になれたものは無表情で配給の列に並んだ。
絶望の淵にあっても、それが当たり前となると人間はご飯を食べるんだな。
今は食欲をなくしている子どもだって、そのうちに無言で食事を口に運ぶんだろう。
喜びも何もなく……。
新しい囚人たちは自分たちのベッドを決め、ここのルールを教えてもらって時間を過ごした。
とりあえず囚人の生活区画を一回りしてみたけど、外へ出られそうな通路は見つからなかった。
壁には換気のための穴があるだけで、人が通ることは不可能だ。
「僕らがこの区画以外に出ることはあるの? 例えば労働をさせられるとかで」
近くにいた子に聞いてみたけど、その子は力なく首を振った。
「そういうのは大人がやっているみたい。僕らはここで順番が来るのを待つだけだよ」
順番というのは食材になる順番ということだ。
ここを出るというのは死を意味するというわけだ。
「あ、でも、たまに食材を取りに倉庫まで行くことはあるよ。三日にいっぺんくらいかな」
まったくチャンスがないというわけでもないか。
とりあえずは様子を見るために大人しくしておくことにした。
夕方近くまではなにも起こらず、僕はベッドの淵に腰かけて漫然と過ごしていた。
他の子どもたちもほとんどがぼんやりと過ごしている。
たまにひそひそと話す声が聞こえてくるだけだ。
太陽が傾いたのだろう、西側の換気口から入ってきた光の帯がゆっくりと壁の上をはっていく。
時計がないので時間の経過を教えてくれるものはそれしかない。
やがて鉄格子が開く大きな音が聞こえてくると、子どもたちは怯えたように身を震わせた。
「全員前に出て並べ。遅れた奴は容赦しないぞ!」
魔族が叫びながら入ってくると子どもたちはいっせいに走り出した。
どういうことかわからなかったけど、僕も他の子に倣って列に加わる。
「本日は五人だ」
そう言うと魔族は一人一人の様子を探りだした。
この中の五人を連れて行くということらしい。
子どもたちは顔が蒼白で緊張のためかこめかみがピクピクと震えている。
「五人選んでどうするの?」
思わず訊いてしまうと、その場にいた全員が唖然とした顔を僕に向けた。
「なかなか度胸のあるガキだな。それとも知恵が足りないのか?」
魔族はツカツカと僕のそばにくると、バカにしたような声で言う。
「もちろん飯の材料にするためよ。ここは魔王様の城だからな、生のまま引き裂いて食べるなんてことはしない。お前らも揚げたり蒸したりと、きちんと調理されて食べられるのだ。ありがたく思えよ」
なんてこった。
予想はしていたけど、やっぱりそうなのか。
「お前とお前、それからそっちのお前らも前に出ろ。後は……」
魔族は僕と年齢の変わらない女の子二人と、もっと小さい男の子を二人選んだ。
この子たちは食材として殺されてしまうのか?
そんなことはとても看過できないぞ。
でもここで暴れたら……。
アルシオ陛下は言っていた。
大事を成すには我慢も必要だと……。
「僕も連れて行ってよ」
なにか考えがあったわけじゃない。
でも、そう言わずにはいられなかった。
「なんだと? 珍しいな、自分から食べてもらいたがるとは」
「こんなところで死を待つなんて嫌だよ。それくらいならさっさと人生にケリをつけた方がマシさ」
魔族はジロジロと僕を見た。
「少し固そうだがいい肉付きをしている。煮込み料理にしたらうまそうだな。いいだろう、お前も連れて行ってやる」
こうして、僕らは生活区画から引き出され、調理室へと向かうことになった。
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