北征
急遽会議が開かれ、僕たちの北征がみんなに発表された。
反対意見も出たけど、僕とアルシオ陛下がみんなを説いた。
そして最終的に、これで千年以上続いた戦いが終わるのであるならと納得してもらうことができた。
出発前に僕は一つの通達をしなければならなかった。
それは今召喚してある船を使用禁止にするということだ。
僕のレベルがリセットされたら船が消えてしまうので、誰かが乗っていたら大変なことになってしまう。
今後は自前で用意する魔導エンジン付き大型船の建造が最優先課題になるだろう。
会議が終わると僕らはすぐに行動を開始した。
出かけるのは僕と五人のお姉さんだけだから準備は簡単だ。
よく晴れた空の下で、飛空艇は飛びたくてうずうずしているように見える。
だけど、僕の心は晴れないままだ。
「いい天気ね。これなら飛ぶのも楽なんじゃない?」
あれからミーナさんはずっと僕のそばにいてくれる。
ひょっとしたら僕が一人で行ってしまうのではないかと警戒しているのかもしれない。
「ええ。穏やかな天気です」
でも、これから降るのは血の雨ですけど。
言葉にしなかったブラックジョークはやっぱり笑えないものだった。
どうしても鬱々とした気分になってしまう。
魔物が相手とはいえこれからするのは大量虐殺なのだ。
それを思えば心が痛んだ。
「またそんな顔をして全部を一人で解決しようとしているでしょう? レニー君の苦労も罪も、私が一緒に背負ってあげるんだから、もっと私に甘えなさい」
ミーナさんたちお姉さんがいなかったら、僕の心はもっと病んでいたのかもしれない。
無言でうなずくとミーナさんが優しく抱きしめてくれた。
ついに僕らは北の魔境を目指へと出発した。
飛空艇の力をもってすれば大洋の横断もなんのその。
途中で魔石の補給をしただけで、一日も経たずにギンセンまでやってきた。
ここはファンロー帝国の北の果てで、この先に人間の住処はない。
ゆっくりできるのも最後なので、僕らはギンセンにも立ち寄ることにした。
「そろそろお昼時だから、どこかで飯にしようぜ」
フィオナさんの提案に反対する人はいない。
「ここは辛子味噌と蒸し鶏が名物らしいですよ」
前に来たときは食べられなかったから、今日はぜひとも食べてみたいものだ。
目についた店からいい匂いが漂ってきた。
この店が美味しそうだ。
僕らは頷きあって目的の店に足を踏み入れた。
入って見ると思ったよりも人が多くて混み合っている。
折よく空いた席に腰かけるとすぐに店員さんが声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。なんにしますか?」
「ご飯が食べたいのですが、なにができますか」
店にメニューなどはない。
この辺ではそれが普通なのだ。
「今日できるのは鶏肉と野菜の蒸し物か鶏団子入りの麺ですよ」
お姉さんと話し合い、二種類とも頼んでシェアすることにした。
「じゃあ蒸し物3つと麺を二つお願いします。それからお茶も」
「ありがとうございまーす」
店員さんはすぐにお茶を持ってきてくれた。
北の大地は寒く、熱いお茶が体に染み渡っていくようだ。
「うまいかい?」
店員さんは僕の給仕をするふりをしながら少し休憩をすることにしたらしい。
愛想のよい笑顔で話しかけてくる。
「とっても美味しいです。ところでずいぶん繁盛していますね」
ここは魔物から国を守る要衝ではあるが、同時に辺境の地と呼ばれる場所だ。
その割には周囲の席は埋め尽くされ、お客さんがガツガツとご飯を口にかきこんでいる。
「ああ、建設需要ってやつさ」
「大きな建物でも作るんですか?」
「なんだ、坊やは知らないのかい? いまギンセンではデッカイ道を作っているのさ。都まで続く長い道だぞ」
ああ、強襲揚陸艦が作ったあの道か。
ローエンはさっそく道づくりを開始したんだな。
大きな街道ができれば流通がスムーズになるとか言っていたな。
「それで仕事を求めて人が集まってきているんですね」
「その通りさ。てっきり坊やたちも仕事を探しに来たかと思ったんだが、坊やはどうしてこんなところに?」
「えーと……」
魔王城を潰しに、なんて言っても信じてもらえないだろうな。
「仕事です。自分はカガミゼネラルカンパニーというところに勤めていまして」
これなら嘘にはならないだろう。
「ああ、それなら知っているぜ!」
「そうなんですか?」
このあたりに支店はなかったはずだけどな。
「ギンセンの住人でレニー・カガミ鶴松大夫を知らない奴はもぐりだよ! あの人のおかげでギンセンの街は救われたんだ。そうか、そうか、お兄さんたちはカガミゼネラルカンパニーの関係者かい。飯も麺も大盛りにしておくからたくさん食べてくれな!」
店員さんの言葉を聞いてお姉さんたちはクスクスと笑っていた。
僕はなんだか気恥ずかしくなって、山盛りにしてくれたご飯を口いっぱいに頬張る。
でも、こうして街の人が喜んでくれているのなら、僕の殺生にも意味はあるのだろう。
蒸し鶏のソースは独特の辛みがあって美味しく、麺の汁は僕の好きな餡掛けだった。
僕はただひたすら目の前のご飯に集中することにした。
ギンセンからは魔物に見つからないように高高度を飛行した。
先日戦闘したばかりの砂漠が真下に広がっている。
「あれ、人がいるわね」
ルネルナさんが指摘した方角を中止すると、雲の切れ間から商人の馬車らしきものが見えた。
「きっと戦場跡に魔石を拾いに来たんだわ」
ルネルナさんはちょっと悔しそうだ。
本当は自分たちも拾いたいのだろう。
「大胆な人たちですね。いつ魔物が現れてもおかしくないのに」
「それくらいのリスクを冒す価値があるってことよ」
幸いなことに、いまのところ周囲に魔物の気配はない。
欲をかき過ぎなければ無事に帰れることだろう。
僕はその人たちを無視してさらに北へと飛んだ。
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