戦いの烽火が上がる
寒風が吹きすさぶ断崖を抜けると、僕らは大地に座って休憩した。
シエラさんの吐く息が真っ白だ。
気温は0度を下回っている。
体は冷え切っているのだけど、森林限界を抜けているのでたきぎになるような枝は落ちていない。
僕は魔力を巡らせて体温を上げた。
度重なるレベルアップのおかげで魔力だけは無尽蔵にある。
短い時間なら強襲揚陸艦だって自前の魔力で動かせるくらいあるのだ。
じゅうぶんに体が温まると僕はシエラさんの方へ手を伸ばした。
「レニー君! な、なにをっ?」
かまわずにシエラさんの手を握る。
「だいぶ冷えていますね。わかっています。戦闘に備えて消費魔力を抑えているでしょう」
「そ、そうだが……」
「構わずに身体強化にもっと魔力を振ってください。さもないと凍えてしまいますよ。とりあえず僕が温めますから我慢してくださいね」
この状況では恥ずかしいだのなんのと言っていられない。
僕は後ろからシエラさんを抱きしめた。
山登りに際してシエラさんは甲冑を脱いでいる。
服越しでも少しは体温が伝わるだろう。
「暖かいですか?」
「うん。心がぽかぽかする……」
あれ、こんなに早く体温って上がるものなの?
シエラさんの体が熱くなってきたんだけど。
「もう大丈夫そうですね」
「えっ……」
これだけ暖まれば体も動くだろう。
さすがはお師匠様、魔力循環のスピードが常人とは桁違いのようだ。
「さあ、祠を探しましょう」
「そ、そうね……」
僕らは岩の間の細い通路を伝って、文献にある祠を探した。
1㎞ほど進むと岩の通路は行き止まりになっていた。
奥には高さが50㎝くらいの祠が建っている。
まるで石を掘り出して作った小さな神殿のようだ。
表面は風雨に侵食されてデコボコしていたが、標高の高い場所にあるせいで苔などは生えていない。
「これだね?」
「そのようです。中にある石板を回転させれば洞窟が現れるとあります」
祠の中を覗くと、鮫を模した台座に三又の鉾が描かれた円形の石板が乗っている。
三又の鉾は上向きに描かれているが、これを下向きにすればいいようだ。
「僕がやってみます。シエラさんは警戒をお願いします。魔物がすでに半径2㎞に迫っていますから」
「了解だ」
僕は祠の中に手を突っ込み、石板を180度回転させた。
すると三又の鉾が下向きになり、鮫型の台座へ半分ほど沈んでいく。
ああ、これは有名なフレイン・アモスの鮫退治を題材にしているのだな。
カチリと音がして石板が完全に台座へ嵌まると、祠の奥に無数の光の線が走る。
封印されていた魔力が解き放たれて装置が起動したようだ。
地響きを鳴らしながらすぐ横の大岩がスライドしてぽっかりと小さな穴が現れた。
「おお、ついに見つけたな」
この穴が開かれるのはおよそ300年ぶりのことだろう。
穴はそれほど深くなく、入り口から3mほどしかない。
石のテーブルの上には横たえられた三又の鉾と麻の袋が置いてあった。
「この三又の鉾が海神の鉾なのですね」
大昔の物なのに錆一つ浮いておらず、鉾の先端は鋭利に輝いている。
隣に置いてあった麻袋の中身は古い金貨だった。
これだけでも相当な価値があるだろう。
「どうした、レニー君。秘宝を見つけたというのに浮かない顔をしているな」
「フレイン・アモスのことを考えていたんです。こんなところにお金を置いていったのは、いつか故郷に戻ってこようと考えていたんじゃないかなって……」
文献によると、フレイン・アモスはファンローの小さな港町でその生涯を閉じたようだ。
晩年は酒に酔うといつもロックナの舟歌を歌っていたらしい。
海神の鉾を手に入れた僕らは少し広い場所へ移動して兵員装甲輸送船を呼び出した。
船にはスザクとビャッコを艦載してある。
ゲンブはシエラさんに任せ、僕はスザクを身にまとって敵を待つ。
やがて、風魔法の拡声で魔人ブリエルの気取った声が聞こえてきた。
「久しぶりだな、レニー・カガミ。我らに気づかれないようにお宝を探しに来たようだが、貴様の行動など筒抜けなのだ。あまり我々を舐めない方がいい」
ブリエルの声はするけど姿は見えない。
もしかして怖がっているのかな?
「すでにこの山は3万のわが軍に包囲されている。このような場所では貴様が得意とする船での戦いはできないぞ。投降しろなどとは言わない。絶望の内に死ぬがよい!」
地理情報によると魔軍の数は1万2千だ。
3万とか言っているけど、かなり話を盛っているな。
これ以上の援軍は来なさそうだし、そろそろ戦闘を始めるとしますか。
僕は装甲兵員輸送船の無線機を手に取った。
「フィオナさん、聞こえますか」
(ああ、連絡を待っていたぜ。ターゲットはすでにロックオンしてある。いつでも始められるよ)
「お願いします」
(了解)
通信が切れた数秒後、山のふもとに爆炎が上がった。
前日に召喚しておいた強襲揚陸艦が魔軍へ攻撃を開始したのだ。
「我々も行きましょう」
「うむ」
魔物の襲来を待たずに僕はゲンブを抱えて空に飛び立った。
「フィオナさん、ダハルの様子はどうなっていますか?」
(すでにアルシオ陛下が率いる艦隊がダハルに進行しているよ。それぞれの騎士団が上陸したという報告も届いている。市内に残っている魔物は1000体くらいだからあっという間にかたがつくさ)
それならもう安心だ。
とりあえずスザクとイワクスで制空権を確保して、次は奴らがダハルに帰れないように街道を塞いでしまわないと。
「シエラさんは強襲揚陸艦の護衛をお願いします。僕はイワクス隊と連携して空の敵を片付けてきますので」
「承知!」
空には数基のイワクスが砲撃を開始していた。
今回は敵の数もゴビン砂漠の戦闘よりずっと少ないし、たくさんの味方に囲まれている。
僕らは地上に砲撃しながら、強襲揚陸艦に合流すべく、デマスト山の山肌を滑るように飛んだ。
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完結までもう少しです。
最後までお付き合い願えれば幸いです。