ここをキャンプ地とする
急峻な登山道でも苦労するのに、道なき山を登るのはさらに大変なことだった。
魔導モービルを装着すればあっという間に洞窟は見つけ出せるだろうが、僕らはあえて徒歩で進む。
「地理情報」によるとすでに3千の魔物がデマスト山を囲んでいる。
まだ攻撃を仕掛けてこないところをみると、もっとたくさんの兵力が集まってから襲ってくるつもりなのだろう。
用意周到なことだが、それこそが僕らの望むところでもある。
「シエラさん、そろそろ今夜の露営地を探しましょう」
太陽は西に傾きだしたが日暮れまではまだ間がある。
だけど山の中でテントを張れる場所は限られる。
少し早いけど、いい場所があったら今日はもうそこで宿営してしまうつもりだ。
「魔物たちが3千の兵で山を半包囲しています。まだまだ集まるみたいですよ」
「ふふふ、敵の司令官はよほど君のことが怖いと見えるな」
ブリエルとかいう司令官は万全を期して僕を狙ってくるはずだ。
それこそがこちらの思うつぼというわけである。
しばらく歩くと少しだけ開けた場所にやってきた。
「ここなんかどうでしょう? 狭いですけどテントを張るにはちょうどいい平地がありますよ」
「これ以上進んでもいい場所はないかもしれないな。よし、ここをキャンプ地としよう!」
僕らは荷物を下ろしてキャンプの準備を始めた。
「私は周囲を見回って枝を集めてくるよ」
「では、僕はテントを張っておきます」
「ああ、よろしく頼む」
水は魔法で作り出せるので、薪さえ確保できればどこでも野宿は可能だ。
水魔法も習得したし、これからはもっと冒険ができるぞ。
僕はザックから小型のテントを引っ張り出す。
来る前に練習しておいたから10分もかからずに設営は完了した。
「お、もう設営が終わったのか?」
枝の束を抱えてシエラさんが戻ってきた。
「ばっちりですよ。毛布も敷いておきました」
「どれどれ……うっ」
「これなら楽に寝られると思いますよ」
「う、うむ(思っていたより狭い……。しかも他の女子は不在。今夜のレニー君は私だけのもの)」
シエラさんはスキップしながら枝を積んでいた。
なんて器用な身ごなしなんだ!
でも、どうしてスキップをしながら?
いや、お師匠様のことだから、きっと何らかの修行なのだろう。
足さばきをよく見て研究しなきゃ!
その夜は特になにも起こらず、魔物たちも山の下でこちらを包囲しているだけだった。
翌朝は日の出とともに目が覚めた。
シエラさんは僕よりも早く起きて外に出て行ったくらいだ。
声をかけようと思ったのだけど、大地に跪いて祈りをささげているみたいである。
シエラさんは信心深いところがあるんだなあ。
信仰の邪魔をしてはいけないのでそっとしておいた。
(神よ、お許しください。私は罪深い女です。人の目がないのをいいことに、悪の限りを尽くしてしまいました。寝返りを打った拍子に偶然を装い、レニー君の手に自分の手を重ねました。それだけではありません。レニー君の吐息を吸い込みたくて、テントの中の空気を肺いっぱいに入れました。それだけではありません。髪の毛の匂いもいっぱい嗅ぎました。それだけではありません(中略)これからは国と人々のために尽くしますので、どうぞ私の罪をお許しください)
朝に確認すると麓の魔軍は1万を超える規模になっていた。
これはロックナに駐留する魔軍のほぼ全軍だぞ。
どうやらブリエルは確実に僕を殺したいらしい。
「シエラさん、今日あたり敵に動きがあるかもしれません」
「そうか、いよいよだな」
「打ち合わせ通りに行きましょう」
近くに偵察の魔物も来ていたけど、僕らはそ知らぬ顔をし続けながら山を登り続けた。
標高3000mを越えた辺りから息苦しさをおぼえるようになった。
「空気が薄くなってきましたね。大丈夫ですか?」
「魔力を身体強化に振れば問題ないさ」
今回の囮役を僕とシエラさんだけで引き受けた一番の理由はこれだ。
他のお姉さんたちだと身体強化魔法は使えない。
僕とシエラさんだからこそ、山の中でも平地と変わらずに移動できるのだ。
僕らはさしたる苦労もなく険しい岩山を進む。
おや、魔物が山を登り始めたぞ。
一斉に包囲を縮める作戦のようだ。
「麓の魔軍が動き始めました。今夜にも夜襲をかけてくるのでしょう」
「ついに来たか」
ニヤリと笑うシエラさんの横顔は頼もしい。
「ところでレニー君、これはひょっとしたら洞窟の手掛かりなのじゃないか?」
不意にシエラさんが切り立った岩を指さした。
高さが200mはある大岩なのだが、少し上の方に三又の鉾の絵が彫られている。
「あ、これは地図にあった目印ですね。洞窟は近いようです」
この目印を左側に回り込めば小さな祠に到達すると本には書いてある。
祠の仕掛けを起動すれば洞窟は姿を現すのだ。
ここまでくればもう少しである。
せっかくここまでやってきたのだ。
特に必要は感じないけど、魔物たちがやってくる前に秘宝を手に入れてしまおう。
断崖にはわずかな足場が細く続いているが、一歩踏み外せば深い谷へと真っ逆さまだ。
「覚悟はいいですか?」
「無論だ」
僕とシエラさんは頷きあって慎重に足を踏み出した。
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