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動けない二人

 早朝の桟橋でシエラさんと合流した。


「おはようございます、シエラさん。今日はよろしくお願いします」

「やあ、レニー君。また君と旅ができて嬉しいよ。ん? そちらの方は?」


 シエラさんがミーナさんに気が付いた。


「紹介します。この人はミーナさんと言って、今日は一緒にハイネルケまで行きます。僕は今ミーナさんのところに下宿させてもらっているんです」

「なんだと……」


 一瞬だけシエラさんの目つきが厳しくなった。


「ミーナさんは料理人だから僕もいろんな料理を教えてもらおうと思って。今日のお弁当は僕も手伝ったんですよ。シエラさんのオムレツは僕が焼いたんです」

「う、うむ……それは楽しみだ……」

「あれ? 顔が少し赤いけど、シエラさん熱があります?」

「そ、そんなことはない。私は健康だ」

「よかった。今日は一緒にハイネルケに行けることを楽しみにしていたんです!」

「そ、そうか。よし、さっそく出航しよう」


 僕は水辺に立って船を呼び出す。


「召喚、シャングリラ号!」


 今日も青い船体が美しい。

僕らは3人で船に乗り込んだ。



 船旅は順調だった。

空は曇りだったけど、気象予測では雨は夜からとでているので安心だ。

両岸に咲き乱れるアーモンドの花を眺めながら楽しい川下りは続いた。


 出発して2時間、ミラルダからはかれこれ80キロは移動してきた。


「レニー君、疲れてない? そろそろ休憩にしましょうよ」


 ミーナさんが提案してきた。


「そうですね。どこか上陸しやすいところを探して休みましょうか?」


 そんな話をしているとシエラさんが唇に指を当てた。


「シッ! ちょっと静かに……。今なにかが聞こえたような……」


 そう言えば風上から煙の臭いがしてきている。


 ドーン……


 遠くの方から微かに爆発音が響いてきた。


「あれは火炎魔法の攻撃音だ! レニー君、至急船を!」

「わかりました!」


 僕はスピードを上げて川を下る。

 しばらく進むと視界を遮っていた山のすそのが切れ、麦畑が点在する平原となった。


「見ろっ!」


 シエラさんの指が空を指し示す。

そこには禍々しい翼を広げた魔族が飛翔しながら、眼下の村へ向けて攻撃魔法を放っていた。


「ガルグアが二体か。飛びながら攻撃を仕掛けてくる厄介な相手だ。レニー君、私は村の救援に向かう。君たちは私を下ろしたらどこか安全な場所に避難していてくれ」

「シエラさん一人で行くのですか?」


 心配する僕にシエラさんは余裕の微笑みを見せた。


「安心したまえ。あの程度のザコなど私一人ですぐに片付けられるよ」


 虚勢を張っているわけではなさそうだ。


「わかりました。でも無理はしないでくださいね」


 ガルグアは羽のない鳥のような顔に人間に近い体をもった怪物だった。

背中には蝙蝠のような羽も生えている。

手には杖のようなものを持ち、火炎魔法で村に火を点けて遊んでいるように見えた。


「グェッグェッグェッ!」


 二体の魔族は笑うように鳴きながら、競うように炎を放っていた。



 ボートが村近くの川岸に近づくと、シエラさんは停止を待たずに跳躍で上陸していた。

岸までは10メートル以上もあったのになんという身体能力だろう。


「すぐにこの場を離れるんだ!」


 それだけ言って、シエラさんは村に向かって駆け出した。



ミーナさんもいるので危険なことは避けなければならない。


「あちらの山向こうまで戻れば安全だと思うから、引き返しますね。捕まっていてください」

「うん」


 船首を回して引き返そうとしたのだが、動き出した船に近づく影があった。

なんと村を襲っているのとは別に、さらに二体のガルグアが現れたのだ。


「グエッグェッ! 小僧と女だ!」

「グェッグェッ! 捕まえて体を引き裂いてしまおう!」


 ガルグアはくちばしを大きく開けて、耳障りな声で喚く。

船のスピードを上げたけど、相手は飛べる魔族だ。

とても振り切れそうにはなかった。


 ドォーン!


 火炎魔法の攻撃によりボートの近くで水柱が上がる。

ジグザグに走行して避けているけど、その分だけ距離は詰められた。

こうなったらやるしかない!


「伏せていてください!」


 スロットルを停止位置に戻し、僕は機銃に向かって駆け寄った。


「くらえっ!」


 惰性で動き続けるボートからガルグアに向けて魔弾丸の雨を降らせてやった。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!


「グエッ!?」


 相手が子どもだと思ってガルグアはこちらを完全に舐めていたようだ。

真っ直ぐに突っ込んできたところをハチの巣にしてやる。

体中から血を噴き出しながら、ガルグアは川へと沈んでいった。

だけど安心はしていられない。

魔族はもう一体いるのだ。


「おのれぇ!」


 真っ赤な目でこちらを睨みながら、ガルグアは手に火炎を作り出す。

あれを当てられるわけにはいかない。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!


 機銃で弾幕を作ってガルグアに攻撃の隙を与えなかった。

だけど、ガルグアも素早く動き、僕の攻撃をかいくぐっている。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。


「あっ……」


 しまった。

攻撃に夢中になり過ぎてMPを使い果たしてしまったか!? 

朝からエンジンに魔力をチャージしていた分、僕のMP残量は減っていたのだ。


 僕を見つめるガルグアのくちばしがニイッと持ち上がった。


「魔力を使い果たしたな。グエッグェッグェッ! なぶり殺しにしてやるから覚悟しろ」


 ガルグアは翼を大きく動かしながらゆっくりと近づいてくる。

僕は発射ボタンを何度も押すけど、カチカチという虚しい音がするだけで魔弾丸は発射されなかった。

ここまでなのか?


 そのとき、僕の背中に柔らかいものがムニュッって押し付けられ、耳元でミーナさんの声がした。


「私の魔力を使って。ここを押せばいいの?」


 ガルグアは照準の中にある。

だったらやることは一つだけだ。


「そうです、そのボタンを押しこんでください!」


 ミーナさんの白い手が伸びて、機銃の発射ボタンを強く押し込んだ。


「グエッ!?」

 

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!


 ミーナさんの魔力が具現化されて近づく魔族に突き刺さる。

ガルグアはきりもみ状態で水の中に落ちていった。


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!


 ガルグアが撃破されたというのに、ミーナさんは発射ボタンから指を離すことなく、そのまま押し続けている。

極度の緊張で体が硬直しているようだ。


「もう大丈夫ですよ!」


 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ、シュッ!


 これ以上やったら魔力切れを起こしてしまうぞ!


「大丈夫ですから!」


 固まったままのミーナさんを強引に機銃から引き離そうとしたけど、魔力切れを起こしている僕も体に力が入らない。

二人で折り重なるようにデッキの上に倒れ込んでしまった。


「キャッ」


 まずい……僕の手がミーナさんの胸の間に挟まってしまっている。

でも、どきたくてもすぐに動くことができないんだ。


「ごめんなさい。すぐにどきますから」


 体に力を入れようとするんだけどうまくいかない。


「すぐにどきます! すぐに……」

「大丈夫よ……レニー君がわざとやってるんじゃないことはわかっているから」

「ごめんなさい……」


 それきり僕らの会話は止まってしまった。

二人とも黙ったままなので、川のせせらぎがやけに大きく耳につく。

遠くからは魔法の攻撃音がしているけど、きっとシエラさんが戦っているのだろう。

僕たちはそのままの態勢で魔力が戻るのを待った。


「やったわね、私たち。まさかこの私が魔族を倒せるなんて思わなかったわ」


 船にしろ機銃にしろ、僕以外の人でも動かすことはできるのだ。

ミーナさんが使える魔法は生活魔法レベルだけだけど、機銃はMPさえあれば使うことができる。


「ミーナさん、ありがとうございました。ミーナさんがいなかったら僕は……」

「それは私も同じよ。二人で協力したから乗り切れたのよね」

「はい」


 数分が過ぎて、少しずつ魔力が戻るのを感じて、僕はミーナさんからどいた。


「大丈夫ですかミーナさん?」

「うん。でも、まだ動くのはちょっと……」

「そのままでいてください。村の方の戦闘音も止んでいます。シエラさんが敵を撃破したのでしょう。様子を窺いながら慎重に戻ってみます」


 今回の戦いでは反省点が二つある。

一つは魔石を節約するために自分の魔力を使い過ぎたこと。

いつ何時魔力が必要になるかはわからない。

これからは自分の魔力だけで船を動かすのはやめておくべきだろう。

常に余力を残すことを心がける。


 もう一つは船のスピードに頼り過ぎて、飛べる魔物に接近を許してしまったことだ。

船への過信も禁物だね。

魔石を使って魔力チャージをしてから、シエラさんを迎えに行くために船を発進させた。


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