因果応報
◇
レニーはスザクで真っ直ぐ上空へ飛び上がると、雲に隠れながら北へ移動した。
見つからないよう、敵の背後へ回り込むつもりなのだ。
後からくる敵の精鋭部隊も、まさか背後から襲われるとは考えていない。
彼らは魔物が跋扈する無人の岩山を越えてここまで来ている。
敵の後続部隊は三つあった。
中央に戦象将軍が率いる3万。
左右には虎殺将軍率いる1万と猪突将軍が率いる1万である。
レニーは中央にいる戦象将軍を攻撃目標に定めている。
それがいちばん強そうに見えたからに他ならない。
実際のところ戦象将軍が全体の総大将であり、実力も三魔人の中ではいちばん上である。
理屈抜きの天然であるとはいえ、レニーの慧眼は素晴らしい。
レニーが睨んだ通り、この魔人たちは蛇鬼王と同じ魔王直属の十二将軍たちである。
ただ、どの魔人の実力も蛇鬼王ヤクルスを凌ぐ。
まともに当たればゲンブを装着したレニーでも苦戦したであろう。
だが……。
ドゴーーーーンッ!!!!
大地を揺るがす魔導砲の直撃を受けて、戦象将軍は一言もないままに爆散した。
セーラーウィングからの情報とリンクした強襲揚陸艦の精密射撃のなせる業である。
もしも戦象将軍が強襲揚陸艦を察知していて、じゅうぶんに備えがあればこうはならなかったかもしれない。
戦象将軍の作り出すマジックシールドは途方もなく強力であったから、即死ということはなかった可能性もある。
だが、すべては後の祭りであった。
◇
(レベルが上がりました)
最初の砲撃が終わると、いきなりレベルが上がった。
着弾点はまだ砂煙で何も見えないけれど、狙い通り敵の将軍に命中したのだろう。
さっきレベルが上がったばかりだというのにまた上がるだなんて、倒した敵は相当強かったようだ。
そもそも、後ろにいた精鋭部隊は一体一体がかなり強力な魔物なのだろう。
「次弾発射準備……撃て!」
命令を下しながら僕はステータスをざっと確認した。
職業 船長(Lv.36)
MP 2756432
所有スキル「気象予測」「ダガピア」「地理情報」「言語理解」「二重召喚」「伝導の儀式」「三重召喚」「潜水能力」「釣り」「四重召喚」「水上歩行」
新獲得スキル
■「五重召喚」
レベルアップの内容は地味だけど、五重召喚はありがたい。
これでより広範囲に部隊を展開することができるぞ。
「次弾発射準備。次を撃ったらまた撤退するからね。撃て!」
敵が迫ってくる前に強襲揚陸艦を送還して、次は猪の魔人を狙うことにした。
◇
魔物の軍団は意気揚々と南下していた。
魔王はこの度の遠征で人間界における最大の国、ファンロー帝国に手を付けることを決めたのだ。
ファンローを掌中に収め、巨大な食料プラントにすることが魔人たちの狙いである。
「へへへっ、ギンセンの城を落としたら人間の肉が食い放題だな」
「おうよ。街までいけば、脂の乗った女や子どもの肉だって大量にあるぞ。そうですな、将軍!」
虎殺将軍ドライデンは部下の質問に無言でうなずいた。
だが、機嫌が悪いわけではない。
この魔人は魔王直属十二将軍の中でも特に口数が少ないのだ。
ドライデンはむしろ機嫌がよかった。
あと数日もすれば戦端が開かれ、思うままに殺戮を楽しめるからだ。
ドライデンは人間を殺すのが楽しかった。
殺した人間を食うのも好きだった。
思うままに踏みにじり、人間の体と心を蹂躙するのが大好きだった。
言葉はなかったが、戦いと殺戮を考えるだけで魔人の体は熱くなっている。
弱いものを踏みにじることがドライデンにとってはなによりもの快感であり、自分たちが負けるなどという考えは微塵もない。
そこに突如として爆音が響き渡った。
中央部隊が攻撃を受けたらしい。
直撃を受けたのは部隊の後方、総大将である戦象将軍がいたあたりである。
「何が起こった!?」
ドライデンは騎竜の上から見晴らしの良い砂漠を見回すが、敵の姿はどこにも見えない。
それもそのはずで、魔物を背後から襲った強襲揚陸艦は地平線の彼方にあるのだ。
どちらの方角から射撃されたのかすらわかっていない。
再び爆音が響き、こんどは右翼部隊である猪突将軍の部隊が爆散していた。
「後ろです! 後ろから攻撃を受けています」
「なんだと! 後ろには誰もいなかったはずだ。しかもこんな極大魔法を連発できるような人間などいるわけがない。これは一体どういうことだ!?」
答えられる魔人など将軍の旗下にはいなかった。
まさか裏切りがあったのか、とも考えたが、これほどの攻撃ができる魔人は魔王以外にはいないはずだ。
いや、魔王アスタルテであっても、これほどの極大魔法を連続で撃ちだすのは不可能なことだ。
ドライデンは命令を出すことも忘れて部隊の後方を見つめた。
「ぬうっ!」
高速で飛来する光球を認めて、ドライデンは反射的に空中へ飛び上がった。
魔法を身体強化に極振りして衝撃に備える。
破裂した光と砂が自分を包み、体を引き裂くような衝撃が体を貫いていく。
息もできないほどの圧力にさらされながら、ドライデンは意識を失った。
「……」
目を覚ますとそこは阿鼻叫喚の地獄だった。
バラバラになった魔物の死体が山のように散らばっている。
ドライデンはそれをどこかで見た光景だと思った。
まだ意識のはっきりしない頭で記憶の糸を手繰り寄せる。
そうだ、これは俺達に襲われた人間たちの姿だ。
やつらはいつもこのように死体を大地にさらしていたではないか。
「なぜ……、なぜ俺たちが……」
茫々たる砂漠に吹く風がドライデンのかすれる声を消し去る。
体を動かそうにも、よく見れば左脚がなかった。
因果応報という言葉は魔人の辞書にはない。
「なぜ……」
天を仰いだドライデンの目に再び光る光球が見えた。
だが、もはや彼に飛び上がる力はない。
そしてまた一人、魔人の将が散った。
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