新しいお兄ちゃん
別行動をとっていた高速輸送客船と合流して、僕らはついにファンロー帝国の都、ハーロン港に入港した。
「レニー! アルシオ殿! ようこそおいでくださった!」
船着き場で誰かが大声で叫んでいると思ったら、迎えに来たローエンじゃないか!
「ローエン! ファンロー帝国の宰相様がこんなところでフラフラしていていいの?」
「何を言っているレニー。私は公務で大切な賓客を迎えに来たのだぞ。皇帝陛下も首を長くしてお待ちだ。早く宮中へ参ろう!」
「すぐに準備するから待っててねー!」
従者たちは式典用の制服に着替え、威容を示すために隊列を整える。
本来アルシオ陛下は馬車か輿に乗っていくのだけど、今日は兵員装甲輸送船をオープンカーのように飾り立てて使うことにした。
これなら安全だし、ファンローの人々に与えるロックナのインパクトも相当だろう。
僕らは威風堂々ファンローの宮廷へと入城した。
宮廷では各国の高官や貴族、王族などが皇帝への謁見を待っていたけど、僕らはそのまま謁見の間に案内された。
「いいのかな? 順番を抜かしているよ」
「まあまあ、皇帝陛下がすぐにでもお会いしたいそうだ」
ローエンに導かれて、僕らは皇帝の御前へ出た。
ロックナの女王である陛下は立ったままだけど、僕は膝をついて頭を垂れる。
「ロックナ王国女王、アルシオがご挨拶いたします」
アルシオ陛下があいさつをしている間、僕はじっと黙って床を見ていた。
ここの床は色とりどりの木材を使った寄せ木細工で出来ていて、眺めているだけでも楽しいのだ。
これはエイジリアン大陸独特の技術で、ユーロピアにはない文化である。
「ところで……、そちらに控えているのがレニー・カガミ伯爵か?」
不意に名前を呼ばれてびっくりした。
こういうときって、許されるまで直答を避けるのが宮中の礼儀なんだって。
僕もしっかり学んでいるぞ。
「カガミ伯爵、顔を見せてくれ」
そう言われてもすぐに顔を上げるのは失礼なんだって。
頼まれたらその通りにする方がマナーにかなっているような気がするんだけど、文化の違いはいろいろだ。
僕はそう思って床を見つめていたんだけど、ローエンがとりなした。
「レニー、作法はいいから顔を上げろ。陛下はずっとお前に会いたがっていたんだ」
ローエンが言うんだから大丈夫だよね?
半信半疑ながら僕はゆっくりと顔を上げる。
すると、まん丸の目玉を大きく開けながら、僕のことをじっと見つめる皇帝陛下と目が合った。
こんなことを言っては失礼だけど、顔だけ見ると、街で見かける愛想のいいおっちゃんって感じだ。
そう言えばロックナの魚屋さんによく似た人がいた。
魚のフライを買いに行くと、いつもおまけをしてくれる優しい人だ。
「おお、そなたがレニーか。ずっと会いたいと思っていたのだ。囚われていた朕を助け出してくれたのはそなたなのだろう?」
コー前帝に捕まっていたのをビャッコを使って助け出したんだよね。
あの時は身バレを恐れて、ご挨拶もなしに済ませている。
「その節は大変失礼をいたしました」
「よいよい、レニーは朕の恩人だ。それよりもこちらにおいで!」
皇帝陛下は金ぴかの椅子からピョンと立ち上がり、僕に来いと手ぶりで示す。
えーと、近づいてもいいのかな。
困り果ててローエンを見ると、苦笑しながら大丈夫だと頷いている。
皇帝陛下はこういう性格らしい。
僕が近づくと、皇帝陛下はくるくると僕の周囲を回って、しばらく観察していた。
「ホッ、なんともかわいらしい顔立ちをしておるな。このような少年が朕を救ってくれたとは驚きだ」
皇帝陛下は手を伸ばして僕の頭をなで始めた。
「いい子であるな。うむうむ。疲れてはおらぬか? そうだ、お菓子を食べるがよい!」
「え? え?」
「茶菓をもって参れ! レニーに食べさせるのだからな」
すぐに綺麗に盛られた色とりどりのお菓子が運ばれてきた。
とても一人で食べきれる量じゃない。
30人前くらいはありそうだぞ。
ファンロー帝国のお菓子ってパステル調に色付けされているんだよね。
西の世界ではあまり見ない色遣いだ。
ミーナさんがいたら喜んだだろうなあ。
「レニー、このゴマ団子は美味いぞ。朕の大好物じゃ。ほれ、食べてみろ」
皇帝陛下が手ずから僕に団子を手渡してくれた。
もちもちの皮にゴマをまぶして揚げてあるようだ。
噛みしめると中の餡子が飛び出してきて、ゴマの風味と絶妙なハーモニーを奏でた。
「どうだ、美味しかろう?」
「はい、とっても」
「こちらのはハスの実も入っているぞ。食べてみろ」
「僕ばかり食べていては申し訳ないです。皇帝陛下も召し上がってください」
「朕もか? そうだな! レニーと一緒に食べよう。ん~、どれにするかな……」
ちょっと変わった人だけど、コーみたいに悪い人じゃなさそうだ。
「陛下は私の義弟が気に入られたようですな」
ローエンが笑いながら近づいてきた。
「なに、ローエンの義弟だと? ……ならば朕にとっても弟ではないか!」
「え?」
「知らないのか? 朕とローエンは実の兄弟であるぞ」
いえ、それは知っています。
「朕の弟の弟というのなら、朕にとっても弟であろうが! これはめでたい。このような弟がいたとはちっとも知らなかったぞ!」
陛下は嬉しそうに僕をハグしてから、高い高いをしようとして重すぎて持ち上げられず、困った末に僕に飛びついてきた。
えーと、僕が高い高いをしてあげればいいのかな?
よーし……えいっ!
「おお、広間が遠くまで見渡せるぞ! レニー、このまま椅子の上に乗ってくれ」
皇帝陛下って40歳くらいだったよね。
なんだか知らないけれど、いきなり年の離れたお兄ちゃんができてしまったようだ。
ずいぶんと無邪気なお兄さんではあるが……。
困惑する周囲など気にせず、皇帝陛下は至極ご満悦であった。
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