悪いやつらに捕まった
◆
王太子をイカルガで治療することが決まった晩、ルー大臣の屋敷では私兵たちが慌ただしく動いていた。
表向きは王太子の護衛につく兵ということになっているが事実は異なる。
中庭に集結しているのは黒装束に身を固めた精鋭部隊だ。
異変を感じ取ったキオンは血相を変えて父親の書斎へ飛び込んできた。
「父上、なにごとですか? おかしな兵が中庭に集まっておりますが」
「ふん……。これから夜襲をかける」
「夜襲? いったい誰を?」
「ロックナからきた外国人どもだ」
父であるルー大臣の言葉にキオンの顔は青くなった。
「どうしてロックナからの客人を……」
「王太子殿下の治療は何としてでも阻止しなくてはならない」
「バカな! カガミ伯爵の治療は神業だと、見学した貴族たちも言っておりました。殿下のお体もきっとよくなるはずです」
「だからこそだ!」
ルー大臣の目が邪悪に歪む。
「キオン、本来なら王太子殿下は余命数年と言われていたのだぞ。殿下が死ねば後継は誰になる?」
「それは……」
「残された陛下のお子はリュウメイ殿下ただ一人。なれば、王位を継ぐのはお前の妻となるリュウメイ殿下となろう。つまり、お前の息子、私の孫が次の国王だ」
「父上!」
ようするにルーは幼い国王の摂政となり政治の実権を手にしたいのだ。
「父上、どうかお考え直しください。ルー家はすでにランジャ国の重鎮です。これ以上何を望みますか」
「儂が目指すのはこの海域の小国を統一して一つの国とすることだ。今の陛下は弱腰で話にならん。病弱なカロウラが王になってもそれは同じこと」
ルー大臣はもはや王太子に敬称もつけない。
「お前だってわかっているだろう? ファンローなどの大国に対抗するためには、国の統一が必要なのだ」
ルー大臣の言葉には一片の真実が含まれていた。
「アルシオ陛下やカガミ伯爵を殺すのですか?」
「すぐには殺さんさ。できればあの船は奪いたい。とりあえずは捕縛することにする」
キオンは雑念を振り払うように首を振る。
「父上、どうかお考え直しください。このようなことは謀反とかわりありません」
「お前に何がわかる! 誰かいないか!」
ルー大臣の呼び声に四人の家臣が書斎に現れた。
「しばらくキオンを部屋に閉じ込めておけ。決して外に出すな」
「父上!」
ルーはわずかに顔を歪めただけで、息子の悲痛な訴えなど一顧だにしなかった。
◇
目が覚めると薄暗い部屋の中にいた。
頭がズキズキして気分が悪い。
おかしいな、僕はランジャ王国の宮殿のベッドで寝ていたはずだぞ。
それなのにここは潮の匂いに満ちている。
耳をすませば波の音も聞こえるぞ。
ぼんやりとしたまま起き上がろうとして、初めて自分がロープでぐるぐる巻きにされているのに気がついた。
どうなっているんだ、これは。
「起きたかい、レニー君」
「シエラさん!」
シエラさんもパジャマ姿で縛られている。
それだけじゃない。
まだ目を覚ましていないけどアルシオ陛下も床の上に縛られたまま寝転がっていた。
「いったい何があったのですか?」
「どうやら部屋に眠り薬を撒かれたようだ。それで捕まってしまったらしい」
頭が痛いのは眠り薬のせいか。
でも誰がどういう目的で僕たちをさらったのだろう?
「すまない、私が付いていながら陛下や君をこのような目に遭わせるとは……」
「シエラさんが悪いわけじゃありませんよ」
シエラさんは一騎当千の騎士だけど、こうした闇討ちには慣れていないのだろう。
僕も油断をしてしまった。
不意に扉が開き、外から白い光が差し込んできた。
あまりのまぶしさに僕とシエラさんは目を細める。
僕らの耳に届いた声は聞き覚えのあるものだった。
「目が覚めたようだな」
「ルー大臣」
彼が僕らをさらった黒幕なのか?
「どういうつもりなのですか? こんなことをして何が目的ですか?」
「……」
ルー大臣が無言で目配せをすると、配下の者がアルシオ陛下を担ぎ上げた。
「二人ともおかしな真似をするなよ。さもないと女王の命はないものと思え」
陛下を人質に取られてしまっては何もできない。
しばらくは様子を見るしかないか。
シエラさんを見ると僕と同じ考えのようで、無言のままにうなずいていた。
僕らは都から離れた場所まで馬車で移動して、小さな漁村までやってきた。
そこで大臣所有の帆船に乗せられた。
長期航海にも耐えられるような貿易船で、かなり立派な船だ。
沖に出たところで、僕一人が大臣のいる船長室へ連れてこられた。
「僕たちをどこまで連れて行く気だ?」
「無駄な抵抗はよせ。言うことを聞けば命だけは助けてやる」
とても信じられない話だけど、陛下を人質に取られてしまっている。
今は素直に頷いておこう。
陛下とシエラさんは船倉で別々に監禁されているようだ。
とにかくこのロープを何とかしなければ……。
「わかったから陛下とシエラさんに手を出さないでよ」
「よかろう」
「僕はなにをすればいいの?」
「波が静まったら昨日の大型船を召喚してもらおう」
こいつらの目的はイカルガを強奪することか。
「二つだけ教えてよ。そうすれば素直に船を召喚するから」
「……言ってみろ」
「僕のナイフはどこ? あれは祖父の形見なんだ」
じいちゃんのナイフは寝るときも肌身離さず身に着けていたはずだ。
「お前と騎士の武器はこちらで預かっている。船を召喚したら返してやろう」
どうせ嘘だろうけど、あのナイフの価値はわかっていないようだから一安心だ。
隙を見て奪い返すとしよう。
「もう一つの質問はなんだ?」
「キオンさんはこのことを知っているの?」
大臣は忌々しそうな表情で答える。
「あいつは反対したので屋敷に閉じ込めてある」
リュウメイさんのことを考えると、なんだか救われたような気になった。
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