イカルガへご招待
お客さん方と昼食を食べ終え、ラウンジで歓談しているとセーラー2から連絡が入った。
「伯爵、そろそろ治癒魔法加速カプセルの治療が完了します」
僕はモニターで特殊医務室の様子を確認する。
治療完了まではあと15分だ。
「リュウメイさん、トットーさんを迎えに行きましょう。経過は順調ですっかり良くなったみたいですよ」
僕らは連れ立って特殊医務室へと向かった。
カプセルの中のトットーさんは眠っていた。
顔の肌つやがよくなり、いくぶん若返った印象である。
モニターで確認したけど、病気はすべて完治していた。
カプセルが開くと、ぱっちりと目を見開いたトットーさんが足取りも軽く僕の方へと歩いてきた。
「ご気分はいかがですか、トットーさん?」
トットーさんはいきなり床に倒れた。
えっ、治療が失敗したの!?
心配したけどそうではないらしい。
倒れたのではなく、自ら体を投げ出したようだ。
両手と両膝、額を地面につけて僕に向かってお礼を言ってくる。
これが噂の五体投地!?
書物では読んだことがあるけど、見るのは初めてだ。
いくらなんでも、そこまで恐縮することはない。
僕は慌ててトットーさんを抱き起した。
「カガミ伯爵、この御恩は死んでも忘れは致しません!」
声に張りがあるところをみると治療は完ぺきだったようだ。
「悪いところはすべて治しておきました。心健やかにお過ごしください」
トットーさんは涙ながらに頷いている。
「ばあや、本当に具合は大丈夫なの?」
リュウメイさんの質問にトットーさんはキリリとした声で答えた。
「ご覧ください、姫様。曲がっていた腰が真っ直ぐになりました。それどころではありません。体がやけに軽く、今なら走ることやダンスだってできてしまいそうですわ。ずっと食欲もなかったのですが、なんだかお腹まで空いてきてしまって」
元気になって何よりだ。
「お食事ならラウンジで用意させましょう。どんなものがいいですか? ここにはファンローやユーロピアの食事までそろっていますからね」
元気になったトットーさんは300gのフィレステーキを注文した。
グレイビーソースはお替りして、付け合わせの野菜やマッシュポテトもすべてお腹に収める。
さらにデザートには大きく切ったタルトタタンに、たっぷりのアイスクリームまで添えて平らげていた。
ランジャの城ではイカルガの設備やトットーさんの治療の噂でもちきりだった。
城中で会う人ごとに、もう一度イカルガを召喚してくださいと頼まれてばかりいる。
みんな外国の料理や施設で遊んでみたいようだ。
僕としてはみんなに楽しんでもらいたいのだけど、まだ召喚はしていない。
理由は単純で、イカルガを動かすと消費する魔石がたくさんかかるからだ。
もしルネルナさんにバレたら絶対に叱られてしまうだろう。
乗船料や使用料を取るのなら話は別だけどね。
特殊医務室に関しても、僕に直接相談してくる貴族は後を絶たない。
持病を抱えている人はいっぱいいるのだ。
ただ、治癒魔法加速カプセルもかなりの魔石を消費する。
ちなみに、トットーさんの病気をすべて治すには、およそ300万ジェニー分の魔石が必用だった。
本当のことを言うと治療費はかなり高額だ。
リュウメイさんは治療費を払ってくれようとしたけど、今回はサービスにしておいた。
(いい、レニー。治療費は魔石の6掛け~10掛けはもらうのよ)
通信機から聞こえるルネルナさんの声はかなり真剣だ。
「わ、わかっていますよ……」
(レニーのことだから、魔石の原価だけもらえばいい、なんて考えているんでしょう?)
ルネルナさんに言い当てられて心臓がピクリと反応してしまった。
「そ、それは……ハハ……」
(どうせ貴族にとってははした金よ。しっかり請求して大丈夫だから。むしろ感謝されるかもしれないわ)
「そんなものですか?」
(ええ。金持ちからはがっぽり取ってやりなさい。それを貧しい人に還元すればいいのよ)
なるほど、そう考えれば気が楽だ。
(まったく、レニーはお姉ちゃんが付いていないと本当にダメね。今からでもイワクスでそっちに行こうかしら?)
「いえ、もう大丈夫です。ちゃんとお金は請求しますから、ルネルナさんはロックナでの仕事をお願いします」
(うふふ、本当は私がレニーに会いたいだけよ。しっかりやりなさいね)
これ以上ルネルナさんに心配をかけるわけにはいかないな。
次に特殊医務室のことを訊かれたら、ちゃんと値段を告げることにしようと誓った。
本日も僕らをもてなす晩餐会が開かれたが、その席上でランジャ国王から正式に王太子治療の打診があった。
「まさかあの乳母があそこまで元気になるとは思わなかった……」
ランジャ国王はトットーさんが階段を一段抜かしで駆け上がる姿を見かけたらしい。
元気になったからって、トットーさんは無茶をするなあ……。
いや、もともとはアクティブな人だったのだろう。
骨も血管もすべて若返っているからけがをすることもないはずだ。
「アルシオ殿、カガミ伯爵、王太子カロウラの治療を正式にお願いしたい」
頭を下げる国王に対し、僕らは謹んで依頼をお受けする旨を伝えた。
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