ランジャ王国
湾の中へゆっくり入っていくと、人々が集まってくる様子がよく見えた。
中には武器を携えた兵士の姿もあるけど、いちおうの警戒なのだろう。
その証拠に、港には子どもの野次馬も大勢来ていて、こちらに向かって嬉しそうに手を振っている。
僕も大きく手を振り返しておいた。
やがて、クルーザーが接岸されると、兵士の隊長らしき人がやってきた。
「どちらから参られた? この島にはどういったご用かな?」
背が高くて、なかなかの美男子だ。
高身長いいなあ。
手足が長くて、とても戦いやすそうだ。
僕はまだまだ成長期だから少しだけ憧れてしまう。
「僕はロックナ王国のレニー・カガミ伯爵です。皆様方との交流と、少々の補給が目的で寄港しました」
僕が身分を告げると、男の人は少しだけ居住まいを正した。
「外国の貴族の方ですか。私はキオン・ルーと申して、この国の警備隊長をしている者です」
「初めまして。こちらは何というお国でしょうか?」
「ここはランジャ王国です。国王ポワット二世が統治しています。ロックナ王国というのは初めて聞く名前ですが、遠くからやってこられたのですか?」
「3000キロくらいは離れていますね」
「そんなに!?」
僕らが踏破した距離を聞いて、キオンさんはかなり驚いていた。
「よろしかったら王宮へいらっしゃいませんか? 外国の貴族の訪問とあれば、国王陛下もさぞお喜びになるでしょう」
どうやら王宮へ招いてくれるようだ。
僕はさっとアルシオ陛下と視線を交わす。
今後もランジャ王国と国交を結ぶとなると、アルシオ陛下の身分を隠しておくのはよくないような気がしたのだ。
陛下も同じお気持ちのようで、僕に頷いて見せた。
「実はこちらにいるのはロックナ王国の女王陛下です。この度、ファンロー帝国の新皇帝がご即位なさるにあたり、お祝いへ向かう途中なのですよ」
「それは、それは。では、そのことも王宮へ伝えておきましょう。どうぞこちらへ」
僕らはルオンさんに導かれて王宮へと行くことになった。
王宮へ向かう道すがら、キオンさんはランジャ王国のことをいろいろと教えてくれた。
島の大きさは僕が統治するベッパーと同じくらい。
人口は1万人ほどだそうだ。
なんだか親近感が湧くサイズだよね。
港を抜けるとそこは緩い斜面になっていて、白い住宅がたくさん並んでいた。
丘の上にはひときわ大きなお屋敷が建っている。
「あれが王宮です」
「白亜の御殿ですね。とても美しいです」
「ありがとうございます。ランジャでは石灰がよくとれます。それを建材に使うので、このように壁が白いのです」
それなら書物で読んだことがあるぞ。
「たしか、漆喰というのですよね」
「その通りです。伯爵はよくご存じですね」
青い海を前に並ぶ白い建物は、みていてすがすがしい気分になる。
「さあ、どうぞこちらへ」
僕らは王宮へ続く長い階段を上った。
宮殿にはすでに報せが届いていたようで、僕らは大勢の人々に出迎えられた。
沿道でもそうだったけど、多くの人が僕らを見物に来たようだ。
「外国人が珍しいのでしょうか?」
アルシオ陛下にそっと話しかけてみる。
「それもあるだろうが、みんなはあれを見に来たのだろう」
苦笑しながら陛下が視線を送ったのはセーラー1だ。
「ピポ?」
セーラー1はランジャ国王に渡すお土産を運んでもらうために連れてきた。
西方の銀食器、コンスタンティプルの絨毯、ファンローの薬、そしてロックナで新しく作り出した葡萄酒などを持ってきている。
どれも貿易では大きな収益を出す人気商品である。
僕たちは人々の奇異の目にさらされながら謁見の間へと入っていった。
「遠方よりよく参られた、ロックナ女王アルシオ殿」
ランジャ国王はご年配の老人だったが、威厳の備わった厳しい目をした人だった。
「ご挨拶いたみいります、ランジャ国王」
アルシオ陛下も優雅な所作で返礼している。
国王へお土産を渡し、謁見は和やかな感じで進んでいたけど突然の闖入者が場の雰囲気を台無しにした。
「外国の者が朝貢に来たと聞きましたぞ。儂も面体をあらためてやろうと思い参内いたしました」
意地悪そうな顔つきのおじさんだ。
服装は豪華だからランジャ国の高官だろうか?
しかし朝貢とは聞き捨てならないな。
それって格下として貢物を捧げに来たってことだよね?
僕らはただ友好の証としてお土産を持ってきただけだ。
「ルー大臣、ロックナの女王に対し無礼であろう」
そう言っておっさんを諫めたのはランジャ国王の一人娘のリュウメイさんだ。
「何をおっしゃいますか殿下。我が国はファンロー帝国によって王の位を頂いているのですよ。名前も知らないような小国の女王に気を遣う必要などございません」
「ルー大臣! わざわざこの国に立ち寄ってくださった客人に何ということを申すのですか!」
リュウメイさんだけは怒っているけど、他の人はルーというおじさんと同意見のようだ。
これはじいちゃんの言っていた「井の中の蛙 大海を知らず」ということの典型なのだろう。
キオンさんは諸外国の船が来ることも少ないと言っていたから、外交とかの常識がずれているのかもしれないな。
「だいたい従者が二名しかいない女王など、どれほどのものだというのだ」
大臣はせせら笑うように吐き捨てた。
なるほど、そういうところで判断されるわけだ。
陛下の従者は高速輸送客船で別行動中で、今回はイレギュラーの事態だ。
でもそれなりに対応すればよかった。
このようにアルシオ陛下が舐められてしまったのは僕のミスだ。
陛下はちっとも怒っていないようだけど、僕は責任を感じてしまう。
「ランジャ国王はファンロー帝国に認められた王なのですね」
「ふん、驚いたか小僧? だいたいこんな小僧が伯爵というのも疑わしいわ。お前たちは身分を偽っているのではないか?」
なんだか腹の立つ物言いをする大臣だ。
「まあ、ロックナ王国の身分を証明をする物はありませんが、僕はファンロー帝国の鶴松太夫でもありますよ。それならほら、これで証明できるのではありませんか?」
僕は先々代の皇帝からもらった金亀符を見せた。
「鶴松……大夫?」
「父上、鶴松大夫は客卿の中でも最高位の称号です」
キオンさんがルー大臣に耳打ちしている。
あの二人は親子だったんだ。
そういえばルーというファミリーネームが一緒だね。
それにしては全然似ていないなあ。
キオンさんの方がかなりの男前だ。
とにかく、格下に見られないようにきちんと釘を刺しておこう。
「アルシオ陛下は新皇帝即位の儀に招待されてファンローへ行く途中です。失礼なことを言わないでください」
大臣の顔が青ざめてきている。
僕とローエンが義兄弟と知ったら気絶してしまうかもしれないぞ。
「た、大変に失礼をした。どうぞお許しいただきたい……」
大臣だけでなく国王たちもきちんと謝罪したのでこの一件は水に流すとするか。
それに王女のリュウメイさんがしきりに謝ってくれたので腹立ちも失せてしまったのだ。
リュウメイさんは外国の文化に興味があるようだったし、最初からずっと僕らに対して丁寧な態度だったからね。
それに年齢が近いせいかアルシオ陛下とも話が合うようだ。
「女王よ、どうか我々のふるまいを許してほしい。お詫びと言っては何だが歓迎の宴を開こう。ぜひとも出席してくれ」
王もそういってとりなそうとしたので、僕らはランジャ王国にとどまることになった。
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