二人のシャーベット
ミーナさんに自分の計画を説明した。
「僕は『船長』という固有ジョブを持っていまして、その力の一つに『気象予測』というのがあるんです」
「気象予測? お天気がわかるの?」
「それです。で、明日の天気なんですけど、想像もつかないほど暑くなることがわかっています。日中の気温は夏のようになるんです」
「へぇ~……。で?」
「だからシャーベットを作れば、みんな欲しがるんじゃないかなって」
「ああ!」
レイシーのシャーベットは珍しいからみんな喜ぶだろうし、市場で売っているオレンジやレモンを使ってもいい。
夏のように暑くなるなら、きっとよく売れるだろうと考えたのだ。
「本当に暑くなるの?」
ミーナさんはちょっと不安そうだ。
今日は肌寒いくらいの気温だから、暑くなると言われても信じられないのも無理はない。
「大丈夫です。資金なら僕が出しますから一緒にやりましょうよ」
「でも、シャーベットをどこで売るつもり? 店の用意をしている時間はないし、役所の許可がないと露店は出せないのよ」
町で店を出すには出店料を払って許可証をもらわなければならない。
「小型ボートの上で売ればいいかなって考えています」
モーターボートじゃなくて、最初に使っていたローボートの方だ。
これなら都市内の水路にも入っていけるし、関所で払う通行料だけで税金もかからない。
近隣の農家がよく使う手だ。
「……わかったわ! 実は何軒も就職を断られて、心が折れかけていたの。いい気分転換になりそうだし、明日は頑張って大量のシャーベットを作ってみるわ!」
ミーナさんに元気な笑顔が戻ってきた。
「そうと決まれば準備をしなきゃ。僕、パル村まで行ってきます!」
「この時間に?」
「家に使ってない器がいっぱいあるんですよ」
修業のために作らされたゴブレットが20個くらい倉庫に眠っていたはずだ。
売り物にはならないけど、露店の器として使うのならあれでじゅうぶんだろう。
外は暗くなっていたけどサーチライトを試すいい機会でもある。
「大丈夫です。2時間もかかりませんから。明日の朝、船着き場に来てください!」
僕は港へ向かって駆け出した。
サーチライトを点灯すると夜の船着き場が明るく照らし出された。
この時間に航行する船はいない。
いるとすれば密輸船くらいのものだろう。
目をつけられても逃げきる自信はあるので気にしない。
いざとなったら横っ腹に穴を開けてやろうかな?
いけない、いけない。
シエラさんに影響されすぎかも。
「シャングリラ号、発進!」
夜の内にパル村まで戻って、今夜は家で寝て、夜明けとともに戻ってくることにした。
早朝の船上市場でオレンジとレモンを仕入れ、ミラルダの船着き場にやってくると、もうミーナさんは待っていた。
「おはようレニー君。なんか無理をさせちゃったみたいで、ごめんね」
「全然そんなことないですよ」
昨日はたっぷり寝たので、疲れはバッチリとれている。
それに、ミラルダ―パルを往復したおかげで走行距離は912キロにまで増えていた。
レベル9まであと368キロだ。
こうやってコツコツと距離を積み重ねていけば、すぐに到達するだろう。
「随分と大きな船だけど、これを使って露店をするの?」
「違います。これじゃあ水路に入れませんからね」
送還と召喚を繰り返して、ローボートの方を呼び出す。
「ふあぁ……。船長の能力ってすごいのね」
「さあ、仕事にとりかかりましょう。僕は何をすればいいですか?」
「まずこのエプロンをつけて、果汁を絞るところからはじめましょうか。絞った果汁を私が氷冷魔法で冷やしていくわ」
ミーナさんとお揃いの茶色のエプロンを着けて仕事にとりかかった。
僕の気象予測は正しく、太陽が高い位置にいくにつれどんどんと暑くなっていった。
街を歩く人たちは上着を脱いで額の汗を拭っている。
これなら目論見通りうまくいくかもしれない。
ミーナさんと僕は目を交わして頷き合った。
「冷たいシャーベットはいかがですか!」
「西方でしか採れない珍しいレイシーのシャーベットもありますよ!」
大きな声でお客さんを呼んでみる。
ほとんどの通行人はチラッとこちらを見るだけだったけど、5分くらい呼び続けていたら、ついに車引きのおじさんがボートのところまできた。
重い荷物を運んでいたのか体中に汗をかいて、顔は茹でだこのように真っ赤だった。
「シャーベットだって?」
「はい。レモンとオレンジとレイシーがあります」
「レイシーってのは初めてだな。そいつをもらおうか」
「40ジェニーです」
レイシーは40ジェニー。
レモンとオレンジには30ジェニーという値段を付けた。
緊張しながら見守っていると、一口食べたおじさんは、いかつい顔をほころばせる。
「こいつは美味いな! 爽やかな香りがたまらんよ」
体の大きなおじさんは声も大きい。
でもそのおかげで道行く人々が俺たちの方に集まってきた。
「俺もレイシーのシャーベットを一つもらおうか」
「は~い」
ミーナさんが嬉しそうに盛り付けをしている。
彼女がやるとシャーベットは綺麗なとんがり山の形になる。
どうやったらあんなに手早く美しく盛れるのか謎だ。
「レイシーのシャーベットを一つください」
「こっちはレイシーとレモンね」
瞬く間にお客さんが増えて、もともと量の少なかったレイシーはあっという間に売り切れになってしまった。
それだけじゃない。
レモンもオレンジも次から次へと注文が入るのだ。
「レニー君、ここは私に任せて追加の材料を買ってきてくれないかな?」
「わかりました。食器を洗ったらすぐ!」
「悪いけどお願いね!」
悲鳴のような喜びの声がミーナさんの口からこぼれた。
3時を過ぎたあたりで、ようやく客足が緩くなった。
それまでは目が回るほどの忙しさで、シャーベットは飛ぶように売れた。
僕は材料を買いに何回も市場へ走ることになったけど、満足感でいっぱいだ。
「やりましたね」
「本当に……。まさかこんなに売れるとは思わなかったわ。これもレニー君のおかげね」
「ミーナさんの作るシャーベットが美味しかったからですよ」
作っている途中で味見をさせてもらったけど、どれも本当に美味しかったのだ。
改めて数えてみるとレイシーは32杯、オレンジが114杯、レモンは98杯売れていた。
「ミーナさん、全部で7640ジェニーの売り上げです。経費を引いても6500ジェニーくらいの利益ですよ」
「そんなに!?」
ミーナさんは遠慮したけど、僕らは利益をきっちり二等分した。
「これで、今月の家賃はどうにかなりそうだわ。ありがとう、レニー君」
「二人で力を合わせたからですね。でも、明日からはまた寒くなってしまうんですよ。シャーベット屋はしばらくはお休みですね」
「それは残念」
「それに、僕はハイネルケの方へ行ってみたいと思っているんです」
今後の貿易のためにも、今のうちに王都を見ておきたかった。
「まあ、ハイネルケに!? いいなぁ、私は一度も行ったことがないんだ」
ミラルダからハイネルケは340キロもあるので、一般の人が気軽に行ける距離じゃない。
「もしよかったら、ミーナさんも一緒に行きます? って、そんな暇はないか――」
「いいの!? 行きたい! ううん、連れてってください‼」
そんなに!?
「お仕事の方は大丈夫なんですか?」
「それはわかっているけど、王都に行けるのなんて一生に一度あるかないかのチャンスだもん。普通の船だと怖いけど、レニー君が一緒なら安心だし……」
「わかりました。そういうことなら一緒に行きましょう」
「やったぁ! 楽しみだわ、各地の料理や食材の研究ができるかも。手伝えることがあったら何でも言ってね。私は力持ちだから」
ミーナさんはムンッと力こぶを作ってみせるけど、パワフルというよりはカワイイって感じしかしない。
それにまだ船は小さいから運べる荷物なんてほとんどない。
手助けがいる場面なんてあんまりないだろう。




