瓶の中の手紙
僕らのクルーザーは時速50㎞ほどで快調に青い波間を滑りぬけていった。
「アルシオ陛下、そろそろ操縦を代りましょうか?」
「いや、いいのだ。わらわはぜんぜん疲れておらぬ」
もう二時間も走りっぱなしなのに、アルシオ陛下はずっと運転席を離れない。
自由に海を駆けまわれることが楽しくて仕方がないようだ。
天気もよくて絶好のクルーズ日和だけど、そろそろ休ませてあげないと後が続かないかもしれない。
その辺のペース配分が、遊び慣れない陛下にはよくわからないのだろう。
「陛下、少しのどが渇きました。お茶にしましょうよ」
「ん? そうか。ならばどこかで一休みしようか」
「はい。風もないので波は穏やかです。この辺に停泊しても問題ないでしょう」
アルシオ陛下は徐々にスピードを緩め、海のど真ん中に停泊した。
360度、どちらの方向を見回しても陸地は見えない。
これで陛下も少しは落ち着かれるかな?
「セーラー4、周囲の索敵をお願い。魔石とか、珍しいものを見つけたら拾ってきてね」
「ピッ!」
セーラー4はヒレで敬礼して海の中へ飛び込んでいった。
「さて、紅茶でもいれようか」
シエラさんが銀のポットでお茶の用意を始めてくれた。
右手にポットを持ち、左手で火炎魔法を操って、お湯を沸かしている。
「シエラさんに紅茶をいれてもらうのは久しぶりですね。以前にも飲ませてもらいましたが、とっても美味しかったです」
「そんなこともあったかな?」
シエラさんはとぼけているけど、顔がニマニマと笑っている。
「セミッタ川をさかのぼってカサックへ行ったときですよ。疲れた体に甘い紅茶がとっても美味しかったです。あの頃からシエラさんは僕に優しくって……」
「よ、よさないか。そんなに褒められると緊張で手が震えてしまう」
やがてポットはシュンシュンとお湯の沸く音を立てた。
「アルシオ陛下はお菓子の盛り付けをお願いします」
ミーナさんがもたせてくれた焼き菓子がたくさんあるのだ。
「う、うむ。こんな感じでよいのか?」
アルシオ陛下は指で恐々とお菓子を摘み上げて並べていく。
几帳面な性格が反映されてか、お菓子は騎士が並ぶように整然としていた。
「いい感じですよ。そこに遊び心が加わればもっといいかもしれません」
「遊び心? 難しいな。ミーナのようには盛り付けられないものだ」
「でも、この盛り付けも美味しそうです」
海上は穏やかで波の音が聞こえるだけである。
「さあ、紅茶がはいったぞ」
シエラさんの用意した濃いめのお茶と潮風が混じり合って香った。
僕は砂糖とミルクをたっぷりと紅茶に入れる。
「どうですか陛下、少しはリラックスされていますか?」
「うん……やはりベッパーのことが心配だよ。だが、操船は楽しかった。ロングクルーズというのはいいものだな」
楽しんでもらえているのならよかった。
でも、ちょっぴり頑張りすぎな気もする。
「次は僕かシエラさんが操縦しますからね」
「私はまだ疲れていないぞ」
「僕たちにも操船させてください」
そう言うと、アルシオ陛下は小さく笑った。
「そうだな。一人で背負いこもうとするのは私の悪い癖だ。昼まではレニーに任せよう」
陛下もようやく少しだけ肩の力が抜けてきたようだ。
僕らはどこまでも続く海を眺めながら甘い紅茶を味わった。
「ピッ!」
と、そこへセーラー4が周囲の索敵を終えて戻ってきた。
「おかえり。ごくろうさま」
僕はセーラー4の頭をなでる。
水にぬれたボディーはひんやりとしていた。
「あれ、なにを拾ってきたの?」
魔石が落ちていたら回収するようにと、セーラー4には網袋のバックを携帯させた。
見るとそこには栓をしたガラス瓶が入っている。
半透明なのでよく見えないけど、中には丸まった紙のようなものが入っているようだ。
「なんでしょう?」
お姉さん二人に聞いてみるけど、どちらも困ったように首をかしげるだけだ。
「開けてみますね」
僕は力を込めてコルク栓を引き抜く。
中から出てきたのは一通の手紙だった。
この手紙を拾ってくださった方へ
こんにちは。私の名前はメリーベルといいます。カルカテ王国のリミック港というところに住んでいる12歳の女の子です。カルカテ王国はユーロピア大陸の東の端っこにあるちいさな国です。
どうやらこの手紙は2000キロ以上もの旅をして、ここまで流れてきたようだ。
私は海で遊ぶのが大好きです。
友だちと浜辺で魚釣りをしたり、貝殻を拾ったりします。
でも、最近は魔物の襲撃が頻繁になっていて、子どもだけで海へ行くことは禁止されてしまいました。
それに私は目がよくありません。
二年前に病気になってしまい、それから視力がどんどん落ちています。
お父さんとお医者さんが話しているのをこっそりと聞いてしまいました。
私の眼は、もう良くはならないそうです。
そのうちに手紙を書くのも難しくなるでしょう。
だから、せめて今のうちにと、この手紙を書いています。
もしも奇跡が起きて、遠い国の誰かがこの手紙を読んでくれることを想像すると、すこしだけ楽しい気持ちになります。
この手紙を拾ってくれたあなたはどんな人なのでしょうか?
年が近くてお友だちになれたらすてきですね。
もしもあなたがリミックの港に寄ることがあるならば、ぜひ私を訪ねてきてください。
そして、どこでどうやって手紙を拾ったかを教えてくれたらうれしいです。
メリーベル
これはメッセージボトルというものだな。
パル村の女の子の間でも、セミッタ川にこうしたメッセージボトルを流すのが流行っていたっけ。
手紙を読み終わった僕はしばらく言葉が出てこなかった。
日付を見るとこれは一年前に書かれた手紙のようだ。
「この女の子、目が見えないんですね……。僕なら治してあげられるかもしれないけど……」
そう言うとアルシオ陛下が僕の肩に手を置いた。
「時間はあるのだ。一つリミック港とやらを見物しに行こうではないか」
「陛下?」
「ふむ、これも運命というものかもしれないな」
「シエラさん……」
お茶を飲み終えた僕らは進路をやや北側に修正した。
少しだけ遠回りになるけれどカルカテ王国へ行ってみよう。
ひょっとしたらメリーベルに会えるかもしれないからね。
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