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ファンロー帝国からの招待状


 曜煌器を見たルネルナさんの興奮はたいへんなものだった。


「ニーグリッド商会では様々な食器を扱ってきたけど、こんなのは初めて見たわ」

「ルネルナさんも知らないなんて、相当珍しいものですね」

「大昔のファンローの器だって言うのなら、ローエン皇子に訊けば何かわかるかもしれないわね」


 ローエンは博識だから曜煌器についてもきっと知っているに違いない。

次にファンローへ行く機会があったら忘れずに持っていくとしよう。

などと考えていたら、さっそくその機会が訪れた。

アルシオ陛下と僕宛に、リーアン皇太子から皇帝即位式への招待状が届いたのだ。


「ロックナ王国を一国として認めてもらえるのはありがたいが、さて、いろいろと物入りなのは厄介だな」


 アルシオ陛下が苦笑している。

ロックナ王国は領土としてはベッパーを取り戻しただけで、人口も3万人くらいしかいない。

ファンロー帝国みたいな巨大な国なら、本来は相手にもされないくらいの小国である。


「これもレニーのおかげだが、さてさてどうしたものかな……」


 アルシオ陛下はお金の心配をしているようだ。

普段の僕らならイワクスにでも乗って、一気にファンローへ行くことだろう。

だけどロックナの代表たるアルシオ陛下が他国へ行くとなると、お供を連れて行かないわけにはいかないらしい。

国としての見栄というものがあるそうだ。


「最低でも100人は連れて行かないとならんか……」


 実際はもっとだろう。

船は僕が用意するからいいとして、その間の食費や燃料費、旅先での滞在費はかなり高額になる。


「新皇帝にお祝いの品も用意しなければなりませんよね」


 まさか手ぶらというわけにもいかない。

僕は鶴松大夫なので個人的にもお祝いも用意しなければならないだろう。

ノームの女王に頼んで金細工でも作ってもらおうかな? 

女王は金属を使って芸術的な作品を作り上げる天才なのだ。

お金には興味がないみたいだから、オリハルコンや海から引き上げた幻のワインをプレゼントしてみよう。


 話し合いの結果、ファンローへ行くのは僕とアルシオ陛下、シエラさんに決まった。

アルシオ陛下は久しぶりの外出だ。

僕はずっと考えていたことを提案してみた。


「あの、良かったら護衛の方々とは別行動をとりませんか?」


 陛下は理解が追い付かないようで、小首をかしげて僕を見つめる。


「どういうことだ? それは何か意味のあることなのであろうか?」

「意味があるというか……楽しいかなって」

「楽しい……?」


 僕は陛下に羽を伸ばしてもらいたいだけなんだけど、陛下はそういう発想が全くできない性格のようだ。


「お供の方々には高速輸送客船で行ってもらって、僕らはクルーザーで別行動をするんです。知らない島へ立ち寄ったり、キャンプをしたりしましょう。きっと楽しいですよ」


 アルシオ陛下は茫然と僕を見つめ、ようやく声を絞り出した。


「それはつまり……遊びに行くということか?」

「その通りです」

「う、うむ…………」


 陛下は困ったように周囲の臣下を見回した。


「そのようなことをしてもよいのだろうか?」


 陛下の問いに答えたのはノキア将軍だ。


「安全面を考えれば、本来なら見過ごせないことではありますが、カガミ伯爵がご一緒なら問題はないかと存じます。後は陛下の御心しだいでございます」

「ふむ……。そ、それでは伯爵と……一緒に参ろうか……」


 陛下は悪いことでもするみたいに、首をすくめて皆の様子を窺っていた。


       ◇


 旅行用の衣装を選ぶときも、アルシオは上の空だった。

執事のアクセルが確認を取りながらドレスをトランクケースに詰めていくが、アルシオはほとんど見ていない。


「船旅の間は軽装がよろしいでしょう。カガミ伯爵のお話ではテントでキャンプをするかもしれないとのことでしたので」


 カガミ伯爵の名前にアルシオは正気を取り戻す。


「キャンプというのは野宿のことか?」

「いささか違いますな。キャンプというのは敢えて困難を楽しむ遊びでございます。天幕を張り、焚火にて大空の下で調理をする。そのように聞いております」

「困難を楽しむ……であるか……」


 アルシオにはうまく理解できなかった。

ただ、レニーが一緒ならば楽しいかもしれないという予感はしている。


「伯爵は陛下に様々な体験をしてもらいたいそうです。流木を拾って火をつけ、釣りや料理などもその一つとのことですよ」

「わらわが料理であるか? うまくできるだろうか? 失敗してレニーに呆れられたら……」


 アルシオの表情は深刻だった。


「陛下、キャンプは困難を楽しむものでございます。失敗してもよいのですよ」

「失敗しても……よいのか?」

「はい。本来なら焦げた魚は美味しくはないでしょう。ですが、キャンプではそれが楽しいのです」

「焦げた魚が? わからん……」


 アクセルは静かに微笑む。


「陛下、僭越ながら、陛下にこのような機会は二度と訪れないかもしれません。どうぞ青春を謳歌してくださいませ。わずかな間ではございますが、すべてを忘れてご自分の幸せだけをお考えください。天下広しといえども、陛下につかの間の自由を与えることができるのはカガミ伯爵だけでございます」

「爺……」

「出過ぎたことを申しました。お許しください」


 老執事は深々と頭を下げ、荷造りを再開する。


「そういえば、伯爵は海や池で泳ぐかもしれないと仰っていましたな。陛下も水着をお持ちください。こちらなどはいかがですか?」


 老獪な執事の手には黒いビキニが下がっている。


「そのように露出の多いものを着るのか……」


 唖然とするアルシオにアクセルは静かに告げる。


「おそばにいるのは伯爵とライラック様だけでございますれば。これも青春でございますよ」

「せ、青春であるか……。ならば持っていこう」


 いまだ知らぬキャンプというものは不安だったが、アルシオの胸は高鳴っている。

未知の世界は輝かしい予感にもあふれていた。



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