皇帝大回転
ハンロー港から少し離れた場所で、僕は60馬力の魔導モーターボートに乗り換えた。
これを使うのは本当に久しぶりだ。
以前はこのボートでセミッタ川を移動していたけど、ベッパーに本拠を移してからは使う機会がなくなってしまっている。
今日はこれでハンロー港の近くまで行くつもりだ。
波は穏やかだから、沿岸部を走らせるのなら問題はないだろう。
スザクのままで行ったら大騒ぎになってしまうからね。
目立たないように装甲兵員輸送船も使用は禁止にした。
ハンローへ入った僕はカガミゼネラルカンパニーのハーロン支部に身を隠した。
内戦がおこるかもしれないので、職員は全員避難させて、僕一人が店番をしている。
といっても魔石の買い付け以外の業務は停止しているので忙しいということはない。
そうやってのんびりとローエンが帰ってくるのを待っているのだ。
そして、僕がハーロンに到着した五日後、ローエンたちガイドロス島攻略部隊は帰還を果たした。
魔の島を壊滅させたので、街は凱旋パレード一色になっていた。
階上からは紙吹雪が撒かれ、人々は歓声を上げてローエンたちを迎え入れている。
そんな華やかな街の様子とは裏腹に攻略部隊はボロボロで、負傷者が多かった。
おかしいな?
強襲巡洋艦を召喚したとき、ついでに特殊医務室も呼び出して重傷者は全員手当てをしたはずだ。
こんなに負傷兵が多いはずはない。
これはきっと皇帝を油断させるためにやっている、ローエンの策略なのだろう。
やはり、ローエンは本気で皇帝を討つつもりなのだ。
僕はリーさんから借りた白狼隊の制服に着替えて、パレードの一向に紛れた。
ローエンの直属部隊である白狼隊なら、何らかの形で作戦に関わるだろう。
近くに居られればローエンの身に降りかかる火の粉を払うことも可能なはずだ。
「えっ、カガミ伯爵?」
「シッ、極秘任務の最中だから知らんぷりをしてください」
「はっ!」
顔見知りの隊士に見つかってしまったけど、何とかうまくごまかすことができた。
ガイドロス攻略部隊はこのまま宮殿の第二門まで進み、そこでコー皇帝のねぎらいとお褒めの言葉を受けることになっているようだ。
ローエンはそのときに皇帝の命を狙うのだろうか?
それにしては兵の数が少ないような気がする。
ガイドロス島攻略部隊の生き残りは8000人くらいのはずなのに、ここにいるのは5000人ほどのようだ。
しかも、ローエンの近くにカイ隊長の姿が見当たらない。
ひょっとして他の兵たちは戦死したことにして別動隊として動いているのかも!
僕は『地理情報』に意識を集中して、宮殿内の人の動きに注視する。
すると、隠し通路のような場所を急ぎ足でやってくる兵団の気配を捕えた。
先頭にいるのはカイ隊長のようだ。
ローエンは第二門内の閲兵場で皇帝との決着をつける気でいるみたいだ。
でもちょっと待てよ。
『地理情報』によれば、皇帝側も閲兵場を取り囲むようにして1万以上の衛兵を配備しているぞ。
これはとても宴の準備という感じじゃない。
ガイドロス島攻略でローエンの名声はますます上がっている。
それは皇帝の地位を脅かすほどなのだろう。
だから皇帝はこの機会にローエンを排除するつもりなのかもしれない。
人数としてはローエンが不利だけど、背後から奇襲を受ければ勝機は十二分にある。
ローエンは皇帝の考えを見越して、隊を二つに分けたのかもしれない。
用意周到なローエンなら考えられることだ。
だとしたらローエンが勝利するだろう。
彼は勝てない戦をやるような愚か者じゃないからね。
でも……、やっぱりたくさんの人が死ぬんだろうなあ……。
それを考えると暗澹たる気持ちになる。
皇帝の臣下として戦っている人にだって、いい人はいっぱいいるのだ。
どうせなら死んでほしくない。
第二門の内に入る前に、僕はそっと本隊から離れた。
「どこに行くつもりだ!?」
「厠です!」
衛兵に見とがめられたけど、何とかごまかし、走って逃げる。
「まったく、最近の少年兵はなっとらんな」
うしろで衛兵の文句が聞こえてきたけど、生理現象は仕方がないだろう?
もっとも、僕は本当にトイレに行きたかったわけじゃない。
「召喚、装甲兵員輸送船」
トイレの建物の裏で、僕はビャッコを乗せた兵員輸送船を呼び出した。
すぐさま装着して輸送船は送還する。
魔石タンクは満タンになっているので駆動時間は2時間50分ある。
それだけあればすべてを解決できるだろう。
派手な戦闘をしたいわけじゃない。
僕がやりたいのは……。
高い塀を飛び越えて着地しても、ビャッコはほとんど音を立てなかった。
相変わらず驚異の静粛性だ。
ステルスモードで姿も消しているので、僕に気が付く衛兵は誰もいない。
そうやって壁を伝い、目立たないように閲兵場までやってくると、すでにローエンと皇帝が対峙しているところだった。
皇帝は幅が30mはありそうな階段の上にいて、下にいるローエンを見下ろしている。
よかった、まだ戦闘は始まっていないようだ。
「この兵はどういうことでしょうか、陛下? 本日はお褒めの言葉をいただけると聞いて参ったのですが?」
ローエンがふてぶてしい笑みをたたえながら皇帝に質問している。
「ふふふ、ローエン皇子に謀反の兆しありという情報を得てな。万が一に備えてこのような形で出迎えた」
皇帝の方も皮肉な笑顔をたたえていた。
「私が謀反? そのような大それたことをするわけがございませんよ」
「そうであろうか? 私にはお前の目は復讐に燃えているように見えるがどうだ?」
「とんでもない。私が陛下に反逆するなどとんでもないことです。なにか証拠でもあるのでしょうか?」
「証拠か……そんなものは必要ない」
証拠もなくローエンを糾弾しているのか。
いや、まあローエンが反逆しようとしているのは事実なんだけどね。
きっとローエンは無駄な話をして、カイ隊長が率いる別動隊を待っているに違いない。
でも、皇帝はいつまでも話しているほど甘くないようだ。
「さて、そろそろ決着を付けようじゃないか。ローエン、お前が反逆を企てているかどうかなど興味はない。私は純粋に欲しているだけなのだ」
「何をですか?」
「貴様が無様に死んでいく姿をこの目で見ることをだ!」
コー皇帝ってコンプレックスの塊っぽいんだよね。
ローエンは多才だから嫉妬しちゃったのかなあ?
いや、のんびり落ち着いているわけにはいかないな。
カイ隊長はもうすぐそこまで来ている。
このままでは大勢の命が失われてしまう。
僕はビャッコで跳躍して皇帝の目の前に降り立った。
と言っても物音ひとつ立たないので、僕に気付いている人は誰もいない。
皇帝も僕の向こう側に見えているローエンに話し続けている。
「それでは始めようか、貴様への刑を執行、ウオッ!?」
僕は両腕で皇帝を掴むと、さらにまた跳躍して、一回転半ひねりでローエンの真横に着陸した。
見ている人には皇帝が宙返りをしてローエンのところまで飛んだように見えたかもしれない。
「なっ……!?」
さすがのローエンも瞬時には状況がつかめずに戸惑っているようだ。
だけど、すぐに状況を受け入れて、誰よりも早く動いたのはさすがだった。
ローエンは剣を抜き、皇帝の首筋にあてがう。
遅れて側近たちも動き出し、憔悴している皇帝を拘束した。
「ぶ、無礼者! 私を誰と心得るか!? 至高の存在に触れるなど、一族皆殺しにしても贖えぬ大罪であるぞ!!」
皇帝はギャーギャーとわめいていたけど、ローエンはそれを一喝する。
「黙れ、簒奪者め! 父上を暗殺し、リーアン皇太子を軟禁しているお前こそが罪人なのだ。禁軍の兵士たちよ、お前たちも反逆の汚名を着たいのか!?」
ローエンが睨むと兵士たちは戦意を喪失したようで、剣を鞘に収めた。
守るべき皇帝が人質に取られているのだからどうしようもない。
それに、皇太子が軟禁されているのは事実だもんね。
彼らに大義はないのだ。
「ところで…………そこにいるのか?」
ローエンは姿が見えない僕の方に向かってボソリと訊いてくる。
レニーと名前を呼びかけないのは、他の人に内緒にしておきたいというローエンの気遣いからだろう。
「うん」
「まったく……ついてくるなと言っただろう。お前は一つも私の言うことを聞いてくれないな」
「まあまあ。黙っていればわからないって。それに、ここにいる僕はリー・リンチェイだよ」
借りてきた白狼隊の制服にはリー・リンチェイさんの名札が縫いつけられている。
「ふむ、ではそういうことにしておくか……。ところでどうやって姿を消しているんだ?」
「ビャッコっていう魔導モービル」
そういえば、ローエンにもビャッコは見せていなかったな。
「実に便利だ……。こうなったらもうひとつ頼まれてくれないか? リーアン兄上の救出だ」
「了解!」
軟禁されている皇太子の救出ね。
まさにビャッコにはうってつけの任務だった。




