第110話 ベッパーへの帰還
イカルガのデッキに着陸すると、張り詰めた顔をしたシエラさんとミーナさんが走ってきた。
何も言わずに出かけてしまったから、ずいぶんと心配をかけたのだろう。
ローエンの後を追ってから、もう三日が経っている。
「レニー君! よかった……」
二人の目に涙があふれているのを見て、僕は心から反省した。
せめて、カガミゼネラルカンパニー・ファンロー支部の職員に書き置きを渡せばよかったんだ。
「ごめんなさい、帰るのが遅くなってしまって……」
シエラさんが僕に抱き着いてきた。こんなことをするなんて、シエラさんにしては珍しい。
「もういい、もういいんだ。ちゃんと無事に帰ってきたんだから……」
僕はなんて悪い奴だったんだ!
シエラさんもミーナさんもいつだって僕のことを気にかけてくれてくれるというのに、それなのに僕は……。
「さあ、中に入ってお茶にしましょう。なにか理由があるのでしょう? こんな所じゃ落ち着いて話もできないわ」
ミーナさんが優しく手を引いてくれる。
ああ、僕は自分の居場所に帰ってきたんだな、そう思った。
ティールームに移動した僕は、ローエンの身に起こったこと、ガイドロス島の戦い、デザインアニマルのことなどを二人に説明した。
「古代人が作ったデザインヒューマンだなんて、話が大きすぎて、整理しながらじゃないとついていけないわね」
紅茶のお替りを注いでくれながらミーナさんがため息をこぼしている。
「だがこれは大きな転機だぞ。つまり、ガイドロス島のような魔物を産みだす拠点を潰せば、これ以上魔物が増えることはないということだろう?」
「その通りです、シエラさん。機械を作り出す技術はすでに失われています。だから、デザインアニマルを産みだす機械をすべて破壊すれば、人間と魔物の戦いは終わるのです」
魔族や魔物が人間を狩りつくすというのなら、そうするしか手立てはない。
「これは一刻も早くベッパーに戻って、アルシオ陛下やルネルナたちと相談しなくてはならないな」
「その前にワン大使をファンローへ送り届けなければなりませんけどね」
僕らはまだ、使節団を運ぶという任務が終わっていない。
「しかし……いいのか?」
シエラさんが難しい顔で訊いてくる。
「いいのかって、何がですか?」
「ローエン皇子のことだ。言い方は悪いが謀反を起こす気でいるんだろう?」
「たしかに、心配なんですよね。でも、近づくなってきつく言われてしまったんですよ。だから、ワン大使を送り届けたら、僕らは速やかにベッパーへ戻ります」
「本当にいいの、レニー君?」
「ローエンは頑固なところがありますから。ビャッコを貸してあげるって言ったのに、受け取らないんですよ」
「ビャッコ?」
あ、シエラさんはまだ知らないか。
「新しく召喚できるようになった魔導モービルです。隠密行動に優れているんですよ」
「ぶ、武装は?」
「サイレンサー付きの魔導ピストルだけです」
「な~んだ……」
シエラさんは火力重視だから、少しだけ残念そうだ。
僕はビャッコを気に入ってるんだけどな。
「乗れば、その静粛性に驚きますよ。潜入任務に就いている騎士団に渡せば、作戦成功率はかなり上がるはずです」
「そこまでか?」
「さっそく試してみますか?」
「よし、やってみよう!」
シエラさんは元気に立ち上がった。
本当は三連魔導砲を装備した水陸両用強襲巡洋艦を見せてあげたいけど、あれはまだ先だ。
こんなところで召喚したらワン大使に見られてしまうからね。
大使は良い人だけど、ローエンの敵になるか、それとも味方になるかはまだわからない。
今は秘密にしておくべきだろうと判断した。
ワン大使をはじめとした使節団をハンローの港に下ろすと、僕らはすぐにベッパーへと引き返した。
ここはもうじき内戦になる。
今は平和な街も戦火に包まれるのかと思うと心が痛んだが、僕にできることはない……。
ビャッコを使って紫禁宮に潜入して、皇帝を捕まえてこようかとも考えたけど、やはりそれは内政干渉になってしまうのだろう。
僕はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、イワクス2に乗り込んだ。
帰り道ではイカルガは送還し、空の旅で時間を短縮するのだ。
眼下に広がる帝都を眺めながらローエンの無事を祈った。
◇
無事にワン大使をハンロー港まで送り届けて、僕らはベッパーへと帰還した。
帰りはイワクス2を使ったからかなり早かった。
輸送艦のヘリポートに着陸するとアルシオ陛下、ルネルナさん、フィオナさんが僕らを出迎えてくれた。
「レニー!」
ルネルナさんがさっそく僕に抱き着いてきて、ほっぺたをうにうにと引っ張ってくる。
「元気だった? 病気とかしていない? 少し背が伸びた?」
「いつも通り元気ですよ」
「そっか、そっか。今夜はお姉さんとお風呂に入りましょうね。髪の毛を洗ってあげるわ」
ルネルナさんは相変わらずだ。
「恥ずかしいから嫌です」
「照れなくていいのよ」
「おい、いいかげんにしろ、ルネルナ」
シエラさんが割って入ってくれて、ルネルナさんはようやく体を離してくれた。
僕はあっけに取られていたアルシオ陛下とフィオナさんに向き直る。
「ただいま戻りました」
「う、うむ……」
「おかえりっ!」
アルシオ陛下がソワソワしているな……。
「どうかされたのですか陛下?」
陛下は声を落として囁いた。
「わらわもレニーにハグをしたい。あとでしてもいいか?」
陛下も親愛の情を示したいけど、人目のある所ではできないんだね。
「その、恥ずかしいけど、よ、よろしくお願いします」
僕も陛下に再会できてうれしいんだよね。
だからハグは良いと思う。
だけど、改まってするとなると照れちゃうよね?
身分の高い人というのはいろいろ大変なんだなと思った。
それから僕らは場所を変えて報告会をした。
まずはフィオナさんからは魔導エンジン付きボートの生産状態の説明だ。
「ノームたちの手助けによって、生産は安定しているよ。材料となる金属もノームたちが住んでいた島から運び出している。次で最後になるだろう」
ガドンマという魔族が住んでいた島だな。
あそこには大量のインゴットがあったんだよね。
あれを全部運べば、とうぶん材料には困らないだろう。
続いてはルネルナさんからの報告だ。
「商売の方も堅調よ。カガミゼネラルカンパニーの支店は世界各地に36店舗を構えるようになったわ。利益も右肩上がりね」
こちらも順調のようで何よりだ。
ファンローでは大量の魔石を買い付けることができた。
おかげでコンスタンティプルでの購入が減り、西側でも価格が安定してきているそうだ。
最後はアルシオ陛下からの報告である。
「ベッパーの人口がついに2万人を突破したぞ。兵の数も派遣軍を合わせると1万5千になった。これはかなり順調だよ。新兵はポセイドン騎士団、ルマンド騎士団がそれぞれ鍛えてくれている。ロックナ奪還の日は近いと思う」
ナビスカさんも元気に海馬を探しているそうだ。
そうそう、ナビスカさんの見つけた海馬は100頭を超え、厩舎では仔馬が生まれたらしい。
かなりかわいいという話なので時間ができたら見に行く予定だ。
それにしてもロックナ奪還か。
いよいよその日が近づいてきたな。
「そう言えば、新しい船を召喚できるようになりましたよ」
「なん……だと……?」
全員の視線が痛いほど僕に突き刺さった。
「どういった船なのだ?」
シエラさんが鋭い眼光のまま質問してくる。
「水陸両用強襲巡洋艦といいます」
「はうっ! む、胸が苦しい……」
名前を聞いただけで心臓が痛むの?
「大丈夫ですかシエラさん!?」
「問題ない。強襲という言葉に興奮しただけだ……。それで、その船は一体どんな?」
「三連魔導砲が二門ついた――」
「うごおおっ!」
「シエラさん!?」
「き、気にしないでくれ」
しますよっ!
「もう、シエラは大袈裟なのよ。レニー君、百聞は一見に如かずよ。さっそくその船を私たちに見せてくれない?」
ルネルナさんの言うとおりだ。
でもその前に、特殊医務室の準備を万端にしておくとしよう。
急患が出ると困るからね……。