船長のスキル
本日三本目です。
翌日は朝の6時にカサックを出発した。
ひんやりとした風が肌に冷たい。
帰り道はパル村によって家から毛布を取ってこよう。
ローボートのときに比べてスペースに余裕ができているから、今後は生活必需品を積み込んでいくのもいいだろう。
カサックを出発して3時間ほどでルクワまでやってきた。
ここは往路で水賊を引き渡した場所だ。
川を下っているので行きよりも帰りの方がスピードは出ている。
町に着くちょっと手前でレベルが8に上がった。
すぐにでも「ステータスオープン」と叫びたかったけど、ルクワまではあとわずかだ。
ぐっとこらえて操縦に専念した。
名前 レニー・カガミ
年齢 13歳
MP 890
職業 船長(Lv.8)
走行距離 648キロ
所有船舶
■魔導モーターボート全長4.8メトル 全幅1.92メトル 定員5名
60馬力エンジン搭載(およそ140MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ500MP
■ローボート(手漕ぎボート)全長295センクル 全幅145センクル 定員2名
10馬力の船外機付き(およそ110MPで1時間の運用が可能)魔力チャージ350MP
船長の固有スキル「気象予測」を会得。これにより所在地における二日後までの天候を予測できます。
なんて素晴らしいスキルなんだろう!
天気が分かれば嵐などをさけて運航ができ、計画だって立てやすい。
どれどれ、さっそく今後の天気を予測してみよう。
意識を集中させると気象情報が頭に滑り込んできて、今後どうなるかが手に取るように分かった。午後から風が強くなるけど、今日一日は晴天。
明日は真夏のように猛烈に熱くなるか……。
「どうしたんだい、レニー君? 考え事をしているようだけど?」
気が付くとシエラさんがすぐ近くにいた。
「またレベルが上がったんです。船長の固有スキル『気象予測』という能力に目覚めました。
「気象予測ですって⁉」
大きな声で食いついてきたのはルネルナさんだ。
「小麦は!? 今年の小麦の出来はどうなるの!? 海の様子は? 今年の雨季はいつからいつまで!? 教えて! お姉さんに全部教えて。何でもしてあげるから‼」
「く、苦しいです……」
人にものを頼むのに胸倉を掴むのはよくない。
それにお顔が近いです……。
「落ち着けルネルナ。レニー君が困っているぞ」
「落ち着いてなんかいられないわ。大儲けのチャンスなのよ!」
秋小麦の出来が分かれば、春小麦の買い付け量が調整できるというわけか。
秋が不作なら今のうちに買い占めて、暴利を貪ることだって可能だ。
「残念ながら二日後の天気までしかわかりませんよ」
「な~んだ、残念。一年先の天候がわかるんなら、お姉さんはレニーに全てを捧げたんだけどな……」
怪しく媚を売られても、わからないものはわかりません。
「いやいや、二日後の天気がわかるというのは大したものだぞ。軍事行動の作戦立案には欠かせない能力だ。レニー君はやっぱり騎士団に入って、私の元で騎士見習いとしてだな――」
「たしかにニーグリッド商会の船にレニーがいれば鬼に金棒よね。やっぱりレニーは私のものに――」
お話しているお姉さん方は放っておいて、先日市場で買ったオレンジを剥いた。
今日もじいちゃんのナイフはよく切れる。
「はい、オレンジがむけましたよ。これを食べたら出航しましょう!」
ミラルダまではあと240キロもあるのだ。
道すがらルネルナさんは約束通り貿易のいろはを教えてくれた。
役所での手続きの仕方からはじまって、買い付けや販売の方法までを一通り説明してくれる。
「基本は安く買って高く売るよ。セミッタ川で言うならカサックで絨毯や銀食器を買って王都ハイネルケで売るのが基本ね」
「王都では何が買えますか?」
「王都では加工品を買うのがいいわ。良い職人が揃っているから宝飾品が有名よ。ただし、カサックではあまり高値はつかないわ」
最前線では宝石の需要がないのかな?
「この場合は王都からカサックに引き返さずに、川下のルギアで売ればいいのよ。カサックで絨毯と銀食器を仕入れる。王都でそれを売って、宝飾品を買ってルギアへ。ルギアでそれを売って、外国から来た香辛料などを購入。これを王都で販売、利幅は少ないけどよく売れるワインなどを積み込んでカサックへ。いわゆる三点貿易ってやつよ」
商品はニーグリッド商会を通して卸してもらえるから売買も楽だ。
大きな船で海に出られるようになるまでは、これで修業してみようと思う。
ミラルダに戻ってきたのは午後3時くらいのことだった。
今回の遠征で総走行距離は872キロになっている。
次のレベルアップは1280キロ。
もう一度カサックまで行けばちょうどそれくらいになる。
「レニー君、世話になったね」
「住むところが決まったら、ちゃんとお姉さんに連絡するのよ」
「はい!」
シエラさんもルネルナさんも定期的に仕事をくれるそうだ。
今回の旅では3000MP分の魔石と5000ジェニー(5万円に相当)を報酬としてもらった。
100MPの魔石は100ジェニーくらいで販売されているから、実質8000ジェニーを貰ったようなものだな。
これだけあれば当面の生活は困らない。
荷物は船に積んだまま送還できたので、僕は比較的身軽だった。
手にはカサックで買ったレイシーの籠を持っているだけだ。
美味しかったのでいっぱい買ってしまったけど、一人で食べきるにはちょっときつい量がある。
そういえば、ミーナさんのアパートはこの近くだったな。
料理人のミーナさんなら珍しい果物を喜んでくれるかもしれない。
お土産にお裾分けしてあげよう。
そう思いついて僕はミーナさんの家へ向かった。
玄関に出てきたミーナさんはどんよりと暗い顔をしていたけど、僕が挨拶をすると笑顔を見せてくれた。
「今日はどうしたの? あっ、鍋の代金なら――」
「そうじゃないんです。実は仕事でカサックへ行って、お土産にレイシーを買ってきたんです。たくさん買ったのでミーナさんにも分けてあげようと思って」
「まあ! 私もレイシーは大好きなの」
料理人だけあってミーナさんはレイシーのことも知っていた。
「どうぞ、何もないところだけど部屋にあがっていってよ」
「じゃあちょっとだけ」
以前も通された居間へとお邪魔することになった。
「えっ……?」
部屋の中に通された僕は困惑してしまう。
ミーナさんの部屋は元から荷物が少なかったけど、今日はほとんどと言っていいくらい荷物がなくなっていたのだ。
「どうしたんですかこれ?」
「恥ずかしい話なんだけど家賃が払えなくなっちゃってね……」
ミーナさんはテヘヘと頭を掻いている。
お金に困って持ち物をだいぶ処分したようだ。
笑っているけど、これって大変なことなんじゃないか?
「これからどうするんですか?」
「荷物を売ってお金は作ったから来週までの家賃はあるのよ。それまでに仕事が見つかればいいんだけど……」
仕事探しはうまくいっていないそうだ。
お昼をご馳走になったことがあるから知っているけど、ミーナさんの作る料理はとても美味しい。
それでも雇ってもらうのは難しいのか……。
「そんな暗い顔をしなくても大丈夫よ。それよりもせっかくのレイシーだから一緒に食べましょう。今お茶を淹れるわ」
僕らは向かい合ってレイシーを食べた。
「本当に不思議な香りですよね。初めて食べたけどすっかり気に入っちゃって」
「美味しいわよね。そのまま食べてもいいけど、氷冷魔法でシャーベットにしたり、柑橘類と合わせてゼリーを添えても美味しいのよ」
レイシーのシャーベットか。
それはとても美味しそうだ。
「シャーベット……」
「どうしたのレニー君?」
「そうか、シャーベットだ!」
自分の思い付きに興奮している僕をミーナさんは不思議そうに眺めていた。
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