ガイドロス島
ローエンが指揮を執るファンロー軍はガイドロス島へ攻撃を開始していた。
島の魔物の総数1万に対して、ファンロー軍も1万。
数は同じだが魔物を相手にするにはその5倍の人間が必要だと言うのが定説である。
だが、寡兵ながら戦術を駆使してローエンは戦いを五分の状態に持ち込んでいる。
敵が軍隊ではなく、組織だった攻撃をしてこないことで何とか持ちこたえている状態だ。
ローエンは旗艦ゴライオンの甲板に立って情報を集めた。
彼の頭の中では戦場が俯瞰図のように組み立てられていく。
「揚陸部隊の様子はどうだ?」
「ダメです。敵の数が多すぎて安全拠点を築けていません。兵たちの疲労も間もなく限界に達するでしょう」
戦端が開かれてからすでに4時間が経過している。
度重なる攻撃魔法で魔力切れを起こす兵士も続出していた。
「七、八、九番艦を増援に送れ。今いる揚陸部隊と入れ替えるんだ」
そろそろ潮時か……。
ローエンの頭に撤退の二文字が横切る。
ここまでやれば作戦放棄の責めは追わなくて済むだろう。
作戦失敗の責任はとらされるだろうが、それがどんなものになるかまではまだわからない。
最悪の場合は軟禁の上で毒殺だろうが、運が良ければ追放という最高のシナリオだってあり得る。
そうなったら晴れて自由の身だ。
レニーと好きなだけ冒険の旅に出られるだろう。
いや、あの兄上がそんなに甘いわけがないか……。
ローエンは首を振って自分が縋り付く甘い希望を振り払った。
それに、この戦でも大勢の兵士が命を落としている。
彼らの犠牲を無駄にしないためにも打てるだけの手を打って、少しでも魔物をせん滅しておきたい。
「遊撃隊に連絡しろ。敵の左側面に回り込み、ありったけの魔法攻撃を仕掛けるんだ」
遊撃隊の一撃離脱攻撃で敵の抵抗ラインに必ずほころびが出るはずだ、とローエンは踏んだ。
たしかにその策がなされれば戦局はファンロー側に有利な展開になっただろう。
ところが、命令の詳細を伝えきる前に旗艦ゴライオンが大きく揺れた。
「なにごとだ?」
目の前の大机に捕まりながらローエンは冷静に周囲を見回す。
「殿下、あそこです!」
「カリブティス!」
海に現れたのは大きなイソギンチャクの化け物だった。
かつてアルケイを襲った個体よりは小さいが、拮抗した戦いをひっくり返すには十分すぎる強敵だ。
それが、真っ直ぐにローエンの方へと迫っている。
各戦艦からカリブティスへの魔法攻撃は始まっている。
だが、これで他の魔物に対する抵抗力は弱まってしまった。
魔物側は各艦を分断しつつ徐々に人間を追い詰めていく。
「くそ、ここまでか……」
「殿下、いかがいたしますか?」
それは私が訊きたいよ、という言葉をローエンは意志の力で飲み込んだ。
「密集しつつ、後退する」
「揚陸部隊はどうしましょう?」
彼らはガイドロス島の浜辺で上陸拠点を築こうと奮闘している。
だが、助けに行けば本隊も壊滅させる恐れがあった。
「撤退信号を打ち上げるんだ。あとはそれぞれの判断に委ねるしかない……」
ローエンにとってまさに苦渋の決断だった。
すでに想定していた2%以上の犠牲が出ている。
これ以上やればどれだけの犠牲者が増えるかはローエンにさえもわからないのだ。
ローエンは恨みのこもった目でカリブティスを睨んだ。
奴が出てくるタイミングがあと5分遅ければ……。
と、ローエンの見ている前で、轟音を轟かせながら高速の何かが飛来し、カリブティスの巨体が爆散した。
「何事だ!?」
冷静沈着なローエンでさえ浮足立って周囲を眺める。
青い空の一角に赤い炎が輝いていた。
あれは……伝説の鳳凰!?
炎をまとった高速の鳥が超低空飛行で戦場を切り裂く。
シュゴーーーーン!!!!
あまりの速さに、飛行音が後から追いついてくるほどだ。
「殿下、あれは?」
ローエンの顔にぎこちない笑みが広がっていた。
「まったく、ついてこないようにとわざわざお膳立てしたというのに……」
「はっ?」
「いや、あんなことができる人間を私は一人しか知らない、おそらくあれは……」
高速で通り過ぎた飛行物体が速度を落としてこちらの方へ戻ってきた。
その間にも不思議な武器で要所要所の強敵を打倒していく。
「ローーーエーーーーン!!!!」
「レニーーーーーー!」
深紅に輝く甲冑をまとった義弟はゴライオンの甲板へと垂直着陸した。
◇
ローエンはどこにいるのだろう?
僕は上空からファンロー軍を見回す。
きっと一番立派な船が旗艦だよね。
ということは……あれだ!
スザクのモニターのおかげで、見たい景色は拡大表示される。
ローエンは舷側に捕まってこちらを見ているじゃないか。
僕は大きな声でローエンに呼びかける。
向こうもちゃんと返事をしてくれたぞ。
よかった、ローエンにけがはなさそうだ。
僕は旗艦の甲板にスザクを垂直着陸させた。
「レニー、どうして……」
「それはこっちのセリフだよ。もう少し待っていてくれれば、ちゃんと手伝うこともできたのに」
「しかし……」
僕はスザクから降りた。
「そんなことより魔石はある?」
「魔石? もちろんあるが」
「じゃあ、ここにありったけ詰め込んでくれる?」
エネルギーポットを開いてお願いする。
アフターフラッシュ全開で飛んできたから、魔力の残量はほとんどない。
すぐにでも補給してもらわないと。
目で指示を受けたローエンの部下が急いでその場を立ち去った。
きっと用意してくれるのだろう。
「時間がないよね?」
「その通りだ」
僕とローエンは短く言葉を交わす。
「僕にどうしてほしい? 何をすればいいか言ってくれ」
ローエンはガイドロス島の一角を指さした。
「あそこで揚陸部隊が上陸拠点を築こうとしているのだが、魔物の抵抗が激しすぎていっこうに上手くいっていない。何とかなるか?」
「あそこの敵を蹴散らせばいいんだね。任せておいて。スザクの補給は頼んだよ。召喚、装甲兵員輸送船!」
僕はゲンブを艦載した輸送船を呼び出す。
スザクが使えない間はゲンブで対応だ。
陸戦なんだからこちらの方がいいだろう。
オリーブグリーンの機体はずっしりと重厚な駆動感を僕に与えてくれる。
よし、まずは揚陸部隊の応援だ。
「行ってくる! これ以上の犠牲は僕が出させないから」
「レニー……恩に着る!」
「おう!」
僕は大剣を構え、青い海へと躍り出た。




