緊急発進
ファンロー帝国使節団を乗せたイカルガはコンスタンティプル、ハイネーンなどの国々を次々と回り、最後にベッパーへと立ち寄った。
もちろんロックナ王国の復興を認め、国交を回復しようという親書をアルシオ陛下へ手渡すためだ。
ワン大使はベッパー総督府でアルシオ陛下に謁見し、両国の友好を促進しようという共同声明を出した。
長かった僕の務めもまもなく終わる。
あとは大使をファンロー帝国へ送り届けるだけだ。
イカルガがハーロン港を出港してから実に36日が経過していた。
この間に僕はまたレベルアップした。
職業 船長(Lv.27)
MP 2205892
所有スキル「気象予測」「ダガピア」「地理情報」「二重召喚」「伝導の儀式」「三重召喚」
「潜水能力」
■新スキル「釣り」 糸を垂らせば百発百中、貴方に釣れないものはない。どんなものでも釣りあげます。
今回は地味だけど楽しそうなスキルを手に入れた。
セミッタ川のほとりで育ったから、もともと釣りは上手い方だ。
でも、サバールとメバールを釣りわけるなんてできないし、川の主から海底に沈んだ長靴だって釣り上げるのがこのスキルの特徴らしい。
最近は忙しくて釣りをすることもなくなったな。
機会ができたら、たまにはのんびりと甲板の上から釣り糸を垂れてみることにしよう。
せっかくベッパーに来たのだからと、フィオナさんの工場にも立ち寄った。
前に来たときは死にそうな顔で生産に励んでくれていたけど、あれからどうなっただろうか?
ノームたちに手伝いを依頼してあるから、たぶん大丈夫だとは思う。
仕事はすべて終わり、ノームたちも島に帰ったことだろう。
そんな風に予想していた。
工場の扉を開けると、人間やドワーフに混じって普通にノームたちが働いていた。
もしかして、まだ仕事が終了していないのか?
それにしては前に来たときのようなピリピリとした緊張感はない気がするけど……。
「これは、カガミ様」
僕が来たことに気が付いたノームの女王が話しかけてきた。
「こんにちは。先日依頼した仕事はまだ終わりませんか?」
「いえいえ、そんなのはとっくに終わりましたよ」
女王はニコニコと笑顔で答える。
「だったらどうして……」
僕は周囲を見回した。工場内では1000人以上のノームが相変わらずぴょこぴょこと働いている。
「ここはご飯も美味しいし、島にいるよりずっといい暮らしができるんです。だから帰るのが嫌になってしまって……」
「え、じゃあずっとここに住んでいるんですか?」
「はい、ロックウェル技術開発局長が家や食事を用意してくれました。ダメだったでしょうか?」
「そんなことはありません。僕も皆さんが来てくださって嬉しいですよ」
ベッパーの人口が一気に1000人も増えてしまったな。
「ピピッピー、ピポッパー(よーし、休憩時間だぞ)」
「ピルピリプパー(いけね、今月の互助会費を払うの忘れてた)」
「パッパッパッ、ピルピリ―パ、パパパヤー(はっはっはっ、お茶菓子食わせねえぞ)」
馴染んでいるなあ……。
でもこれなら安心して工場を任せられる。
今の仕事が終わったら、約束通りノームを遊覧クルーズに連れていってあげなきゃね。
僕は女王によくお礼を言ってフィオナさんを探した。
港で積み荷の指示を出しているとワン大使が僕のところまでやってきた。
大使は散歩をしていたようだ。
明日からはまた海上の日々が続く。
今のうちに大地の感触を楽しんでいるのだろう。
「これはカガミ殿、準備の方はいかがですか?」
「もう万端ですよ。大使が好きなウニも冷蔵庫に積み込んであります」
「それは嬉しい。ウルト料理長がつくるウニのクリームパスタにはすっかりやられましたよ。あれが食べられなくなると思うと悲しいですな」
「それならご安心ください。ミーナさんは大使のお気に入りをノートにまとめています。お抱えの料理人がきっと再現してくれるはずです」
「なんと! それは嬉しいことを聞いた。ウルト料理長には何かお礼をしなければ。それにしても、予定よりずっと早く終わりましたな」
ワン大使はしみじみと言う。
当初は60日の予定で出港したけど、なんだかんだで、まだ36日だ。
ファンローへは1週間で到着する見込みだから、トータルでは43日か。
「無事にここまでこられて、僕もホッとしていますよ」
「ご謙遜を、これほどの船は世界中を探したってどこにもないでしょう。本国に帰れるのは嬉しいですが、この船と別れるのは少々寂しいですな」
ワン大使は名残惜しそうにイカルガを見上げた。
翌日、イカルガはベッパーの港を出航したが、僕は別行動だ。
スザクを使って、一足先にファンローへ行くことにしたのだ。
そうすれば、使節団が戻ってくることを伝えられるし、久しぶりにローエンの顔も見られる。
一石二鳥というわけだ。
お土産にはコンスタンティプルの市場で見つけた古代魚の化石を用意してあるけど、喜んでくれるかな?
ひょっとしたら偽物を掴まされたかもしれないけど、それならそれでローエンは大笑いしてくれるだろう。
兄弟に早く会いたくて、僕は雲の間をアフターフラッシュで駆け抜けた。
すぐにでも宮廷に行きたかったのだけど、先にカガミゼネラルカンパニーのハーロン支部へ寄った。
扉を開けるとちょうど書類から目を上げた職員と目が合った。
「これはカガミ伯爵、いつこちらへお戻りで? こんなに早くイカルガが帰ってくるとは思いませんでしたよ」
「そうじゃないんだ、イカルガはまだベッパーだよ。今日は単身でやってきたんだ。はい、これ。ルネルナさんからの指示書だよ」
僕はせわしなく書類を手渡す。
スザクを見せたらきっとローエンは驚くだろう。
早くその顔を見たくてたまらない。
「そうそう、伯爵がいない間にこちらでは大変なことがあったんですよ」
職員の声に少しだけ自慢する色が混じった。
「どうしたの?」
「実は帝国がガイドロス島へ討伐軍を送ったんですよ」
「なんだって?」
「一万の軍勢が50の軍艦で出撃しました。それでちょっとした特需みたいになりましてね。倉庫にストックしていた麦をいい値段で売ることができました。600万ジェニーほどの儲けがでていますよ」
この職員は自分の成果を誇示したかったようだ。
「それはすごい。よくやってくれたね。でも、一万か……、ガイドロスを攻略するには少なすぎる人数じゃない?」
僕はいやな予感がしてならない。
「そうですか? 軍事のことはわかりませんが、指揮官はあの天才皇子のローエン様ですよ」
「それはいつのこと!?」
「はっ……?」
「軍が出発したのはいつのこと?」
「み、10日ほど前です。ハーロン――」
職員の話は続いていたけど僕は表へ飛び出していた。
「召喚、装甲兵員輸送船!」
通りに出るなりスザクを艦載した水陸両用車を呼び出す。
そして大急ぎでスザクを装着した。
どうして、どうして僕を待っていてくれなかったんだい、ローエン?
離陸からアフターフラッシュを全開にして、僕はガイドロス島を目指した。