大地に染み入るその音色
工場には熱気が立ち込めていた。
あちらこちらから響く金属音が大音響になって耳をつんざく。
入り口付近に置かれた完成品は70台くらい。
それなのに人々は休むことなくエンジンを作り続けている。
工場の奥で機械油にまみれたフィオナさんを見つけた。
「フィオナさん! ただいま!」
騒音に負けないように声をかけた。
「レニー……? レニーィイイイイイ!!」
僕の姿を認めたフィオナさんが駆け寄ってきて、そのまま僕にダイブする。
身長差があるからそのままでは受け止め切れない。
とっさに身体魔法で強化して、フィオナさんの体をガッチリキャッチした。
「エンジンが……エンジンが……作っても、作っても終わらないんだよぉ~」
フィオナさんが僕の首に抱き着いて泣いている。
よっぽど辛かったんだろうな。
僕はフィオナさんの赤い髪に指を入れて優しく撫でてあげた。
「苦労をかけましたね。本当にごめんなさい」
「いーや、レニーは悪くない。悪いのはルネルナなんだ。あいつが現場のことを考えずに次から次へと注文を取ってきてさ……」
フィオナさんは僕にしがみついたまま愚痴を言っている。
「そんなにたくさん作っているんですか?」
「今の状態で今月は220台を作らなきゃならないんだよ。もともとは100台が目標だったはずだろう? できるわけがないんだよ!」
治癒魔法加速カプセルがなかったら到底無理な相談だったはずだ。
「はあ……金属錬成が得意なドワーフが100人くらいいれば一気に片付くんだけどなあ……」
フィオナさんは大きな声で愚痴を言うけど、それは無理というものだ。
それだけ熟達した職人を集めるには費用も時間もかかってしまう。
「もう少ししたら僕もコンスタンティプルに到着します。職人に関してはそのときに……」
ん? ちょっと待てよ。
金属錬成が得意なのはなにもドワーフはだけじゃない。
あの人たちなら……。
「そうだ! フィオナさん、ちょっと来てください」
僕はなおも抱き着いているフィオナさんを体から引っぺがした。
「来てって? どこに?」
「大地の上です!」
わけがわからないという顔をしているフィオナさんを引っ張って工場の外へ連れ出した。
建物から出て土がむき出しになっているところまで来ると、僕はポケットから小さな笛を取り出した。
真っ白な笛は太陽の光を浴びて真珠のように輝いている。
「それは?」
「ノームの女王にもらった『大地の隆起』です。これを吹けばノームたちを呼び出せるんですよ」
「ノームって大地の精霊の? あいつらは鉱石を掘り出して錬成も……そうか!」
「はい、ノームたちに手伝ってもらえば余裕を持って納期に間に合いますよ」
僕は土の上に立って大地の隆起に口をつける。
息を吹き込むだけでメロディーが流れだし、高音の一小節が青々と茂った草の下へと染み込んだ。
と、大地がブルンと震えた気がした。
次の瞬間には辺りがまばゆい光に包まれ、目を開けるとたくさんのノームが目の前に立っていた。
たぶん、1000人が同時にやってきたのだろう。
広場はノームで埋め尽くされている。
「お久しぶりです、カガミ様」
あいさつしてきたのはノームの女王だ。
「実はお願いしたいことがあって大地の隆起を使いました。仕事を手伝ってもらえないでしょうか?」
僕はノームたちにエンジンのことを説明した。
「なるほど、大体のことはわかりました。私たちは一つ一つの部品加工でお役に立てそうですね」
ノームは体が小さいせいか、金属錬成による細かい部品加工が得意だそうだ。
「さっそくお願いしてもいいですか?」
「ピピーィ!(おまかせください)」
「ピッピロ、ピピッピ!(今こそご恩を返すとき!)」
ノームたちはやる気を見せてくれている。
「それではさっそく仕事に取り掛かりましょう」
「ちょっと待ってください。仕事には対価が必要です。仕事へのお礼として、みなさんには何を差し上げたらいいでしょうか?」
僕は女王に相談する。
「対価など……。カガミ様は私たちを魔族から救ってくださいました」
「でも、今回は150台ものエンジンを作るお手伝いです。拘束時間も長くなります。無料で奉仕していただくのは僕も心苦しいです」
女王はノームたちと相談を開始した。
「ピルピッピ?(やっぱりマッシュルームだろ?)」
「ピンピポ ピリッポ(ワインを忘れるな)」
「キャンディー ピリピリパ……(キラキラのキャンディー……)」
女王は僕に向き直る。
「皆はマッシュルームとワイン、先日いただいたキラキラのキャンディーが欲しいといっております」
いやいや、それだけじゃ絶対にわりに合わないって。
「それらの品物はもちろん用意しますが、もっと他にないですか? それだけでは僕の気がすみません」
ノームたちはしばらく考え込んでいたけど、最終的に一つの案を出してきた。
「それではこちらの要求をお伝えします。すべての仕事が終わったらあの大きな船で遊ばせてください」
「イカルガで?」
「はい。皆はプールに入ったり、スケートをしたり、料理やお酒、甘いものを堪能したいといっております。よろしいでしょうか?」
「もちろんです。お土産だってつけてしまいますよ!」
これでどうにか問題を解決できそうだ。
「今月中に220台。1000人のノームが手伝ってくれればきっと間に合いますよね」
「ああ! さすがは私のレニーだぜ!」
「ちょ、フィオナさ……」
思いっきり抱き着かれてキスされてしまった。
1000人のノームに注目されて、顔から火が出るほど恥ずかしかったよ……。
僕はノームたちに後のことをよく頼んで輸送艦に戻った。
◇
レニーがベッパーを訪れている頃、ファンロー帝国の宮廷ではローエンが大きな課題に頭を悩ませていた。
次代の皇帝コーにガイドロス島攻略を命じられたローエンはその作業に没頭している。
ローエンが一番気にしているのは、コーが本気でガイドロス島の攻略を考えていないという点だ。
コーの真の狙いはローエンの失脚に他ならない。
その証拠に、ローエンに与えられるのはガイドロス島特別攻略部隊と称される練度の低い新しい部隊と、退役間近な軍船ばかりをかき集めた50隻。
しかもすべてが軍船ではなく商用船もかなり混じっている。
ガイドロス島攻略に失敗すれば、コーは必ずローエンの責任を問うだろう。
待ち受けているのはおそらく軟禁、そこからの毒殺あたりだろうか。
兄上はこの私がよほど恐ろしいようだ、とローエンは笑う。
彼にとって兄は興味を引く人間ではないというのに。
どうせ勝てない戦なら、戦う前に退却するというのも一つの手だが、皇帝の命令とあらばそうもいかない。
当たり障りのない戦端を開いて全軍の2%が倒れたところで退却か……、ローエンはそんなシナリオを頭に描いていた。
死んでしまう200人の兵士には申し訳ないが、全軍を失うよりはるかにましだろう……。
「何にしろ早く出発しないと、レニーが戻ってきてしまうからな」
ローエンは準備を急がせている。
自分が魔の島へ行くとなれば、レニーは必ず協力を申し出るだろう。
たとえ断ったとしても別行動でついてくるに違いない。
彼の義弟はそういう少年だ。
だが、ローエンは何としてもレニーを連れていきたくない。
同行すればレニーも失敗の責任を問われる可能性があるからだ。
ファンロー帝国の皇帝は権力を持ちすぎている。
ようやく復興の芽がでたロックナの貴族という肩書は身の安全の保障にはならないのだ。
レニーが戻ってくるまでおよそ56日。
それまでには何としても出撃を果たしたいローエンだった。