音速を超えて
ハーロン港を出発してから4日が経過した。
イカルガは24時間の運転を続けて走行距離は2000㎞を超えている。
これでコンスタンティプルまではあと半分ちょっと。
今日はマケイオという港で魔石と食料の補給だ。
マケイオはアゼイア大陸の西の端に位置し、大陸交易路の終点でもある。
もともとは小さな漁村だったらしいけど、海と陸の中継地点として発達したそうだ。
ここからハイネーンやコンスタンティプルがあるユーロピア大陸までは直線距離でおよそ2000㎞。
その間に補給ができるほどの島はないとされるので、海路で海を渡るには大きく北へ迂回するしかない。
シャングリラ号以外の船にとっては。
今回の航海では僕の他にシエラさんとミーナさんが同行してくれた。
残念ながら他のお姉さんたちにはそれぞれ仕事がある。
アルシオ陛下はベッパーを離れるわけにはいかないし、フィオナさんには魔導エンジンの開発がある。
ルネルナさんだって、僕のいない間は交易を一人で取りまとめなくてはならない。
僕とミーナさん、シエラさんは操舵室で話し合いをしていた。
「それじゃあ、ワン大使はマケイオのホテルで一泊されるのね?」
「はい、夕飯も外で食べるそうですよ。ミーナさんも一息付けますね」
ワン大使は久しぶりに揺れないテーブルでお食事をしたいみたいだ。
「ここから先はファンローの領土から出ることになります。ワン大使は故郷の大地と別れを惜しみたい気持ちになっているのかもしれないですね」
僕はそんなしんみりとした感傷に浸っていることを想像したんだけど、それはシエラさんによってすぐに否定された。
「いやいや、大使の目的はカジノだよ」
「カジノ? あ、そうか! 本で読んだことがあります。ここには大きな賭博場がいくつかあるんですよね」
赴任中の行政官が小遣い稼ぎのために始めたのがマケイオカジノの元祖らしい。
強欲な行政官は当初、他の賭博場をすべて禁止にしてしまった。
そうやって自分のカジノにだけ客が入るように独占したのだ。
しかしそれは裏社会との壮絶な戦いに発展してしまう。
幾人もの血が流され、最終的に両者は和解して、今のように複数の大きなカジノができたというのがマケイオの歴史だ。
「レニー君はそんなところへ行ってはダメだぞ。あそこにはウサギに擬態した恐ろしい魔女がいるのだ」
シエラさんが厳しい目つきで注意してくる。
「ウサギ? あ、バニーガールですね。じいちゃんに聞いたことがあります」
「うむ。魅了攻撃を使ってくる恐ろしい輩だ。レニー君は近づいちゃだめだぞ」
「ギャンブルに興味はありませんよ。まあ、後学のためにちょっと見たい気はしますが、師匠がそこまで言うなら行きません」
「よしよし」
シエラさんは僕の頭をそっと撫でてくれた。
「今はそれよりも試したいことがあります」
「試したいこと?」
「スザクの長距離飛行テストですよ」
対魔物戦での運用は始めているけど、長距離を飛んだ経験はまだない。
ワン大使が戻ってくるのは明日のお昼過ぎなので、それまでにスザクで出かけてみたかったのだ。
「これからベッパーまで行ってこようと思っているんです」
時速1592㎞、アフターフラッシュを使用したときの最高速度は2450.09㎞/hにもなるスザクだ。
マケイオ ― ベッパー間なら余裕で往復できるだろう。
「だが、大丈夫なのか? ここからなら魔石がもたないだろう?」
シエラさんの心配はもっともだけど、ちゃんと対策も考えてある。
「魔力が尽きる前に装甲兵員輸送船を召喚します。あれにファンローで購入した魔石を積んでおけば途中で補給はできますから」
水陸両用の装甲兵員輸送船なら海でも陸でも召喚できる。
理屈で言えば5000㎞離れたハーロンとルギアだって2時間強でたどり着けるはずだ。
召喚によってヘリポートに姿を現したスザクは、燃え上がるようなルビーの色をしていた。
僕の魂に火をつけてしまう魅惑の色だ。
二人のお姉さんの見送りを受けながら僕は垂直に離陸する。
そして、ゆっくりと上昇しながら頭部を西南西の方角へ向けた。
海面と平行になる態勢を維持したまま背部の翼を開く。
「いってきます! 遅くても明日の昼までには帰ってきますので心配しないでください」
僕は魔力操作でスザクを発進させ、1秒後には時速500㎞を突破した。
言いようもない興奮を胸に覚えながら上昇を続け、ぐんぐんとスザクを加速させていく。
「よし、アフターフラッシュ発動!」
低い雲を突き抜けた瞬間スザクの機体はさらに加速し、僕は音が伝わるよりも速く大空を駆け抜けていた。
ベッパーに近づいたころ僕の方へ何かが飛んできた。
見れば両手を思いきり伸ばして飛ぶセーラーウィングの姿があった。
ベッパーの人々はスザクのことをまだ知らない。
レーダーで感知した飛行物体を調べるためにセーラーウィングを飛ばしたのだろう。
僕はスザクのスピードを落としてセーラーウィングと並走する。
「久しぶりだね、ウィング。僕の映像を輸送艦に送って。そうすればみんなも安心すると思うから」
言われるまでもなくセーラーウィングは自分が見ている映像を送信しているのだろう。
僕はレンズの向こうにいるはずのアルシオ陛下やフィオナさんに向かって手を振る。
「今からすぐに帰りますよ。ウィング、僕は先に行くからね。後から戻っておいで」
再びスピードを上げた僕は懐かしいベッパーへと急いだ。
輸送艦にスザクを着陸させると出迎えの人々が走ってきた。
先頭はなんとアルシオ陛下だ。
「レニー、どうしたというのだ? 突然帰ってきて。それにその魔導モービルはなんだ?」
アルシオ様ったら、人前なのに僕をレニーって呼んでいる。
普段なら絶対にカガミ伯爵なのにな。
それくらい僕の帰還を喜んでくれているのかな?
「お久しぶりです、陛下。これ、すごいでしょう? 空戦型魔導モービルのスザクです」
「今度は空を飛ぶ魔導モービルか!? 確かにすごい。これさえあれば……」
「はい、またロックナ解放に一歩近づきましたね。今日はテスト飛行ついでに戻ってきました。何か問題は起きていませんか?」
ベッパーに戻ってくるのは一週間ぶりだ。
魔族の攻撃などを受けた様子はないけど、復興の進展や偵察部隊の動向など気になることはたくさんある。
「こちらは順調だよ。ただ、フィオナとルネルナの方がな……」
「お二人に何かあったんですか?」
「うむ……大喧嘩をしているのだ」
二人は結構馬が合っていたのになんで?
「原因はなんなのです?」
「魔導エンジンの受注についてだよ」
ルネルナさんはフィオナさんが止めるのも聞かず、生産限界以上に受注してしまったらしい。
それに対してフィオナさんの怒りが爆発したそうだ。
ルネルナさんとしてもなんとか商売を軌道に乗せたくて先走ってしまったらしい。
「今回のことに関しては、わらわもフィオナが正しいと思う。製品の品質を下げてまで大量生産するなどもってのほかだからな。ただ、ルネルナもカガミゼネラルカンパニーやベッパーのために頑張っていたのだ。そこは認めてやらんと……」
「ルネルナさんはどうしていますか?」
「職人と材料獲得のためにコンスタンティプルへ行っておるよ。資材は確保できそうだが、職人の方は難しいようだ」
ルネルナさんなりに反省して、調整をつけようと奔走しているという話だった。
「フィオナさんは?」
「ずっと工場にこもったままだ。夜に職人と輸送艦にやってきて、治癒魔法加速カプセルに入ってまた工場に戻る、そんな生活を繰り返している」
それはちょっとまずいんじゃないか!?
「僕、ちょっとフィオナさんの様子を見てきます。スザクの補給をしておいてください。やり方はゲンブやセイリュウと同じですから」
僕は甲板にあった小型トラックに飛び乗ってフィオナさんの工場に向かった。