大商人の娘
本日二本目です。
先日は騎士団に誘われたけど、今回は豪商からのスカウトだ。
でも僕はもっともっと広く世間を見て、船の能力をさらに伸ばしたいと考えている。
「誘っていただけるのはありがたいのですが、専属とかはまだ考えられなくて……」
「ほら言っただろう。レニー君は自由を愛する船乗りだって」
シエラさんが微かに微笑んでいた。
「え~、私と一緒にセミッタ川の覇者になりましょうよ。川を制する者はハイネーン王国を制するのよ」
川の覇者ねぇ……。
僕はもっと遠くへ行きたいな。
「いずれ海に出たいんです。川を下って王都ハイネルクを経てルギアの港から海の方へ」
今のシャングリラ号でも沿岸部ならそれは可能だし、レベルが10になればもっと大きな船が手に入るはずだ。
「海……」
「はい。祖父の遺言です。世界を見てこいって。僕もそうしたいと思っています」
ルネルナさんはじいっと僕の目を見つめてきた。
真剣なまなざしに居心地が悪くなってしまう。
「あの……」
「レニー君……ううん、レニーって呼ばせてもらうわ」
「はあ」
「貴方、本気で言ってるの?」
「はい。いろいろな国へ行って、いろんなものが見たいなって今は思っています」
ルネルナさんはさらに少しだけ身を乗り出す。
「海の魔物は強力で、貿易船の27%は港に帰りつけないのが現実よ。おかげで海外貿易の利益は莫大なものになっているけど。レニー、それでも海に出たいの?」
「そうなんですね……。でも僕の船なら大丈夫だと思うんです。僕のステータス『船長』がそう囁くんですよ」
ルミネラさんはさらに穴が開くほど僕を見つめてきた。
そして嬉しそうに笑い出す。
「本当に不思議な子ね! 本気で私のモノにしたくなっちゃうじゃない」
「えっ? えっ?」
「こら、ルネルナ。私の前で不穏当な発言は許さんぞ」
「だって、レニーが可愛いんだもん。よ~し、こうなったらお姉さんが手取り足取り、あんなことやこんなことを教えてあげちゃう」
「ルネルナ!」
「ちょっと勘違いしないでシエラ。私が言ってるのは商売のことよ」
商売?
ルネルナさんは少しだけ真剣な顔に戻った。
「レニー、世界を見るには何が必要だと思う?」
そりゃあやっぱり……。
「船とお金ですか?」
そう答えるとルネルナさんはニッコリと笑顔になった。
「そうよ。何かをするにしても資本というのは必要だわ。生活を維持して未来に備えるのにもお金は有効なの。幸いにしてレニーには船と、それを動かす知識があるわ。だったら貿易でお金を稼がない手はないわよ」
それは当然だと思う。
生活を維持していくためにもお金は必要だ。
「私がレニーの先生になってあげる。どこでどうやって品物を仕入れ、どの国で何を売ればいいのかのね。もちろん紹介状も書いてあげるわよ」
「本当ですか!? それはとってもありがたいです」
レイシーを見て貿易のことを考えたけど、思ったよりも近いうちに現実になるかもしれない。
「それでだけどね……」
ルネルナさんは突然甘えたような声を出してきた。
「私、至急ミラルダに行かなきゃならないの。だからぁ……明日シエラと一緒に乗せてってくれないかな? 運賃はレッスン料と相殺ってことで」
そうきたか!
さすがは商人、抜け目がない。
「ルネルナ、ケチケチしないで運賃くらい払わないか」
「貴方は騎士団の経費で乗れるからいいけど、私はポケットマネーからの支払いなのよ。節約できるものは節約しなきゃ」
ちゃっかりしているとはいえ、各地の店に紹介状を書いてもらえるというのなら僕にとってもメリットの方が大きい気がする。
それにただの紹介状じゃない。
豪商ニーグリッド一族の一人が書く紹介状だ。
「いいですよ。どうせついでですから。その代わり紹介状をお願いします」
「もちろんよ。ルネルナ先生のプライベートレッスンもつけちゃうわ!」
明日は賑やかな船旅になりそうだ。
食事が終わると僕は川へ行くことにした。
昼間につけたサーチライトの性能を見ておくためだ。
ルネルナさんも船を見ておきたいということで、シエラさんとともに来ることになった。
ホテルを出たところで気が付いたんだけど、ルネルナさんにはボディーガードが5人もついていた。
全員が黒くて丈の長い服を着ている。
「強そうな人たちですね」
「ええ、一人一人が騎士に匹敵する強さを持っているわ」
ルネルナさんはこともなげに言ったけど、これはすごいことだ。
攻撃魔法を使える騎士は国から高給で雇われており、社会的地位も高い。
そんな騎士にならずに一介のボディーガードに甘んじているということは、それだけの給金を貰っているということだろう。
全員雇ったらいくらになるのかな?
つまらない計算をしながら僕は川へ向かった。
セミッタ川のほとりでシャングリラ号を召喚すると、ルネルナさんが唸るような声を上げた。
「なんて便利な術なの。港の停泊料が大幅に節約できるじゃない」
僕はルネルナさんの手を引いてボートに引き上げる。
「思っていたよりは手狭ね」
「まだ定員5人の小さなボートなので」
「これだったら荷物は木箱3つが限界か……」
荷物?
「どういうことですか?」
「ほら、せっかくミラルダまで行くんだから、積める商品は積んでもらおうかなって。あはは……」
本当に商魂がたくましい。
ルネルナさんが手を使ってデッキの広さを測っている間に、僕はサーチライトのスイッチをオンにした。
「うわっ!」
あまりの明るさにみんなが声を上げたくらいだった。
200メートル先でも本が読めるくらいに明るいぞ。
これなら夜の川でも航行できそうだ。
「この灯りがあれば夜の射撃も可能だな!」
嬉しそうにシエラさんが感想を述べている。
これがなければ真面目な騎士様として素直に尊敬できるのに……。
「それじゃあ、明日はよろしく頼むわね」
ボートの様子で積み荷の量を決めたルネルナさんを見送り、僕らも宿へと戻った。
カサック到着時点で総走行距離は423キロに達した。
次のレベルアップは640キロだ。
帰り道では水賊を引き渡したルクワ辺りでレベル8になるだろう。
船体のグレードアップはまだだと思うけど、オプションがどうなるかが楽しみである。
予備タンクが選べるようなら欲しいけど、もっといいものが出ることも期待したい。
「明日の天気もよさそうだな」
夜空を見上げたシエラさんが呟いた。
北の目印であるペン座の先がピカピカと明るく輝いている。
この分なら雨が降ることもないだろう。
本当によかった。
だってシャングリラ号には運転席を含めて雨よけの屋根はついていないのだ。
明日のオプションで出てくるかな?
それとも、屋根は次の船を待たなくてはならないのだろうか?
あれこれと想像をめぐらしながら宿への道を歩いた。