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魔族の襲来

 森と川に囲まれたパル村にカンカンと小気味のいいリズムが響いている。

じいちゃんが打ち鳴らすハンマーの音だ。

僕の名前はレニー・カガミ。

この村でじいちゃんと二人暮らしをしている。

じいちゃんは78歳だけど現役の鍛冶屋だ。

世間では伝説の名工なんて言われているけど、僕にとっては陽気で優しい、ただのおじいさんだったりする。


「レニー、レニーや! 水を汲んできておくれ」

「はいよー」


 今じいちゃんが作っているのは銅で出来た寸胴鍋だ。

じいちゃんは武器や鎧だけじゃなくて、こうした調理器具を作ることもある。

魂と魔力をこめて作るじいちゃんの道具はどこに出しても評判が良かった。

この鍋で作る煮込み料理なら口の中でとろけるほど美味しくなるだろう。


 昔から気に入らない仕事はしない人だったけど、年を取ってからのじいちゃんは仕事の量をさらに減らした。

あり得ないくらい元気な人だったけど、最近では疲れが抜けなくなってきたみたいだ。

それでもこの寸胴鍋の依頼はニコニコとしながら受けていた。

きっと、頼みに来たのが美人でおっぱいの大きなお姉さんだったからだ。

じいちゃんは78歳でもスケベである。

お姉さんはミラルダの町で料理人をしていると言っていた。


「ふいーっ。疲れたぁ」


 水を汲んで戻ると、じいちゃんは床の上に座り込んでいた。


「大丈夫?」

「死にそう。だけど鍋は作り上げたぞ」


 台の上には出来立ての寸胴鍋がピカピカと輝いていた。

相変わらずいい仕事をしている。


「料理人のお姉さんが取りにくるのは三日後だっけ?」

「そうだ。うん、まだ死ねないな。どうせ死ぬならミーナちゃんの姿を拝んでから死ぬことにしよう」

「軽く死ぬとか言うなよ。13歳の孫を天涯孤独にする気?」


 僕には父さんも母さんもばあちゃんもいない。

僕が小さい頃に魔物に殺されて死んでしまったと聞いている。

魔族と魔物は人間の天敵だ。

奴らは北の大地に住み、しょっちゅう人間世界に侵攻してくる。

魔族に捕まった人間は無残に殺されるか、奴隷として強制労働を強いられるそうだ。

最近は特に侵略が激しく、国境線を超えて各地の町や村が襲われている。


「そうだなぁ、レニーが18歳の成人を迎えるまでは生きていたいな。伝えたいこともあるし」

「伝えたいこと?」

「それは成人してからのお楽しみだ。さて、昼飯にしよう。今日はラーメンだぞ」


 僕にとってはごく普通のお昼ご飯だけど、他の家では食べているのを見たことがない。

じいちゃんの作る料理はおいしいけど、一般的じゃないものばかりだった。



 カマドに牛の骨からとったスープを煮立たせている間に、僕はネギをきざんでいく。

じいちゃんは愛用のナイフで、伸ばして折りたたんだ麺生地を切っていた。

今日は細麺にするようだ。

このナイフはじいちゃんのお気に入りで、素材は何とオリハルコン。

名工の傑作中の傑作であり、素材は希少金属だから、資産的価値は計り知れない。


「道具なんざ使ってこそよ」


 これがじいちゃんの口癖だ。

武骨な発言をしているんだけど、どういうわけかじいちゃんの作品には気品と色気がある。

難しい言葉で言うと官能的なんだって。

計算されつくされた機能美の中にどこかに遊び心が隠れているんだ。

このナイフはじいちゃんの性格そのもののような気がしている。


 ちょうど麺を切り終わったときだった。

外から激しい物音が聞こえ、誰かが大きな叫び声をあげた。


「魔族だ! 魔族がきたぞぉ!」


 僕たちの家の前は村の広場になっている。

人々が叫び声をあげながら右往左往している姿が見えた。

やがて、村の入り口の方から50匹以上のヘルスパイダーを連れた魔族が姿を現した。

人間の体に蜘蛛の顔がついている。


「今日のえさ場はこの村にしよう。お前たち、腹いっぱい食べていいぞ。だけど好き嫌いはダメだからな。大人も子どもも、男も女も、えり好みしないでちゃーんと食べるんだぞ」


 言いながら魔族は近くで腰を抜かしているユニおばさんに近づいた。


(ダメだ、やめろ!)


 僕の思いは叫びにならない。


「食いでのありそうなメスだ。ケケケケッ」


 外顎をカチカチならしながら魔族が腕を振ると、ユニおばさんの頭がポトリと地面に落ちていた。


「っ!!――」


 思わず叫び声をあげそうになった僕の口をじいちゃんの分厚い手が塞ぐ。

じいちゃんはそのまま僕を窓際まで引っ張っていき、そっと身を乗り出して外の様子を窺った。


「敵の数が多いな……」


 そう言ってじいちゃんは僕を見つめる。


「ちょっと行ってくるから、レニーは隠れているんだ」

「行くって、ダメだよ。じいちゃんも一緒に隠れよう」

「そうもいかんだろう。行く前に魔法の言葉を教えてやるから、大人しく待っているんだ」

「何を言って――」


 混乱する僕にお構いなしにじいちゃんは言葉を続けた。


「大きすぎる力は人を狂わせる。レニーが道を踏み外さないように、本当は成人してから教えようと思っていたんだが、もう時間がない。それにレニーは真っ直ぐないい子に育ってくれた。じいちゃんの誇りだよ」


 じいちゃんは何を言ってるんだ? 

まるで、もう自分が……。


「この言葉をよく覚えておくんだ。『ステータスオープン』自分の心を見つめながら唱えれば、きっとお前の本当の力が見えてくる。正しく使えよ」

「じいちゃん何を言ってるんだよ? そんなことはどうでもいいから早く逃げよう」

「そりゃあ無理だ。中途半端な力しか得られなかった俺だけど、ステータスの職業欄は勇者なんだ。じいちゃん、78歳にしてようやく職業意識に目覚めちゃった」


 それこそ意味が分からない。


「じいちゃんは鍛冶屋だろ。なんで勇者なんだよ!?」

「……本当はステータスの職業なんて関係ないのかもな。守りたい人がいれば、人は誰でも勇者になれる。たとえ鍛冶屋のジジイでもな」


 じいちゃんは自分のナイフを僕の手に預けた。


「レニー、世界を見てこい。そしてお前がやりたいことを見つけるんだ」


 じいちゃんは死ぬ気だ。

僕や村を守るために戦って死ぬ気なんだ。


「僕も一緒に戦う!」


 叫んだ僕の肩をじいちゃんがポンポンと叩いた。

するとそこから体が痺れるようになって僕は動けなくなってしまった。

さらにじいちゃんがなにがしかの呪文を唱えると、僕の体が透明になっていく。


「パラライズはすぐに解けるけど動くんじゃないぞ。動くとステルスの魔法がきかなくなるからな」


 じいちゃんがこんな魔法を使えるだなんてちっとも知らなかった。


「それからな、出来上がった鍋をミーナちゃんに渡しておいてくれ。頼んだぞ」


 壁の剣を掴むと、じいちゃんはニカッと笑顔を見せて外に出ていってしまった。


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