ダブルブッキング
「誠に申し訳ございません!」
宿に着くと、年配の男性が深々と頭を下げ、4人組の男性客は困り果てた様子だった。
「予約のソフトに不具合があったのか、ダブルブッキングしたようなんです。」
チェックインを待っていると、フロントのお姉さんが説明してくれた。二段ベッド2つの四人部屋を予約した筈で、ちょうど私達と同じタイプの部屋だった。空いているのはダブルベッドの二人部屋だけ。周辺の宿もすっかり埋まって八方塞がり。
「遥さんのホテルって、お友達の分だけってキャンセル出来ないでしょ?」
桐はニッコリ笑うと、先生は不思議そうに頷いた。
「もみじが、遥さんのホテルに行って、ダブルの部屋に2人で泊まったら、四人部屋一つ空けられるわ!」
ひたすら謝っていた男性は、崇拝するかの視線で桐を見つめていた。フロントのお姉さんがサクサクと手続きを済ませて、ルームキーを配ってくれた。桐は耳元に寄って、
「向こうの方が、お部屋にお風呂があるからもみじには便利でしょ?」
嬉しそうにスーツケースから自分達の荷物を取り出して、残りを押し付けた。
先生とチェックインして、荷物を部屋に置いて皆んなのいる宿に戻った。まだ明るいけど、今から電車とロープウェイで夜景で有名な波戸館山へ向かう。徐々に暗くなっていくタイミングを狙っている。
電停から10分ほど歩いて山麓乗り場に到着。途中の景色もしっかり観光ビューになっていてあっという間の到着だった。15名以上の団体割引でチケットを購入。思った以上に長い列に並んだ。結構余裕は見ていたつもりだったけど、待っているうちに暗くなりかけて来た。生デニムがダメージジーンズになるときと逆の変化で、山頂に降りた時には、すっかりインディゴになっていた。
展望台に行くと既に人で溢れていて、皆んなでの記念撮影は難しく、個別で頑張っていると、
「あれなら皆んなで撮れそうね。」
美月が指差したのは、とびきりの撮影ポイントを占拠した有料写真のエリアだった。折角なのでお願いすると、夜景をバックにしっかり撮ってくれて、手持ちのデジカメ出もバシャバシャ撮ってくれた。
更に暗さを増してくると、真っ黒の海に挟まれた輝く街灯りが一層際立って来た。下りのピークが始まる前にロープウェイに並んで、上りのは違う色の景色を楽しんだ。
遅めの夕食は、聖地巡礼では無く、レトルトカレーでも有名な洋食店に入った。レトルトでも凄い美味しさなので、本物を味わって見たいと常々思っていた、この旅唯一、私のリクエスト。
ご飯で仕切った両側に2種類のルーが掛かったカレーを頼んでじっくり味わっていると、
「たまには純粋に味わったら?また、舌コピー考えてたでしょ?」
優しく声を掛けてくれた小雪は、パクパクと両方の味見をして自分の席に戻って行った。
「さすがにこの衣装でワインはムリね!」
それ程強くも無いし、普段は殆ど呑まないのと言う先生でも、ワインが欲しくなる程の雰囲気は、カレーと思ったら高価だけど、充分に贅沢な気分と美味しさを堪能させてくれた。
舌も胃袋も満足して電停に向かった。普通の街灯がライトアップに思える様な街並みを眺めて、電車に揺られた。目も舌も満足のリゾート気分ですっかり忘れていたけど、この電車を降りたら先生と2人で過ごさなければならない。思い出して少し憂鬱になった。
「お風呂、いきましょっ!」
「あっ、私、部屋のシャワーで済ませますから、どうぞ。他の皆んなは日帰り入浴のクーポンで来る筈ですよ。」
「あら、残念ね。キーは置いて行くわね。」
意外にあっさりと納得し、浴衣に着替えて大浴場に出掛けた。一応、着替えは視界に入らない様にしていたが、女装を隠して一緒の部屋に泊まったり、仕切りも何もない部屋での着替えに一緒にいるだけで問題だよね?帰るまでバレないようにするしか無いか。
サッとシャワーを浴び、化粧水を塗ってドライヤーを当てる。すっかりもみじとしてのルーティーンが身に染み込んでいて、まぁバレずにいられそうだと自分にエール。
飲み物とおつまみを買って先生が帰って来た。チェックインの時、普通に大人の格好だったし、実年齢で宿泊カードに署名しているから問題無いだろう。
「ちょっと付き合ってね!」
ノンアルのカクテルの缶を渡してくれた。
おつまみは、『地元』と有り難がっているが、イカの燻製はホントに地元だけど、地名入りのポテチは、ロゼさんの実家の方なので、県内ではあるけど、本州のスケールで計ると幾つも県境を越える距離。沖縄出身の先生なら、まぁ1つのエリアって感じるのかな?
出身のイメージから泡盛で鍛えられた酒豪と思っていたけど、実はそうでも無いらしい。度数の低いカクテルを1缶で限界らしい。呑み始めると急に声が大きくなった先生は、2缶呑み干す前に潰れてしまった。取り敢えずテーブルを片付けて、開けて無い缶を冷蔵庫にしまった。もう一度歯磨きしてから、様子を確かめるると、全く起きる様子で無かったので、お姫様抱っこでベッドに運んだ。
ちょっと気になって開いた缶を確かめると、残りはほんの少し。缶に記載されたアルコール度数は、なんと9パーセント!先生が言っていたカクテルは3パーっだったはずなので、普段の5、6倍呑んだ事になる。フロントに走って洗面器を借りて枕元に置いて、様子を見ていた。
心配ではあったけど、夜行バスから丸一日観光していて、体力は限界、隣のベッドに伸びると、頭と枕が接触するかどうかのタイミングで眠りに付いたようだった。
薄暗い視界に入った隣のベッドは無人だった。洗面器は未使用らしく、大事件には至っていない様子だった。ただ別の問題が発生していた。気の所為だと期待しながら確かめる。やはりベッドに、もう一人の気配。華奢に見えるが筋肉質の体育教師は、それなりの重さを感じた。重さより強く感じたのは、触れ合う部分が、お互いほぼ素肌で、変身用に膨らませるための下着の中身が外れて行方不明になり、代わりに先生の顔が密着していた。
まだ熟睡の様なので、コッソリ隣のベッドに避難しようと思ったが、夢愛の寝技に匹敵するクリンチから逃れられず、試行錯誤の結果、
「あっ、おはよ、オッ!!」
飛び起きた先生は、
「あ、あれ?もしかして夢?今は現実よね?やっぱり松太郎君??」
はだけた浴衣を直すのも忘れ、ニセの膨らみが行方不明になってペシャンコになった下着を凝視していた。
「落ち着いて、記憶を整理するわよ!」
カクテル缶で酒盛りしたのは覚えていた。潰れてしまってかは、夢の中の出来事だと思っているらしい。
「お姫様抱っこも現実?」
「ええ、気持ち良さそうだったから、そのままベッドが良いと思ったの。」
「じゃあ、もみじちゃんか、松太郎君か調べたのは?」
「先生を運んで直ぐに、爆睡したみたいで、その後の事は覚えてないです。」
一瞬ホッとした表情になったが、視線が降りて穿いていたもみじ用の下着を見ると、
「やっぱり、夢じゃ無かったんだ!」
真っ赤になって、
「その中身、確かめさせて貰ったの。」
沈黙が続いて、
「そうね、もみじちゃんよね!男の子だって疑うの失礼よね!」
無理矢理納得した事にして、
「さあ、今日は新撰組縁の地よ!」
と気合いを入れて、コスプレ制服に着替えた。お出掛けの準備万端で朝食のレストランに降りた。




