手作りチョコレート
次のスキー学習の日がやって来た。バスに乗る前に先生を捕まえて、
「今日は、普通に生徒で居られるんですか?」
「おう、そりゃ話が早い!」
各学年5クラスなので、半分の2クラスか3クラスがゲレンデに行くんだけど、前回とは違う組み合わせの様で、撲滅した筈の平地組がまた7人。楓とこころはステップアップして、そこには居なかった。意識したのかどうか解らないけど違う平地組だった。日程は随分前から決まっていたから偶然だよね。
前回同様に転ぶ所から始めてカメ速度のボーゲンで転ばずに止まるまで、焦らずに練習。2回目なので教えるのも、ちょっと慣れたみたい。習う方も安心してくれている感じだしね。帰るまでには、何とか滑って止まる迄には上達していた。
週イチのスキー学習の他は普通に授業があって、休み時間と放課後に劇の練習で過ごし、あっという間に1月が終わった。
帰宅してからは、もしかしたら言った本人達が忘れているかも知れないリクエストに答えて、秋野家のキッチンで頑張っている。リクエストとは昨年のバレンタインデーの話し。
「ねぇショタ、こう言うの手作りチョコレートって言うけどさ、溶かして固めただけだよね?チョコレートは、お菓子メーカーさんが作ってるから、言葉的に違和感ない?」
桐が変な所で気になったようだった。クラスの女子からチョコを貰えるのかと思ったら、『桐お姉様に!』ってまた、今年も繰り返されていた。まあ、慣れっこだから気にしないが、更に面倒な話しは振らないで欲しかった。
「お兄ちゃんなら、カカオ豆から作れるんじゃ無いかな?きっと美味しいと思うな!」
雨がそう言うと、出来る気がして、作ってみたくなった。ネットで調べると、カカオ豆はポチッとすれば手に入り、型枠とかも入ったキットもあったので、キットを1つとカカオ豆を1キロほど手配、既に到着している。結構、いや、メチャ大変だけどなかなか面白い。
先ずは豆を洗う。キットの取説によると、洗った水が濁らなくなるまでと書いてあるんだけど、いくら洗っても洗った分だけ水は汚れてしまう。永久に終わらないかと思った頃、ようやく取説の状態に到達した。
乾かしてから焙煎。フライパンでカラ炒り。洗うよりはラクだけど、加減が解らないので、火加減や時間を調整して3パターン作ってみた。どれが正解か解らないので、それぞれ挽いてみた。体力の続く限り、すり鉢と戦っていて、いろはのお母さんが手伝ってくれている。すり鉢では効率が上がらないので、手廻しのコーヒーミルを併用して何とかペースト状になった。湯煎しながらかき混ぜ、所定の量の砂糖を投入。やっとチョコレートらしくなって、いよいよ味見。カカオの香りが素晴らしく出来上がった。弱火でゆっくり炒った物が特にいい香り。肝心のお味は、思いっきりビターチョコだった。かなりすり鉢が活躍したんだけど、まだまだザラつきが気になった。
ネットで調べてみると、カカオ豆の粉砕に向いているミルが1万位で手に入るそうで迷わずポチッ。
「デパ地下の超高級チョコより高くつきそうです!」
いろはのお母さんも大笑いで、
「じゃあ私、コレ買うわ!」
非接触でピッて測る温度計を購入、チョコレート作りにはかなり便利なアイテムのはず。慣れたら目分量とか感覚で解るんだけど、初トライには心強い。
新兵器は翌々日到着。焙煎もオーブンを使うと安定して大量に焼けるのが解ったので、多目に焼いて実験が出来る。100グラムずつ3回分洗っておいた豆を焼いた。カカオの香りが家中を満たし、ミルのモーター音が響いた。
前回の十分のイチの時間でチョコレートの姿になった。ザラザラ感がかなり減ったけど普通に売っているチョコレートみたいな滑らかな舌触りにはならず、そこまで求めるには専用の粉砕装置が必要らしい。
大体の手順が把握出来たので、あとはどんなチョコにするのかなので、ネットでレシピを選ぶことにして、出来たチョコレートを冷蔵庫に仕舞って、片付けていると、
「バレンタインにこれだけ情熱を注ぐ男の子ってきっと他に居ないでしょうね!」
お母さんはクスクス笑いながら手伝ってくれた。
スキー学習は4回あって、今日はその最後の4回目。これまでで平地組を緩斜面にステップアップ、カメ速度のボーゲンで左右のターンも熟し、転ばずに止まる迄になって、3段階でレベル分けした1番下のクラスに参加出来ていた。やっと元のクラスで滑る事が出来る様になった。一応は1番上のクラスで男子ほとんどと、楓、こころを除いたウチの住人とあと数人。急斜面を攻めていると、見掛けないような、見た事あるような女性が、モーグル選手並のターンで降りて来て、雪煙を巻き上げて僕らの前で止まった。
「上手くなったでしょ!」
上原先生だった。先生は、全部に引率するので、今日で9回目。2回目以降、生徒に混じってステップアップ、今日からは教える側に回るそうだ。
「それで、1番手が掛からない君達の所に来たの!」
流石に体育教師、何年も掛りそうなレベルをひと月でかけ上がってしまった。
しっかり滑って帰り際、
「初日はどうなるかと思ったげと、君のお陰で上手くなれたわ!ハイッ!」
自販機の温かいココアを放ってくれた。
「教えるの上手だから、教師になったら?新人の私じゃ信憑性にかけるかもしれないけど、向いてると思うな。」
具体的に将来を考えていなかったので、ピンと来なかった。話しが聞こえていたらしく美月が、
「そうね、いい考えね!教師と生徒じゃ禁断の恋だけど、しょう君が同僚になったら7つ位の歳の差なんて気になりませんものね。明後日の日曜はバレンタインですからホットチョコレートですのね?」
先生は、美月のギャグを笑い飛ば・・・さずに、過呼吸っぽく俯向いた。桜が先生の耳元で何かを囁くと、あっという間に真っ赤になっていた。なんとなく、面倒な雰囲気なので、佐藤君の所に避難した。




