3学期始動
夏休みが短い分、ゆったりとした冬休みを終え、3学期がスタート。学校のイベントとしては卒業式が最重要ミッションだけど、生徒としてはその前日に開かれる予餞会が重大で、特に部活をしている1、2年生が競うように芸を披露するらしい。その分クラス単位での出し物とかは無いので、平和に暮らせそうだ。
始業式はジェットヒーターをガンガン焚いても白い息が収まらない極寒の体育館。結構早い時間から焚いていた筈だか、式が終わってようやく冷蔵庫並になった位だった。
宿題の提出、休み中の連絡事項、3学期の予定や、模試の申込みとかで午前中を過ごしただけで下校。さて帰ろうと思っていたら、桜が、
「鈴木君、佐藤君放課後少しいいかしら?」
嫌な予感がしてコッソリ帰る積りでいると、視線を感じ、横目で確かめると、桐の眼が光っていた。諦めて桜に捕まった2人に合流した。
「ちょっと待っててね、直ぐ皆んな集まるから!」
ゾロゾロ集まったのは他のクラスの男子。このタイミングでの招集は予餞会で『AkuzArakatActors』の劇をする計画だろう。いつの間に作っていたのか、台本やセットの設計図、配役と裏方の担当、当日までの工程表が配られた。
学校祭の時には、不安のほうが多く、なんとなく流されていた皆んなだったが、前回の成功(?)に味をしめて、スッカリ乗り気になっていた。まぁ面白そうなので頑張る事にした。
卒業式がセレモニーならば、予餞会はフェスティバルなので、この位砕けた出し物が丁度いいのかも知れない。僕は当然だけど『桃姫』の役で、セリフの半分位が桃姫のセリフなので、しっかり本読みからスタート。学校祭の時よりハードルが上がったように思えるのは気のせいだろうか?
秋野家に帰ってセリフを頭に詰め込む。長ゼリフや、噛みそうな言葉はなく、ストーリーが単純なので量の割には楽かも知れないな。ブツブツを呟きながら、繰り返し読み込んだ。
松太郎のままで過ごし、いろはのお母さんの晩ごはんを食べ、食卓ではお父さんとプロ野球のストーブリーグの話題で盛り上がった。ボールパークが地元に来ない事が決定して残念に思っているかと思ったけど、秋野家も昔から東京の伝統チームのファンなので、それ程興味は無かったようだ。それよりも、大エースで監督の甥っ子がメジャー流出しなかったのが、余程嬉しかったようだ。
ベッドに入って、もう一度台本に目を通した。机に置きっぱなしにしていたスマホのLEDが点滅していて、開いて見ると、花田の住人達からメッセージが沢山入っていた。それぞれ返信して、
松太郎『セリフいっぱいだから、台本と格闘していたよ!』
美月『試験よりセリフなんて、女優ですのね!』
そういえばテストだったんだ。夏休みアケの時は、休み中の宿題を自力でやったかどうかの確認だったので、明日もきっとそうだろうから、今更慌てなくても大丈夫な気がする。まぁそうでなくてもそんなに心配いらないよね。ジタバタせずに灯りを消した。
翌朝、花田の家に寄って弁当を受け取ってから登校する。お弁当は当番制になっていて、秋野家に住む事になってからは、平日の当番は外して貰っている。
学校に着いて、また台本を広げた。
「花田君、テスト余裕?」
佐藤君が心配して声掛けた。
「そう言う訳でも無いけど、もうジタバタしないよ。セリフいっぱいだからさ、早目に覚えてしまおうと思ってね。」
無事テストも終わり、予餞会の稽古が始まった。普通に授業が終わってからの作業で、時間帯としては学校祭の時と変わらないけれど、日が短いので、あっという間に真っ暗になってしまった。
先生が様子を見に来て、
「もう暗いから、早く帰りなさい!あっでも男の子だからいいか?」
「先生の方が危ないですよ、誰かに送って貰いましょう、駅ですよね?」
「あっ、いえ、まだ他の先生も居ますから大丈夫です。余り遅くならないでね!」
ちょっと恥ずかしそうに戻って行った。
「なんか、様子がおかしく無いか?あの先生。」
鈴木君が不思議そうにしていたので、
「多分、僕らにレディ扱いされると思ってなくて動揺したんだと思うよ。」
「理解は出来ないけど、花田君が言うならそうなんだろうな。」
キリのいい所まで進めて夜中のような暗い道で家に帰った。
翌日から、授業では答案が帰って来た。2日間で全部帰って来て、姉達はパーフェクト、ウチの住人達はカレンが問題の解釈を誤って英語だけ90点を切っただけで満点も続出、平均が70点台なのでそれ程飛び抜けている訳では無いけど、直接習っていない先生の中にはカンニングを疑う人がいたそうで、担任の先生が困った様子だった。
「普段の勉強の様子とか、冬休みのノートと、楓のアプリ見せたら安心してもらえるんじゃないかしら?」
芒は、勉強の様子を見せる事で信用を得られると担任の先生に提案した。職員室で相談した所、後ろめたい生徒が提案する話では無いと、その時点で疑いは晴れたが、他の生徒に波及出来ないかと、急遽家庭訪問させて欲しいと言う事になった。
「見られて困る事も無いし、疑惑は晴らしておいた方がいいわ。あと、寮みたいになってのも心配して調査したいんでしょうね。」
桜は涼しい顔で、見たいなら、見せるスタンスを勧めた。楓とこころは、単純に来客を歓迎する訳ではなかったけど、成績の上がり幅が1番大きく、ある意味1番疑われたとも受け取れるので渋々了解した。
金曜日の放課後、担任の先生は教頭、学年主任、生活指導の先生を引き連れて現れたそうだ。僕は大道具さんの手伝いをしてから秋野の家に帰ったので家庭訪問と称したガサ入れには会わなかった。
楓『ガサ入れ終了でござる!』
松太郎『OK、晩ごはんの当番だったね、これから向いまーす♪』
楓のアプリは、先生達に『対策の対策』をされないよう、過去問参照ができる程度にタウングレードして置いたそうだ。当然ながら、ゲームも健全に見える様に偽装したらしい。
「見えない所に置いとけば良かったんじゃない?」
「高校生のパソコンに遊ぶ要素が無いんて不自然でござる!」
意外と気を使っていたようだった。




