いろは
週末を身代わりデートで潰されてしまった俺は、ようやく月曜日を迎えた。
市長や、その孫の話も出て来ないし、姉達がデートしていた噂も流れていなかった。昼休みの姉達もご機嫌だったので、お弁当も満足してくれたみたいだ。無事放課後に漕ぎ着けた。
部活のスカウトが大量に姉達を取り囲んでいたが、人垣をすり抜けて無視して玄関に向かった。靴を履き替えていると、同じクラスの秋野いろはが、
「しょうくん一緒に帰ろ!」
と話かけて来た。幼稚園3年間、小学校6年間同じクラスで同じ町内会で、番地は枝番だけ違う、のいわゆる幼なじみだ。親同士も仲良く、姉達は俺よりずっと可愛いがっているし、雨も姉達と同じように接している。実は、初恋の相手でもある。
家に近づき、いろはだけが左折するはずの路地、
「じゃあ、また・・・?」
そのまま一緒に直進した。
「雨ちゃん帰ってるかな?」
「部活どうするか決めてなかったから、見学してくるって言ってたよ。」
家の鍵を探してポケットをごそごそしていると、当たり前のとようにいろはが後ろに立っていた。
わざわざ、訪問のアポを取るような関係ではないが、家に二人きりになるのが目に見えている男の家に、押し掛けるのは、あまりにも無防備だろう。だいたい、高校生男子の部屋だったら、女子に見られたくないモノのひとつや、ふたつあるはずだ。ダイニングに通して、麦茶を注ぎながらそう話すと、
「だって、しょうちゃん男の子が好きなんでしょ?元々、姉妹みたいに育ったんだから、一緒にお風呂だって平気だよ!」
何を言ってるんだ?身代わりデート見られたんだな?いや、後半のお風呂のくだりが気になる。
「しょうちゃんのスカート姿何年ぶりかな?でも、三股は不味いでしょ?」
事情を話すと、すっかりお見通しで、ケラケラ笑っていた。実は姉達に話しがあるそうだが、学校で話すと、ファン達にヤキモチで酷い目にあうそうで、ここで待つ積もりだったらしい。
さっきのお風呂の話が引っ掛かり、目を合わすのが気まずい。小学生からは『しょうくん』だった筈なのに、『しょうちゃん』に戻っている。
初恋の娘に、男として見ていないと宣言されて、落ち込んでいる俺と、お風呂はいいのか?とムダにはしゃぐ俺。冗談だから気にするなって落ち着いている俺。脳内で会議中だ。
やっと雨が帰って来た。いろはを見つけて喜んでいる。キッチンの香りでカレーと判断した雨は、いろはを夕食に誘っている。いろはの返事も待たずに秋野家に電話をして、さっさと許可を取った。この行動力と押しの強さは姉譲りだ。
「宿題あるから、ごはんになったら呼んでね!」
と、部屋にこもった。俺がいろはのことを好きなのなんて、雨はきっと気付いているだろうから、気を効かせた積もりだろうが、出来ればいて欲しかった。お互い、別々の中学に通っていた頃の事を報告しあって、姉達を待った。中学の頃も姉達に勉強を習いにちょくちょく来ていたが、こんなに会話したのは、初めてかもしれない。
話題が無くなって、気まずくなった。話を絞り出す、
「『いろは』って名前はどうして付いたのか知ってる?」
いろはは、顔を赤らめた、余り話たくなさそうなので、別の話題を考えていたら、話してくれた。
「パパとママが、日光に旅行に行って、いろは坂がキレイだったから何だって!」
「そうなんだ!いろは坂って、もみじだよね?
『秋野もみじ』だったら、芸名みたいだよね、あと、うちの花札シリーズの仲間入りだったね!ああ、夏生まれだから、もみじは可笑しいか?」
ん?何か地雷踏んじゃった?怒ってる?
後で、芒に聞いたら、いろは坂で紅葉を見た頃に受精すると、いろはの誕生日、7月21日が丁度いいとのこと。いろはは自分自身の製作過程に触れられそうで赤くなっていたんだな。父さんの休暇の関係で、四ツ子の俺達と雨の誕生日が被っているのと一緒だった。
やっと姉達が帰って来た。俺は席を外そうとしたら、いろはに引き留められた。
いろはを見つけた姉達はカレーの香りを嗅いで、雨と同じ事を言う。雨が秋野家の許可を取ってある事を聞いて喜んでいる。いろはが姉達を待っていたことを告げた。
「ごめんね学校じゃ騒がしいもんね。」
いろはは、それぞれにメモを渡して、
「うん、あと一応内緒話!しょうくんが身代わりデートしていた時の目撃情報だよ、後でなんか聞かれたりすると困るでしょ?」
「いろはちゃんありがと!どうしたの?こんなに?」
学校で花田姉妹の話題が出るのは、天気の話以上にポピュラーな話題なので、どこかで見かけると、次の日の話題は決まっちゃうそうだ。いろははそれらをまとめてくれたようだ。
いきなり立ち上がったかと思うと、
「お姉ちゃん達にお願いがあります!」
いつもと違う雰囲気に珍しく姉達が押されている。まぁ何を頼むか知らないが、きっとなんとかなるだろう。姉達は優しく話を促すと、
「しょうくんも、もう高校生だから、女装なんかしてバレたら大変だよ、あんまり酷いことさせないで下さい!」
深々と頭を下げた。
慌てて、雨がきっかけの話だっから、雨が気にしちゃ可哀想なので、笑って流す事にした旨を伝えて、なんとか収まった。
「これからもしないで下さい!」
また頭を下げる。
「ショタ、洗濯物取り込んだ?」
洗濯なんかしていないが、桜がこう言うって事は、どっか行けって事だな。
「ちょっと見てくるよ。」
とりあえず、自分の部屋に向かった。
いろはには、ああ言ったが、俺の部屋には女子に見られて不味い物は多分、と言うか、全く無い!健全な男子高校生が有り得ないと思われるだろうが、姉妹達にバレるリスクを考えると、持ち込む事なんて出来る訳がない。もちろん興味が無い訳では無いが、リスクは負わず、友達の家で観賞することにしている。『姉バレしたくない』と言えば、大抵協力してくれる。姉の威光が役に立つ事もある。
念のため、一応何も無い事を確かめておいた。
数分で、話は纏まったんだろう。
「おなか空いたよー!」
芒が叫ぶ。もう来て良いの合図だろう。
四人とも嬉しそうな表情だったので、無事解決したんだろう。これで理不尽な要求が無くなるとは思えないが、いろはが気遣ってくれただけでも嬉しいものだ。
ちぎったレタスとプチトマトだけの簡単なサラダとカレーで夕食を済ませた。
いろはが帰る時、
「送っておいで!」
桜に追い出された。ほぼ真裏の家なので、小さい頃は、庭の生垣の隙間をくぐって、徒歩ゼロ秒だったが、今は流石に道路を歩いて行く。たった1、2分のデートだったが、いろはの家の前で、俺がいなくなった後の話を聞いた。結果として、俺への命令は『自分の彼氏がさせられたら嫌だと思うこと』はさせないと約束。確認されたのは、俺がいろはにこの事を頼んだのか、いろはが自発的行動したのかと言うことらしい。いろはがこんな心配をしてくれるなんて、思ってもいなかったから、とても嬉しかった。他にも何かあったようだが聞き出せなかった。またちょっと赤くなって来たので、地雷があるのかも知れない。ムリに聞かない方がいいことだろう。
姉達の命令自粛は、さほど期待出来ないが、他の誰でもなく、いろはのお願いだ、流石に無視はしないだろう、やっぱり少しは期待してもいいかな?まあ、それはともかく、いろはと話せたので久しぶりにいい1日だなと思えた。