桃姫
学校はすっかり学校祭の話題で持ち切り。委員長もラストスパートだと張り切っていた。夏休み中、結構僕等と遊んでいたと思ったけど、その他の時間はほとんど準備に注ぎ込んでいたそうだ。文化系の部活の人達も、夏休み頑張っていた様子。生徒会役員と文化系部員を除くと、興味津々ではあるけど、傍観者的な生徒が多いようだ。うちのクラスはタピオカミルクティーを出すようで、ウエイトレスの衣装で揉めている。○ーターズ風のショーパンにタンクトップとか、メイド服、チャイナドレス等など。普段はおとなしい人達も、割と乗り気。いろはに事情を確かめると、基本的に女子しか来ない学校祭なので、結構ハメを外すのが定番との事。
「今年から、他校の男子も来ると思うけど、それでいいのかな?」
僕が呟くと、セクシー系の意見は跡形も無く消えていった。会議は振り出しに戻り、収拾が付かないかと思ったけど、桜の鶴の一声で、メイド服に決定。キッカリ、ホームルームの時間内に収めた。相変わらずだなあと、桜を見ていたら、しっかり視線を合わせて親指を立てた。流石に、学校祭で着させるとは言わないよね?いろはにSOSの視線を送ると、ちょっと引きつった微笑みが返事だった。安心してもいいのかな?
放課後、校内放送で男子全員が音楽室に呼び出された。教壇には委員長が待っていて、皆んな揃った頃、姉達が登場した。
「台本配りまーす!」
皆んな、姉達から直接手渡されると、断るどころかウットリしていた。
タイトルは、『昔ばなし・令和バージョン』学芸会っぽくていいかな?
なんだ?『AkuzArakatActors』劇団の名前らしい。男子だけの劇団なので、超有名な女性の歌劇団をモジッての命名らしいが、そんな畏れ多い名前を勝手に使っていいのだろうか?
台本だけじゃ無く、本番までの詳細な行動がみっちり書き込まれた計画書、大道具の設計図、買い出しの予定等も完成していた。
「強制参加じゃないですよ、準備の間に観察して、適性を見て配役決めるから、居る人だけで大丈夫から!」
『観察』って事は、高校生活の、いや、青春時代の大イベントを花田三姉妹と過ごせるとなる。そうなると誰一人として、席を立とうとはしなかった。僕は遠慮しておこうかな?そっと抜け出そうと思ったけど、後頭部に異様な視線が突き刺さる。恐る恐る振り返ると、桐がニッコリ微笑んでいた。結局、脱出は叶わず男子全員が参加することになった。
家に帰ると桜が、
「コレ用意して、学校持って行ってね!」
大工道具一式なんだけど、一度に運べる量じゃ無いよね。途方に暮れていると、車が停まる音。
「ただいま!」
元気に入って来たのは、母さん達の会社の従業員で、会社の寮だった頃のこの家に住んでいたロゼさん。会社のワンボックスだった。偶然のように言っているが、桜が頼んでくれていたようだった。
ロゼさんは、ワインで有名な町の出身で、その町で人気のロゼワインのピンクが大好き。品種改良でピンクを作っている。今は特にライラックに取り組んでいるそうだ。それでロゼさん。純粋な日本人。
「しょう君、益々女の子らしくなったんじゃ無い?あたしの育て方が不味かったかしら?」
寮に住んで同じ敷地内の職場で研究しながら、ベビーシッターっぽく遊んでくれていて、いちばんおとなしい僕を着せ替え人形にしていたそうだ。僕達が産まれた頃大卒で入社している筈なので、アラフォーの筈だが、ちょっと歳が離れたお姉ちゃんって感じ。たぶん20台にしか見えないだろう。
どこから集めたのか、旅館のみたいな浴衣を結構な数を持って来てくれていた。まだ、部活の生徒が頑張っている時間だったので、大荷物を運び込んだ。
翌日から、本格的に準備に取り掛かった。ホームセンターで材料を仕入れたり、空きダンボールを貰ってきたり、白っぽい浴衣を紺や茶に染めたりと大忙し。たまに様子を見に来る姉達は、大工仕事が上手いヤツを連れていって、タピオカカフェの作業をさせていた。その後も、男手が必要になったクラスや部がやってくると、作業内容を確認して、助っ人を派遣していた。依頼する方は勿論だけど、派遣された男子も喜んでいるようなので、良いシステムのようだった。
バタバタと8月が過ぎて、学校祭を迎えた。初日は午前中は、各々準備の仕上げに費やし、午後は開会式。例年は、合唱部と、ブラスバンド部、演劇部の発表があったそうだが、この為だけにショートバージョンを、準備するのが大変なので、明日しっかり時間を取って、発表会と同じプログラムで披露してくれるそうだ。その代わりを『AkuzArakatActors』(以後、AAA)が務める。委員長の挨拶と、校長先生のお話しは、いつものステージの幕の手前で、舞台挨拶のように行われた。校長先生の長話し対策だと、委員長は言っていたが、あまり効果は感じられなかった。その後は、2日目、3日目のステージと、各クラスと部活の展示のPR。そうして、いよいよAAAの出番がやって来た。
原作:桜、脚本:桐、監督:芒って感じでスタートしたが、軌道に乗ってからは、男子だけで創りあげた。僕だけが女性の役なんて、思いっきりアテガキだろうな。まあ、面白そうだし、他の皆んながやる気満々なので、一応頑張って見よう。さあ、幕が上がります!
昔昔、ある所にお婆さんが独りで住んでいました。お婆さんは川へ洗濯に行きました。このあと柴刈りにも行かなければならないので、急いで洗っていると、大きな桃がドンブラコッコと流て来ました。『桃太郎』の事は知っていたので、慌てて拾おうとしましたが、間に合わず流て行ってしまいました。
「桃次郎で鬼のお宝ゲットだせ!」
お婆さんは、急いで洗濯物を干して、《黒子が壁を捲ると、空っぽだった物干し竿が、セクシーランジェリーでいっぱいになる。》大きく迂回して流れる川を竹藪を通るショートカットで桃を追った。
竹藪に入ると、一本の竹がボワッと光っていました。
「コッチの方が、いいかな?」
『かぐや姫』も小さい頃から、月に帰りたくないように育てれば、安心な老後を送れると思い、竹を斬ってみました。中からは、女の子ではなく、何の変哲もない藁が一本出てきました。
「しないよりはマシかな?」
虻を捕まえて、藁で繋いでおきました。
改めて桃を追い、竹藪を抜けると、立派な身なりの親子連れがいて、男の子が藁のおもちゃを欲しがった。父親は、
「何でも願いが叶う、打出の小槌と交換してくれないか?」
お婆さんは、『一寸法師』を忘れていたので、そんな都合の良い話は眉唾ものだと、
「そんなに立派な小槌があるなら、このおもちゃを出せばいいんじゃないかね?」
父親は、もっともだと小槌を振り、欲しがっていた息子とその弟達にも藁のおもちゃを与えた。ふと、『一寸法師』を思い出し、歯がゆい思いをした。
「お姉さん、お姉さん!」
前の方から、三人組の爺さんが歩いて来た。『オバさん』とも呼ばれなくなって久しいので、お婆さんは、自分に声を掛けられているとは思わなかった。流石に目の前のに立たれると、自分の事だと気付き、
「どこにもお姉さんなんていないから、痴呆老人か、狸にでも化かされているのかと思ったよ!」
ただのナンパだった。自分達よりもお姉さんだと思ってそう呼んだそうだ。一人の爺さんは、大きな桃を見せて、一緒に食べようと誘った。三等分は難しくどれが大きいかで喧嘩にならないように4人目を探していたらしい。いい歳して、桃で喧嘩とは呆れるが、さっき流れて行った桃に間違えないので、誘いに乗った。
神社の境内で桃を切った。桃次郎を切らないよう、慎重に切ろうとしたら、包丁を入れると、切り口から煙が吹き出した。《スモークを焚いて照明を落とし、背景を変える》しばらく立ち込めていた煙が散ると、枯木だった境内の桜が満開になり、たくましい若者が3人、口をあんぐり開けて座り込んでいた。慌てて立ち上がろうとすると、『どっこいしょ』が必要なくスッと立ち上がり、最近は白く霞んで、良く見えていなかった視界もスッキリしていた。
池に自分を映し、若返っているのを確かめて、自力で鬼退治しようと、心に誓った。
「よし、私は今日から桃子!鬼退治を目指して頑張る!」
すると元爺さん達、年子の3兄弟で申年の長男、酉年の次男、戌年の三男は、それぞれ猿太郎、鳥二郎、犬三郎に改名して、鬼退治のお供を申し出た。3人はお婆さん、いや桃子を『桃姫』と仰ぎ、家に居候して、鬼退治の特訓に励んだ。メキメキと強くなる4人はいよいよ鬼退治だと、戦の支度を始めたとさ。
ではこの続きは、来年の学校祭で。
まさかの続き物だった。照明の関係で観客の様子はあまり見えていなかったが、ウケを想定したシーンではかなりの反応があったり、スモークのあと若返ったシーンでは黄色い声援が響き渡った。多分、姉達の誰かの友情出演だと思ったんだろう。ほぼ罰ゲームくらいにしか思っていなかったので想定外の好評に驚いた。カーテンコールでは『桃姫』コールで迎えられ、早く続きが見たいとリクエストの手拍子が止まなかった。打ち合わせなく、黒子にマイクを渡されると、スポットライトが僕だけを捕えた。
「ご覧頂き、ありがとうございました。AAAの松太郎です。僕等も続きがあるのは聞いていませんでしたが、またお楽しみ頂けるよう頑張りますので、ご声援よろしくお願いします!」
大喝采でステージをはけた。
「あっピーチ姫、着替え待って下さい!」
ステージの実行委員に呼び止められた。




