逮捕
翌週、クズ元市長の親族企業の工場に捜査のメスが入った。『推理小説同好会』のデータが切り札になり、捜査を妨げていた圧力から解放されたようだ。関与していた3つの工場の従業員は、合成麻薬に関わっていた意識は、全く無く、供給していた素材の入出庫は、会社の正式な取り引きとして帳簿に載っていた。取り引き先は『谷川清掃社』となっいた、清掃業者なら消毒に使ったり、洗剤の臭いを中和するのに使うので、仕入れても不思議じゃ無い物らしい。クズ元市長の紹介で取り引きを始めたそうだ。因みに、この情報は、捜査の翌日発売の『週刊論春』で詳細が書かれていた。
工場側は、麻薬の製造に関わっていた意識は無いし、全く問題の無い取り引きだったので、お咎め無しだったが、クズ元市長と谷川の繋がりが浮き彫りになった。
クズ元市長は、『推理小説同好会』の電話帳に載っていたこと等から、任意同行で事情を聞かれているそうだ。流石に本人まで捜査の手が伸びてしまうと、圧力どうこうって訳にもいかないようだ。クズから上納金を吸い上げていたと思われる政界の大物が、トカゲのシッポ切り宣言と思われる会見をしていた。
レシピがあったもう1つの薬品は、水島が死んだ薬品だった。既に逮捕されている谷川は、製造は認めたが、水島に『記憶喪失になる薬』等と言った事も無いし、渡してもいない、薬品は全て畠山に渡していたとのこと。
警察による、畠山いや、今は中田か?中田の捜索が始まった。留学の件は嘘だったので、そう長くは掛からずに見つかるだろう。
大森生徒会長から連絡が入った。この件から手を引くと言っていたが、中田についての情報だった。近くに潜伏しているそうだ。中田から、会いたいと連絡があったらしい。
「待ち合わせしたんですか?」
「ええ、今夜9時に、駅前のカフェで。」
2時間後か。まずは、会長に来て貰う事と、柔道部の猛者達にヘルプコール、『週刊論春』の記者さんに状況報告をした。
記者さんの携帯は留守電になっていて、取り敢えず、9時にカフェで待ち合わせの事を録音した。
会長が到着した。頼んでいた荷物を受け取り、自室に戻って、着替えて来た。
「うん、夜道なら瞳先輩に見えるよ!」
桜が太鼓判をおしてくれた。
猛者達は、ちょうど稽古が終わった所だったので、直ぐに来てくれた。
即席の作戦会議を開いた、俺が会長になりすまし、カフェで待機、姉達と猛者達は、デートを装い、カフェ周辺で待機。会長、委員長、いろはは、駅で待機。それ以降は相手の出方次第と言うことで直ぐにスタンバイした。
早めにカフェに入ると、普段利用するファミレスや喫茶店と雰囲気が違い、戸惑っていると、見掛けは、ちょっと怪しい、背の高いおじさんが、
「お一人様?」
「いえ、待ち合わせなんです。」
入り口が見える席を用意してくれた。
熱帯魚かと思って水槽を眺めていると、どうやらエビらしい。錦鯉みたいに、個々模様が違うそうだ。呑気に時間を潰していると、中田が現れた。会長だと思っている様子で、
「いくら連絡してもスルーしやがって、いい加減にしろよな!」
目を合わせないよう、水槽を見た。
「中学の選挙で恥かかされたあの三つ子をテロに合わせてやったから、お陰で今は高校で生徒会長だよな!お礼の一言だって貰って無いんだけど、どういうつもり?」
「そんな事、頼んで無いでしょ?」
「忖度だよ忖度、せっかく気を使ってやったんだ、誠意っての見せてくれよ!」
「それって、情報公開する前に、元市長が、仕入れた情報を、自分が仕込んだように言っていただけでしょ?」
ぐいっと視線を合わせた。
「誰だお前?」
「誰でもいいでしょ!大森瞳は来ないわ!」
中田は、席を立ち外に逃げ出した。外では、猛者達が待っていたので、あっさり確保。
自分のコーヒー代を払い、中田が置いていった財布から本人の分を払った。
外に出ると、記者さん達が駆け付けていて、中田にインタビューしていた。カードの利用状況から、中田の潜伏先をやっと割り出した警察は、ホテルに向かってた所を、こちらに呼んだので、そろそろ着くらしい。財布とレシートを中田に渡して、
「無銭飲酒の罪は回避しておいたよ。」
会長がこの件から手を引こうと思ったのは、中田が関わっていたせいで、以前から中学時代の選挙をネタに嫌がらせをされていたようだ。本人の意思ではなく生徒会長に立候補する事になったが、一年の桜が当選したことで、陰口たたく人もいて、辛い時期があったそうだ。その頃、小学校時代の集まりがあって選挙の件が話題になり、そこにいた中田が、
「そいつをシメたら、スッキリするぜ!」
会長は拒否して、その時はその話しは有耶無耶に終わった。会長本人はそんな話をしたことすら忘れていたが、俺達がテロ事件に巻き込まれた時、政府に情報は入ってはいたが、公開はしていない時点でクズ元市長がその話を聞き、中田に漏れたようだ。公開前に、自分が関わったような話を会長にした。冗談だと思ったが、数日後公開された情報が、中田の話通りだった為、どう対応していいのか解らなくなり、ずっと無視していたが、今回いきなり連絡が来たそうだ。
中田の話を聞くと、ただ単に会長の気を引きたかっただけのようだ。学園から風俗に墜ちる生徒が出ると、会長としてどう対応するか等を考えての嫌がらせの一貫で、パパラッチを送り込み、個人情報を握って揺さぶりをかける途中、俺たちが邪魔に入ったようだ。他校の場合、わりとすんなり、学校祭カフェに送り込み、その中から風俗に墜ちる娘がいたそうだ。幸い、うちの学園では、学校祭カフェに行ったのが俺ひとりだけだったので、被害無しだった。
水島が死んだ件は、作った毒を試して見たかったので、嘘をついて渡していたそうだ。10錠作って有り、あと9人に嘘の効能を言って渡したそうだ。水島の件以来、回収しようとしているが、あとふたりから回収出来ていないとのこと。2件の殺人事件の可能性が有るわけだ。警察も参加するだろうから、なんとか無事回収してほしいものだ。
パトカーが来て、中田を引き渡した。任意同行ではなく、逮捕だった。これで一件落着なんだろうか?
翌週の『週刊論春』には、『元市長の隠し子』として中田を扱っていて、身勝手な振る舞いで死者を出し、元市長が隠ぺいに失敗したと言っている。会長や、俺達が関わっていたことは、すっぽり抜けているが、きちんと辻褄が合うようになっていた。風俗店を介しての裏社会との癒着等を暴かれ、元市長は勿論、娘婿の国政進出の道は断たれ、娘は県議を辞職、孫娘も市議を辞職。親族企業は、取り引き先が相次いで離れ、大手の傘下に下り、なんとか生き延びているが、旧経営陣、つまり元市長の親族は総辞職。入学式の時に乗り込んで来た、クズ孫の揉み消した悪事まで晒される始末だ。逆恨みが怖いので、そろそろ落ち着いて欲しい所だ。
今回お世話になった、三浦さん、森田さん、竹中さんにお礼のメールを姉達のスマホから打った。3人とも秒速で返信が届いた。お礼の気持ちと、恋愛的には脈無しなのが伝わった返事だったので安心できた。柔道部の猛者達にも同じく、メールを打った。松太郎として、自分のスマホから送ったが、返信は、もみじ宛てだった。『今度の土日、インターハイの地区予選があるので、応援に来てね!』行くのは問題無いが、松太郎ではなくもみじが誘われているのが気になる。千葉に確認のメールを送ると、『もみじちゃんに来て欲しいに決まってんじゃん!』
メールのやり取りを見ていた姉達は、
「モテモテだね!行ってあげなよ!」
いろはに助けを求めだが、
「一緒に行こうよ、もみじ!」
うちの学園に男子柔道部は無いし、女子とは会場が違うから、そんなにハードル高い訳じゃないけど、あの学校って中学校一緒だった人がいっぱいいるんだよね。中田確保の時も頼っちゃったし、断りにくいんだよね。いろはが怒っていないから大丈夫かな?
女の子扱いするのは、会長にも及んでいて、『もみじ』呼びも気に入られたのか、お礼と言ってハンドメイドのくまのぬいぐるみを貰った。『もみじちゃんへ、鼻が効くから困った時はこの子の鼻を頼ってね♪』とメッセージが付いていた。
リボンとか、洋服とかじゃ無くて良かったと思っておこう。




