女優?俳優?
窮屈な登下校と、窮屈な授業はそれからも続いた。ダンスのレッスンは徐々にレベルアップしていて、担当してくれる先生も、既に活躍しているアイドルの振付師や、テレビで観た事のあるダンサーさんとか、驚きの人物が登場していた。意外と言っては失礼かと思うが、身体を動かすのが苦手そうな楓とこころ、派手なパフォーマンスを嫌がりそうないろはも、順調にステップアップ出来ていて、先輩アイドルの曲なんかは、メンバーに紛れ込んでも遜色ないレベルに達していた。
夏休みにデビューイベントを計画していたが、創成に建設中の劇場が、感染症の都合でオープン出来無くなっている。既に稼働中の他の都市の劇場も無観客で配信のみ。先輩アイドル達のステージに参加して、実践経験を積む計画も、往来自粛で計画倒れに終わっていた。
期末試験が終わると、茂木さんからメッセージ。グループ宛では無く、松太郎宛で、
『映画に出て欲しいの、オール創成ロケだから、ちょっとシフト詰め込んだバイト位の気分で頼まれて貰って良いかな?』
『姉とかじゃ無く、僕ですか?』
『ええ、もちろん。』
なんか、色々考えている筈に思えるので、シャットアウトも出来ず、明日、関係者が説明に来る事になってしまった。
翌日の金曜日、茂木さんと登場したのは、なんと映画監督。原作のラノベと脚本、その他制作資料で映画の内容と、僕の役どころを説明してもらった。制作日程の都合上、明日までに出演の判断が欲しいと中々のハードルを設定されていた。全3巻の原作を読んで、明日の正午に回答する約束で、読書タイムに突入した。
物語は、男女が逆転した異世界から紛れ込んだ主人公が、男女の感覚のズレに振り回されるコメディーだが、作者がLGBTとの事で、その問題に一石を投じる作品にもなっていた。
「某も読んだでござる、ネット版のみだが、コミカライズもされて居るぞ!」
ノベル版は10話無料、その先は毎日1話ずつ無料で読めて、コミック番は1巻が無料との事。あと2、3巻で最終回の筈。ノベル版は投稿サイトで最後まで読めるが、校閲が入っていないので、ちょっとだけ違うらしいが!大筋は変わらないので、楓を除く住人全員がスマホに視線と人差し指を走らせた。
「この作者、しょう君のお友達?」
いろはが、ポカンと声にした。
「コッソリ貴方が書いたのでは無いでしょうね?」
美月が疑いの眼差しで睨みつけた。
相談したつもりでは無かったのに、全員一致で出演を勧められるカタチになってしまった。皆んながアイドルデビューして、僕だけ一般人ってのもバランスが良く無いかも知れないから、請けて見る事にした。正午の時報と共にスマホが鳴った。茂木さんからの電話で、出演の了承を告げると、撮影日程の詳細は直ぐに送るといい、通話中に、メール受信のバイブが揺れた。保護者の同意書に署名捺印のため、今から来ると言い出した。
「母は、職場の側に泊まり込みなんで、滅多に帰らないんです・・・」
「大丈夫です、お母さまには会社の方に伺うとアポ済みですから!」
どれだけ準備がいいんだろう?まあ、自分自身も準備が必要だろうから、決まってしまえば、アクションは早いに越した事無いよね。茂木さんの敷いたレールに乗って、スタートダッシュを掛ける事にした。
ラノベを熟読して、コミックも発売分を制覇。台本が届いて何度も読み返して、自分の台詞はほぼ入っていた。終業式が終わると、リモートで出演者の顔合わせ。知ってはいたけど、高校生芸能人オールスター的な顔ぶれに緊張し、簡単に自己紹介。僕以外はそれぞれ有名なので、質問攻めに会ったが何とか終了。それぞれアウトしていって、最後に残った1人が
「7雪の12番よね?」
うちの皆んながデビューする先輩グループに当る、信越グループのトップアイドル、アンアンこと、高垣杏美だった。
「事務所がドタキャンしちゃったの、お騒がせしてゴメンナサイ。」
ここで肯定しちゃって良いんだろうか?もみじの生態が公になってしまいそうだ。答えに詰まっていると、
「冗談よ!明後日、そちらに行きますからよろしくおねがいします!」
ニッコリ手を振りながらアウトして行った。
二日後、リアルでの初顔合わせ。会場は新創成のホテル、午後5時スタートなので、いつも通りに起きて、いつも通りに家事を熟す。庭の手入れをして、そろそろ日が高くなって来た頃、玄関に来客?マスクと帽子で誰か解らないがクラスのコかな?同世代と思われる女子だった。門の扉はオートロックになっていて、防犯カメラは警備会社でモニタしているので、そう心配はいらないが、念の為少し遠いうちに返事をする。
来訪者は、帽子とマスクを取ってニッコリ。
「アンア・・・、高垣さん?」
「アンアンでいいわよ!私はどっちで呼べはいい?もみじ?松太郎?」
「あっ取り敢えずもみじで!マスクして、直ぐに入って下さい、結構パパラッチとかいるんです!」
慌てて招き入れ、逃げる様にリビングに通した。ん?もみじの事情知ってる?
皆んな驚くかと思ったが、
「今朝、茂木さんからメッセージ入ってたでしょ?見てないの?」
桜が自分のスマホを放って来た。顔認証でロック解除すると、アンアンは不思議そうに見ていた。
『高垣杏美が朝イチの便で来て、そのまま花田家に向かうそうです。よろしくおねがいします。』
創成の劇場が出来た時、オール新人では、集客力に不安があるので、デビュー済みの各都市のメンバーから選抜して、創成で公演する予定になっていて、延期になって居るが、そのメンバーのひとりとのこと。
「両親共、創成の出身なんです。里帰り出産だったので私も産まれはコッチなんですよ!あと、やっぱりあの12番って松太郎さんだったんですね!」
アンアンは、七雪のイベントでファン投票でトップだったそうなんだけど、事務所の垣根を超えての選抜で、いざ集めて見ると、事務所のチカラ関係等等の事情で立ち往生、ほとんどの事務所が参加を拒否、Gオフィスはギリギリ迄参加を希望していたが、諸々の事情で断念せざるを得なかった様だ。七雪イベントをクリアして、今後、同じ舞台に立つ未来の仲間に興味が有っての来訪との事。12番については、映画のキャスティングに、僕の事が上がった時に『今度創成でデビューするアイドルユニットの弟』と紹介され、もしやと思っていて、着いたときカマを掛けて確信を得たそうだ。
庭の片付けに戻って、物置に忘れたスマホを回収、リビングに戻るとステージや握手会の話で盛り上がっていた。邪魔をしないようにキッチンに移動してランチの支度。冷やしラーメンを食べて、午後も先輩に相談タイム。しばらくしてチャイムが鳴る。茂木さんが迎えに来てくれた。元々は、もう少しゆっくりの予定だったが、想定外の杏美の登場で、早めに来てくれたみたいだった。倉庫に手を入れただけのレッスン場で、杏美のグループの曲を披露すると、
「レッスン始めて3ヶ月?信じられない!」
杏美はスタンディングオベーション。茂木さんも満足そうに見入っていた。出発の時間迄、歌や踊りのチェックに余念が無かった。




