入れ替わり?
メールを古い順に読んで、今のところ正しいとされる記憶を整理した。取り敢えず、元の記憶の『秋野いろは』の立ち位置に『秋野もみじ』と言う自分が居て、『花田松太郎』は存在せず、『花田いろは』として、元の記憶のいろはがいるようだ。ノートとか、取っておいた試験の答案なんかを見ると、立ち位置の違いだけで、今迄通りって言うか、もみじに変身した状態で生活するのと変わりは無さそうだし、女装で苦労した下半身のカバーや、トイレ、お風呂の問題から解放されたのは嬉しいかも知れない。あと、幼稚園依頼のロングヘアは凄く嬉しいな。
ひと晩眠ったら、元に戻るかな?焦っても仕方がないので、ベッドに入って明かりを消した。
スマホが鳴って、メッセージを開くと
『土曜日の予定決まったよ、シネコンで5時ね!』
どうやら千葉と約束していたらしい。メールを遡ると
『さっきの件、土曜日の夕方ならOKよ。詳細はお任せするわ。』
さっきの件ってなんだろう?デートかな?えっデート??どうしよう?
部屋の様子や、メール、ポストカードなどなどから判断して、誰かとお付き合いしているとは思えない。告られるのかな?いや、どうしよう?メールを見ると、学校の男子数人から告られているみたいで、全て『ごめんなさい』らしい。その時の記憶があれば、土曜日も安心なんだけどな。
考え事をしているうちに寝落ちしたようだ。悩み抜いて送ったメッセージが、
『了解です。』だけだった。まだ5時だったので、のんびり支度をする。身支度、身だしなみは、もみじに変身したときと同じで良いよね?顔を洗って歯を磨いて、部屋に戻って鏡とにらめっこ。化粧水を塗って、日焼け止めクリーム。慣れない筈のビューラーもスムーズに熟し、判らない位の色付きリップを塗って準備完了。メールを読み返したりしていると、キッチンからいい香りが漂い空腹を刺激した。ママの朝食を食べて、作って貰ったお弁当を持って、花田の家に向かった。
入学式のお手伝い係になっていない姉達(こう呼ぶのもおかしいかな?)を除いて登校する。
新入生は、殆ど、いや全員だろうか?女子ばかりで、男子は見つけられかった。無難に式を終え、私達のお仕事も午前中だけですんなり終了。
花田の家で晩ごはんを作り、秋野の家に帰ってママのご飯。松太郎として秋野の家に居た時と変わらなかった。
翌日は、普通に登校。花田の家に行くと、
「もみじ、芒起こしてきて!」
そこは戦場だった。芒の部屋に行くと、
「あと3分・・・」
「もう遅刻しちゃうよ!」
「あっ、もみじ、チュッ」
寝起きだと思えないパワーで拘束され唇を奪われた。
「フローラルの香りね!」
リップクリームの香りを言い当て、猛スピードで支度を整えていた。
無事登校して授業はミニテストが返って来たのと体育だった。答案は当然?もみじの記名で成績は、だいたい松太郎が予測していた位だった。体育の時間、罪悪感を覚えつつ更衣室へ。ウチの住人達はもちろんな事、他のクラスメイトも、当たり前に着替えていた。
女装の時は、制服位のミニの時には短いスパッツとかを中に穿いていたんたけど、タンスに無かったのでちょっと不安を感じながら過ごしていた。更衣室で他の娘を見ると、多分全員、下着だけのようなので、それがスタンダードなんだよね。足捌きとか、ちゃんとお淑やかにしなくちゃいけないと改めて実感した。
放課後、花田の家に帰って、晩ごはんの支度。いろはに、土曜日の件を相談した。
「千葉は、私の記憶では松太郎の親友なんだよね。桐が好きな筈だからね、告られるんじゃ無いと思うんだ。」
「そうなの?先輩達と一緒に何度か会ったけど、その先輩も合わせて3人とも、もみじしか視界に無いって感じだったわよ。」
土曜が余計憂鬱になって秋野の家に帰った。ママのご飯を食べて、パパとテレビで野球観戦。最近の地上波は地元チームばかりなので、東京の伝統チームの試合はBSで、それも毎回では無いので、秋野家では有料チャンネルを契約している。
9回の裏、同点でノーアウト2塁のサヨナラのチャンス。ボテボテのセカンドゴロに、ママは落胆のため息。
「ナイス進塁打!」
私は、膝を叩いて喜んだ。
「満塁策でピッチャーの打順だから、代打鶴井かな?」
「あれ、もみじ、急に野球詳しくなったんじゃないか?」
不思議そうに娘を見るパパ。言った通りに背番号9が出て来て目を丸くするママ。ゲッツー崩れのサヨナラにパパはビールを一缶追加していた。松太郎として暮らし始めた頃みたいな野球談議をして、野球小僧になったパパを、ママが優しく見守っている感じはとても和やかで幸せに満ちていた。松太郎の両親は物心付いた頃には離婚していたので、ちょっと味わった事のない幸せを堪能した。
『私、どんな人のところにお嫁に行くんだろう?』
えっ?すっかりもみじ化しちゃってる?妙にドキドキして部屋に帰った。
戻って来た答案をチェックして、間違えた所を覚え直し、明日の教科書を揃えて早めに灯りを消した。
「ゆ、夢か・・・」
パパとママの仲睦まじい姿を見たせいかな?土曜日の約束を気にしているせいかな?とんでもない夢を見てしまった。
夢の中でもここに寝ていたが、違うのは、千葉が一緒にいて、楓のゲームで何度かみた、R18指定のシーンを楽しんでいた。目が覚めても、カラダの火照りが止まらず、不思議に思っていると、自分の右手がパジャマの中のその中で活発に動いている事に気が付いた。直ぐに止めようと思ったが、寒い朝、ベッドから出るのを先延ばしする様に右手の動きは変えられずに暫く目を瞑り続けた。
そのまま眠ったようで、スマホのアラームが朝を告げた。意識のある時には罪悪感があって、トイレとか、どうしても必要な場合を除いては、見たり触ったりしない様にしていたが、眠っているとは言え、盛大に弄り、目が覚めたあとも暫く止められなかった事を反省すると、その時の感覚を思い出し、独りで赤面してしまっていた。昨夜、お風呂の後穿き替えたばかりなのに洗濯物を増やしてしまい、赤面のまま、ランドリーバスケットに放り込んだ。気を鎮めて身支度を整えた。
学校は無難に熟し、花田の家に帰った。週末はこっちで暮らす事が殆どらしく、1階の細長い、もみじの部屋はそのまま私の部屋になっていた。晩ごはんの支度を雨が手伝ってくれる。いつにも増してにこやかなので、
「何か、いい事あった?」
「もみじねえが『雨』って呼んでくれるでしょ!ずっと前のから『ちゃん』は要らないって言ってたのに、やっとだからね!」
そういえば、記憶の中のいろはも、『雨ちゃん』だっよね。一応、皆んなをどう呼んでいたかをチェックして、料理の仕上げに取り掛かった。




