オレンジ9
私と姉さんは土手沿いの草や花がみだらにうい茂るところを歩いていた。
遠くを見ると、私たちの秘密の基地が見える。
「あの廃バス。まだあったのか」
と姉さんは懐かしさに心をゆだねているみたいだ。
「姉さん。とりあえず行ってみない?」
私は懐かしい物を目の前に笑顔をこぼして言った。
「それー」
と姉さんはまるで花にすいつがるミツバチのように廃バスの方へ走った。
「待ってよ」
と言ったのが私だ。
廃バスの中にはいると、薄汚れたシート座席、きしむ床、すべてあの時のままだった。まるで私たちを待っているかのように感じた。
「そう言えば私たちの宝物があったよねえ、どこに隠したっけ?」
頭をかきながら宝物のありかを思いだそうとしている姉さん。
「私知っているよ」
と手をたたいて得意げに言う私。
「どこどこ?」
「前から三番目のシート座席だよ」
と言って三番目のシート座席の下に箱がある。宝物はその中だ。
開けようとした瞬間、私は目が覚め窓から日差しがさす太陽の光に目を細めた。
私は体を起こして夢で見た宝物の中を思い出そうとしたが、思い出せなかった。
デジタル時計を見ると、六時二十分を示している。起きるには早いが、私はベットから降りて部屋から出た。
廊下を歩いていて母さんは寝ているみたいだ。
私は気まぐれに姉さんの部屋にはいるとそこはまるで姉さんが死んだ日から今まで時が止まっていたかのような感じである。
その証拠に日めくりカレンダーは去年の八月を示している。机の上に置いてあるアナログ式の腕時計も止まっている。机の中を見てみると、姉さんの携帯を見つけたが電源が入っていない。私は姉さんが死んでから誰と通話していたのか気になり、充電器で充電して、立ち上げた。姉さんの携帯のデーターを見てみると驚くことに姉さんは二百人くらいの番号を登録していた。発信履歴を見ると最後に発信させたのは六月三十日を示していた。姉さんが死んでから、一ヶ月ちょい前だ。着信履歴を見てみると魔神英治と言う名前が二十件全部示していた。しかも全部留守電になっている。私は気になるので留守電を聞いてみた。
「あづさ」と悪魔のような声で姉さんを呼ぶ。
私は心の中がすべて壊れてしまったことのように、すさまじい悪寒にさらされた。
続きを聞くと。
「どうしてだよ。俺はあづさのこと好きなんだよ。どうして分かってくれないんだよ」
と気色悪くも甘ったれた声で言う魔神英治という男性。これはストーカーってやつ何じゃないか?
さらにさらに続きを。
「もしお前が俺を愛さないと言うなら、お前の家族をぶっ殺してやる」
私は恐ろしいものを聞いて体が小刻みに震えだし、呼吸が困難になった
なんだ?苦しい。誰か助けて、母さん、サユリさん、姉さん。私怖い。
苦しいまま部屋を出て誰かに助けを求めようとして、私は階段から足を滑らした。
「姉さん。どうして黙っていたんだよ」
「何が」
「本当は受験に苦しんでいたんじゃなくて、ストーカーに襲われて悩んでいたんでしょ」
「私はさあ、いつも亜希子の側で応援しているよ」
「じゃないくてさあ」
「私は亜希子が幸せになってくれることを願っているから」
「それはもう良いよ」
とだんだんいらだってくる私だった。
「私のことは忘れて良いんだよ」
「嫌だよ」
目覚めると私は病院のベットで横になっていた。
体を起こすと母さんが、
「亜希子」
と泣き叫びながら私を抱きしめた。
「亜希子ちゃん」
といつも女神様スマイルで語りかけてくるのは私の笑顔の社長サユリさんだ。
「母さん。分かったから、離れてよ。私は大丈夫だから」
「そうかい」
と言って母さんは離れた。
「はい亜希子ちゃん」
と言ってリンゴを切って差し出してくれるサユリさん。
「ありがとうございます」
と丁度お腹がすいていたのでリンゴを咀嚼。
「亜希子。いったい何があったんだい」
心配のまなざしで言う母さん。
「えーと」
と言って、
「なんでもない」
と姉さんが自殺したのは受験じゃなく魔神英治と言うストーカーに襲われたからだと母さんには話せなかった。
話したらきっと母さんは私と同じようになってしまうような気がした。
「亜希子。あんたは過呼吸って言う表情になっていたんだって、お医者さんに聞くと何か精神的ショックを受けたんじゃないかって言っていたのだけれども」
「別に大丈夫だよ」
「そうかい。じゃあ、母さんは仕事に行くけど、何か調子の悪いときはすぐにお医者さんに言うんだよ」と言って、母さんはサユリさんに「亜希子がいつもお世話になっています」と一礼して「これからも亜希子のことよろしくお願いします」と言って病室から出ていった。
丁度母さんはいなくなってサユリさんと二人きりになった。
サユリさんはカーテンを開けて窓の向こうから夕日が差し込んできて私はまぶしくて目を細めた。
その時思いついたのが、サユリさんとの相談だ。私は姉さんに魔神英治のことを聞きたいのだ。あれだけ私に不思議な体験をさせたサユリさんなら、死んでしまった姉さんのことをよみがえらせられるんじゃないかって思ったのだ。
「どうしたの亜希子ちゃん」
と言いながら近づいてきて、私のほっぺをつついた。
「あのさあ・・・」
と私はサユリさんに姉さんをよみがえらせる方法を聞こうとしたときだ。
「それは無理だよ」
「無理って私はまだ何も」
「亜希子ちゃんの顔に書いてあるよ。姉さんを何とかしてあげたいって」
「どうして分かるんですか?」
私はサユリさんの発言に驚いた。まるで私の思いを超能力かなんかで読みとったことに。そしてさらにサユリさんは、
「亜希子ちゃんのお姉さんなら、いつも亜希子ちゃんの側にいるよ」
「どういうことですか?」
私はサユリさんが言っていることがさっぱり分からない。
サユリさんは私に顔を近づけて、いつも私の心を安心させてしまうスマイルで、
「そういうことですよ」
とリンゴを丸かじりして言うサユリさん。
「ふざけないでください」
とつい大声でくちごたえしてしまった。
でもサユリさんは色鮮やかな夕日に照らされながら満面の笑顔で私を見つめ、
「亜希子ちゃんのお姉さんは悲しんでいるよ」
と言うサユリさん。
私は怒りの臨海点を超えて、
「だからどういうことなんだよ」
と怒鳴り散らしてしまった。
「だから私はいつも見ているよ。亜希子ちゃんのお姉さんを」
もう怒ることもバカらしく思った私は、
「もう良いよ」
と言って布団の中に入ってサユリさんからそっぽを向いた。
「亜希子ちゃん」
「はい」
とサユリさんにご立腹の私はすれた不良のような口調で言った。
「私は人間の守護霊が見えるのよ」
「そんなこと・・・」(あるわけがない)と言いたかったが、私は実際、お化けにもあっているし、過去にさかのぼって行ったこともある。それに昨日なんか小さくなる飴をなめてしまって小さくなったりもしている。
だからサユリさんの言っていることを信じられる私は体を起こし、サユリさんの目を上目遣いで見つめ、
「じゃあせめて生き返らせることが出来ないなら、姉さんに聞きたいことがあるんですけど」
「それも無理」
「どうしてですか?」
「あくまで私は見えるだけで、その霊に話すことは出来ないの」
「じゃあ姉さんは今どんな顔をしているんですか?」
「泣いてる」
「・・・」
「姉さん泣いているよ」
「・・・」
しばらく黙りが続いてサユリさんは、
「じゃあ、亜希子ちゃん。早く元気になるんだよ姉さんのためにも」
「はい」
と納得した私だった。
「じゃあ私はそろそろ帰るけど、まあ、亜希子ちゃんの気持ち分かるけど、あまり亜希子ちゃんのお姉さんのことを詮索しない方がいいかもよ」
と言って病室を出ていったサユリさん。
この病室には誰もいなくなった。一人でいるとつい考え事をしてしまう私だった。
どんなことを考えているかというと、それは姉さんのことだ。私は姉さんの携帯を聞いてしまった。あの魔神英治って言う男性は誰なんだ。私の推測だけど、姉さんは魔神英治にストーカーされて、私と母さんを『皆殺しにするぞ』っておどされたんだ。それで姉さんは私と母さんを守るために自殺・・・自殺・・・ああ、これ以上考えると・・・怒りに翻弄されて涙も出ないほど悲しくなり、窓のガラスを拳で割った。ガラスの破片で腕を切った流れる血を見つめて私は震えていた。
音に駆けつけたピエロのような看護師佐久間さんが、
「どうしたの亜希子ちゃん」
と目を丸くして驚いている。
どうなっても良いと思った私はまるでスイッチの切れた人形のように立ちつくしていた。
魔神英治、見つけたらこのガラスの破片でぶっ殺してやる。
私が退院が一週間延びた理由は私がガラスを割って精神的におかしいと医者が判断したらしいからだ。
一週間後、私は退院して母さんが
「亜希子。もうバカなことは考えないでね」
と涙は頬をつたっている。相当私のことが心配なのだろう。
だからもう誰にも心配はかけてはいけない。私は姉さんにストーカーをした魔神英治に許せない気持ちでいっぱいだったけど、私の怒りが募ってしまったら、私はおかしくなってしまうので少しずつ時の風に乗せて、忘れようと決心した。
そういう前向きな気持ちで挑んでいけば、私を陰で見守っている姉さんも喜んでくれるだろう。だから復讐なんてバカなことは考えない。
「おはようございますサユリさん」
と私もサユリさんの女神のような笑顔に負けないぐらいに笑顔で言った。
「おはよう亜希子ちゃん」
とサユリさんはすてきな笑顔だ。
このようにして、私とサユリさんの一日が始まるんだと思うと言葉には表せないすてきな気持ちに翻弄されてしまう。
私とサユリさんは世界一幸せものだと思う。
オレンジの日々。
悲しみも苦しみも幸せも怒りもこの世の滑稽さもすべてははかない一瞬の出来事にすぎない。だから私は遠くを見つめ、白い吐息をはいている。私はすべてが楽しい。私は風のような自由を持っています。




