オレンジ13
遠ざかるブルーを帯びた空。そして空はブラックへと包み込まれ、町はネオンを放ってきれいだ。
ここは仙台。昔家族旅行へ行った町だ。私はまた夢を見ている。だってそこには姉さんがいるからだ。
「姉さん。また私に伝えたいことでもあるの?」
「うん。亜希子には何か夢を持たせてあげたいんだよ」
「夢って?」
「うん。亜希子は何かやりたいことでも見つかった?」
「うん。夢はあるけど、叶えられるかどうかわからないんだ」
「やっぱり亜希子はサユリさんに憧れているのか」
「うん。どうしてわかるの?」
「私は亜希子の姉だから何でも知っているのよ」
夢から覚め、私は体を起こした。
サユリさんかあ、私もあんな臨床心理士になりたい。でもそれには大学に行かなければいけないのだろう。
そういえば、私のベットの隣にあづさちゃんがいない。
またかと思って、部屋を出て台所に向かうと案の定、あづさちゃんをおぶっている母さんがいた。
「いつも言っているじゃん。あづさちゃんをかってにつれていかないでって」
「あら、良いじゃない。あづさちゃんは私の背中の中で眠っているんだから」
まあいい。あづさちゃんが気持ちよさそうに眠っているならそれで良い。
朝食を済まして、あづさちゃんをおぶってホットイップクに向かった。
「おはようございますサユリさん」
「あらあらおはよう」
「あのーサユリさん」
「なあに」
といつもの女神様スマイルで言うサユリさん。
「私も臨床心理士になりたいのですがどうしたらいいのでしょうか」
「昨日もそんなことを言ってたね?」
「私はサユリさんみたいになりたい」
ちょっと照れ臭かったが私は正直に答えた。
「そう。じゃあ、亜希子ちゃんに私から一つ課題ね」
「なんですか?」
と言ったらサユリさんはタンスの引き出しから原稿用紙とペンを取り出し、私に差し出してきた。
「どうするんですかこれ?」
「どうしてなりたいか、自分の気持ちに素直になりながら書いてみなさいよ」
「わかりました」
と言って、原稿用紙に自分の素直な気持ちを書いた。
私は臨床心理士に憧れている。私の先生であるサユリさんの仕事ぶりを見ていると、本当にやりたいことはこれなんだと実感している。そのほかにも私はいろいろな人たちと出会い、いろいろな相談に乗ってあげて、いろいろな人たちに愛されたい。そして幸せになりたい。
人生経験はまだ薄いが、私はがんばりたい。
と書きつづっていると、なんだか心の底から意欲がわき出てきた。
「サユリさんサユリさん」
私は今の高ぶる気持ちを誰かに聞いてもらいたかった。
「何亜希子ちゃん?」
とコーヒーをすすりながら、ニコッと笑顔で答えるサユリさん。
「私、夢が見つかったよ。私はサユリさんみたいな臨床心理士になりたい」
「あらあら。そう」
「だから来年から通信制の高校に行って勉強しながら、大学受験を考えてみたいんだけど、
どうかな?」
「うん。良いんじゃない」
「とにかく私、やってみます」
お昼がすんで、私はあづさちゃんをかかえて、お店の方へ、サユリさんはスクールカウンセリング。
私はお店に人がいないことを良いことに漢字検定二級の問題集をやっていた。
とにかく夢を叶えるために私は勉強をしていないといられないのだ。
ときどき、あづさちゃんが泣き出すのはおしめかお腹がすいたことだ。ちゃんと処理しながら勉強をしている。
そこは春風がささやく畑の中、私は姉さんと手をつないで歩いた。そして語り合った。
「姉さん」
「何?亜希子」
「私、夢見つかったよ」
「ホントに?」
と喜ぶ姉さん。
「私決めたよ。サユリさんみたいな臨床心理士になるって」
「そう。私は亜希子のこと、いつまでも応援しているよ」
と心の底から言っているのか、姉さんの笑顔もサユリさんと同じような女神様スマイルだ。
そんな笑顔を見ていると、私まで癒されてしまう。
私も人前でうまく笑えるようにがんばらなきゃと思うんだ。
「亜希子ちゃん亜希子ちゃん」
と私を揺さぶるのは誰だと目を開けるとサユリさんだった。
「サユリさん」
と目をこすって、見つめて私は、
「あれ、私眠っちゃったの?」
「亜希子ちゃん。これ」
と言って、いくつかのパンフレットを私に差し出した。
「何のパンフレットですか?」
と言いながら、パンフレットを見つめる私。
どうやら、大検や通信制高校のパンフレットだ。
「亜希子ちゃんは今いくつだっけ?」
「十七才ですけど」
「じゃあ、今から大検の勉強していけば現役と同じく大学に入学できるわ」
「本当ですか?」
「エエ、本当よ」
「ますますやる気が出てきたよ」
と拳を握りしめる私だった。
「それと亜希子ちゃん。これ」
と言って一枚の封筒を私に差し出すサユリさん。
受け取って中を見ると、お金が五万円はいっていた。だから私は、
「受け取れませんよこんなの」
と返すとサユリさんは、
「お願い受け取って」
と笑顔で言うサユリさん。
「私、そんなお役に立てるようなことはしていませんよ。それに私はサユリさんにいろんな体験までさせてもらって、私はここまで成長してきたんですから、お金を渡したいのはむしろ私ですよ」
「いいえ、私は亜希子ちゃんに何度も助けてもらったし、ほら、マリンパークの一件でさあ、それに私は亜希子ちゃんがいなかったら、私はここにはいないわ。いろんな意味で私は少ないけどお給料を受け取って欲しいのよ」
「でも・・・」
「ほら、だからさあ」
と言って再び封筒を差し出すサユリさん。仕方がないので、
「じゃあ、受け取ります」
と言って、私はリュックサックに入れて置いた。
これは使えないお金だ。いつまでも大事に取っておこう。
窓の外を見ると、オレンジ色の黄昏を気取っていた。すべての一日に終幕へと誘うサインだ。
私の夢のこと母さんにも、相談した方がいいかもしれない。でも大学と聞いたら、姉さんのことを思いだして、反対されるかもしれない。
「ただいま」
「おかえり」
とにこやかに玄関まで迎えに来る母さん。
「コホン」
と一つ咳払いをして、今日思ったことを話す心の準備をして、
「母さん」
「なんだい亜希子」
「とりあえずさあ、中で話し合おうよ」
と言って、居間ではすき焼きが用意されていた。
「今日は寒かったから、奮発してすき焼きにしたのよ。タンとお上がりなさい」
「うん」
話があるのだが、タイミングが合わず、話を繰り出せない。でも私は、
「ねえ、母さん」
「なんだい亜希子?」
「私大学に行きたい」
と私が言ったら母さんはにっこりと微笑んで、
「うん。行きなさいよ。母さん応援しているから」
「えっ良いの?」
「うん」
「ありがとう」
「亜希子」
と急に改まった声で母さんは、
「母さん嬉しい」
と目から涙をこぼしてしまった。
「何泣くの?」
「だって母さん亜希子が引きこもっているとき、どうすればいいのかわからなかったもん」
「そうなの?」
「亜希子は大学で何やりたいの?」
「私、サユリさんみたいな臨床心理士になりたい」
「じゃあ、また高校入り直して行く?」
「いや、大検で行く」
「そう。母さんは亜希子の好きなようにやればいいと思っているからがんばりなさいよ」
嬉しそうに言った。
オレンジの日々。
部屋に引きこもっていたときはまるで私は空虚な樹海をさまよっているような感じだった。でも今は違う。私はいろいろな体験をして、空虚な樹海から抜け出すことが出来た。それは母さんやサユリさんが側にいたからだ。だから私は間違っていない。人間は一人では生きていけないのだ。だから私は冒険の旅に出ているのだ。きっと夢の先にはすてきな出会いがあるんだと思う。