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オレンジ10

冷たい風にさらされ、白い吐息を漏らしながら私は姉さんのことを思うのです。

姉さん。少しばかり私は躓きましたが、母さんやサユリさん、姉さんの見えない涙に支えられました。

人間というのは不安定な生き物です。だから私は母さんやサユリさん、そして姉さんがいるから生きていられるのです。

だから私は幸せです。

そしてサユリさんは私につぶやくのです。姉さんは笑っていると。





「イルカはねえ、神秘的な生き物なんだよ」

と姉さんがマリンパークのイルカに餌をあげながら言った。

空はミルキーウェイ。地面にガラスを巻いたかのようにきらきらと光っている。

「何が神秘的なの?」

と姉さんの傍らで首を傾げる私。

「イルカはねえ、精神的にも良いらしいんだ。ほら、亜希子がこの前過去にさかのぼって昔のサユリさんにあってイルカと戯れたら自閉症が直ったことだってあったじゃん」

「あーあれねえ」



また姉さん夢を見たみたいだ。もう何回目だろう。数え切れないや。

朝食が済んで外に出ると雪が私の視界を埋め尽くすように真っ白に降り続いている。これは姉さんが自殺したときと同じように風が嘲笑っているかのように感じた。でも私はくじけない。白いダッフルコートを身にまとい傘さしてホットイップクに向かうのだ。

「おはようございます」

いつものようにサユリさんに笑顔で言う私であった。

「あら亜希子ちゃん」

とサユリさんはいつもの女神さまスマイルだ。






とサユリさんのほかに男の人がいたテーブルの前であぐらをかいている。

私は笑顔で会釈したら、男の人は無表情に会釈した。

そんな中サユリさんが、

「紹介するねえ亜希子ちゃん」

「はい」

「魔神英治君よ」

と私は紹介され、言葉も出なかった。

こいつが魔神英治?短髪で黒いダッフルコートを着込んだ典型的な優男だった。

私は姉さんを殺したやつが偶然に現れたことに憤りが止まらなくて、その場で小刻みに体が震えた。

「どうしたの亜希子ちゃん」

とにっこりと首を横に傾けて、心配そうに言うサユリさん。

「サユリさん。こいつだよ」

震えた指で魔神英治をさす私だった。

「何がこいつなの?」

「こいつが姉さんを殺したやつだよ」

と大声で言う私。

もう忘れるつもりでいたがここであったが百年目、私は台所に行って包丁を持って魔神英治に向けた。

「覚悟はできてんのかよ魔神英治」

私は本気だった。ここで魔神英治を殺すつもりだったが、サユリさんに包丁を奪われ、サユリさんのピンタが私の頬に直撃した。

震えながらよつんばになった私をサユリさんが、

「どうしたって言うの亜希子ちゃん」

悲しそうな面もちで言うサユリさん。もはや笑顔ではないのは当然だ。

「そいつが私の姉さんにストーカーして自殺に追い込んだ魔神英治だよ」

と私は再び魔神英治に指さして怒鳴ったら、魔神英治は幼い子供のように泣き出してしまった。

その姿を見た私はすっかり拍子抜けしてしまいサユリさんは、

「亜希子ちゃん。お姉さん。悲しんでいるよ」

「嘘だ」

と叫んだ。

「とにかく話し合いましょう」

と言ってサユリさんは私を天使の衣のような感じで抱きしめてくれた。サユリさんに免じて私は、

「分かった。話だけは聞いてやるよ」

「うん。ありがと」

と言って私を強く抱きしめるサユリさん。

「魔神、あんたなんだろ。姉さんを自殺に追い込んだのは」

鋭い視線で魔神英治に訴える私。

そしたら魔神英治は再び泣き出してしまった。

「亜希子ちゃん。気持ちは分かるけど、英治君は自閉症なのよ。だからあまり攻めないで」

泣いている魔神英治にすがりつくようにサユリさんは見守った。

「どうして、そんなやつをかばうんだよ。私の大切な姉さんを自殺に追い込んだやつをよお」

「お姉さん悲しんでいるよ」

それでも笑顔を絶やさないサユリさん。

私の憤りで理性を失っている。今すぐこいつをぶっ殺してやりたい。

「なんだよサユリさんはそっちの味方かよ」

「私は亜希子ちゃんと魔神君のどちらとも味方だよ」

優しい口調で言うサユリさん。

しばらく黙りが続いた。そのしじまは私の憤りが頂点まで行き届ける期間だ。終いには涙がこぼれてこれ以上どうすればいいのか分からず私は、

「私ホットイップクのスタッフをやめます」

と言って、ホットイップクから外に出ていった。

猛吹雪の中傘も差さずに私は走った。家に到着して、姉さんの部屋の中で私は涙が止まらなかった。

どうしてだよ。あんな悪魔みたいな魔神英治をかばうなんて・・・

私は考えた。姉さんを追い込んだ証拠、魔神英治の音声が姉さんの携帯に入っている。この音声を警察に出せば魔神英治は豚箱に追いやることが出来る。

そんなことを考えているときだ。

誰かが私の家に訪ねてきた。

ドアを開けるとあの女神様スマイルのサユリさんだった。

「亜希子ちゃん」

「何?サユリさん」

と素っ気なく言う私。サユリさんに話すことなんか何もないと思ってドアを閉めようとしたらサユリさんが、

「私の話を聞いてくれたら、亜希子ちゃんのお姉さんに会わせてあげても良いわよ」

と真剣な眼差しで言うサユリさん。

聞く価値はあると思った私は、

「どうぞ」

と言って私の家に招いた。

サユリさんに居間に誘って椅子に座ってもらい、

「コーヒーしかないけど、アイスとホットどちらが良いですか?」

「じゃあ、ホット」

コーヒーの粉をカップに入れお湯を注いで、砂糖とミルクを差し出した。

サユリさんはブラックのまま、コーヒーをすすって、

「亜希子ちゃん」

「はい」

「亜希子ちゃんの気持ちは分かるよ。私も亜希子ちゃんの姉さんを自殺に追い込んだ英治君を許せなかったけど、英治君きっと反省していると思うわよ」

「だからって私は絶対に許さない。私もう魔神の証拠つかんでいるもん」

と言って携帯を見せつけた。

「証拠ってそれ?」

「はい」

と言って、私の姉さんに死ぬほどの罵声を言った魔神の声を聞かせてあげた。

「これはひどいかもしれないけど、その前に亜希子ちゃんのお姉さんに会いに行きましょうよ」

「どうして」

「だってお姉さん泣いているもん」

「どうしてそれが分かるんだよ」

「前にも言ったけど、私は亜希子ちゃんの守護霊が見えるのよ」

「嘘だ」

と叫んで、

「私は魔神英治を告訴して豚箱に入れてやるんだ」

「その前に姉さんに会いに行こうよ」

笑顔で言うサユリさん。しばらく黙りが続いて冷静に考えた私は、

「分かったよ。どうすれば会えるんだよ」

私は姉さんに聞きたいことが山ほどあるサユリさんは私に不思議な体験をさせられるほどだから、きっと死んだ姉さんに本心を聞けるだろうと思う。 「じゃあ亜希子ちゃんのお姉さんと亜希子ちゃん。どっか思い出があるところはない」

とサユリさんに聞かれてとっさに思い浮かんだ場所を言う。

「土手の廃バスの中」

「じゃあ、車で行くから案内して」

とサユリさんは言う。

きっとサユリさんは何か得体の知れない魔法みたいな物を使うのだろうと予想した。

サユリさんは車にエンジンをかけ、私は助手席に座った。

私が誘導して十分、廃バスが置かれてある私と姉さんの思い出の場所に到着した。

念を押すようにサユリさんは、 「いい亜希子ちゃん。亜希子ちゃんのお姉さんと話せるのは十分だけだからね。それまでに心の準備は良い?」

サユリさんの表情は真剣そのものだった。

そんなサユリさんを見て私の心臓の音が激しく鳴り、緊張そのものだった。

「亜希子ちゃん。緊張しているでしょ」

「はい」

「そういうときはお腹で息してごらん」

とサユリさんに言われたとおり、お腹で息をした。すると不思議と緊張は途切れ、私の心はリラックスした。

「じゃあ、亜希子ちゃん。これ」

と言ってサユリさんはなんの変哲もない白い石を私に差し出した。

「なんですかこれ?」

と石を摘んで、首を傾げる私だった。

「それは願い石と言って死者と交流できる石なの。私のお母さんが死んだとき、それを五つもらったの。そしてお母さんは言ったの。どうしても辛いことがあったら、私を呼んでと、私が十歳の時かな?そう言って私の母さんは病気で死んでいったの。この二十年間どうしても辛くて死んでしまいたいほどになったときに使ったの。初めて使ったのが私が十四歳の時だった。その時あったときに母さんは笑顔だったの。十分間だけだったけど、私の心は自殺したい気持ちから一転して笑みがこぼれてねえ、どんな辛いことだって誰にも負けないような笑顔でこの世の中を突っ走ってやると思ったの。その後もどうしてもダメって言うときだけに使ったの。そしてこれが最後の一つ」

とサユリさんは自分のお母さんに別れを告げるような切ない笑顔で言った。だから私は、

「そんな大切な物私には使えませんよ」

と石をサユリさんに返そうとしたら、

「いいの。私はもう母さんに会う必要はないの」

「でも」

と言って、石を返そうと指しだした私の手をサユリさんは、

「いいの」

と言って、私の手をギュッと包み込むように石を握らせた。

「もう。お母さんに会えなくなりますよ」

「大丈夫。お母さんはいつも笑顔で見守ってくれたから」

「本当に良いんですか?」

とサユリさんの目をまじまじと見ていった。

そしたらサユリさんは笑顔で頷いた。

「分かった。で、どうやって使うんですか?」

「簡単よ。その石を握って強く会いたい人を念じるの」

「分かった」

サユリさんが見守る中、私は廃バスの中に入り、石を強く握って姉さんを思った。すると・・・

「亜希子」

と言って姉さんが実体化した。

「姉さん」

と言って姉さんに抱きつこうとしたら、すり抜け私は地面に伏した。

「亜希子。ゴメンね」

と笑顔で姉さんは謝ってきた。

「どうして謝るの?」

「亜希子。魔神君を許してあげて」

「どうしてだよ」

と憤った私は地面に拳を突き立てていった。

「私が悪いの」

「どういうことだよ」

「私ねえ、魔神君に告白されたの。でも私は魔神君が好きになれなかったの。しかもお互い受験生だった私は魔神君になんて言ったらいいのか分からなかったの」

「それで魔神はおかしくなったのかよ」 「そう。それで魔神君は受験に失敗して一郎する事さえもできなくなって、心配した私は魔神君に謝ったの。でも魔神君は許してくれず、私に毎日のように電話をかけてきたの」

「知っているよ。この携帯の中に全部魔神の音声が入っているから、これを警察に差し出せば一発で豚箱行きだよ」

「亜希子。そんなことしないで」

と困り果てた顔で姉さんは言う。でも私は、

「私許せないんだよ」と大声で叫んで「じゃあどうして姉さんは自殺しちゃったんだよ」

と気がつけば、私の涙は頬をつったっていた。

「それはねえ、私が魔神君の一生を狂わせてしまったからよ。それが私の中で苦になってねえ・・・ゴメンね亜希子」

「死ぬ必要なんかないよ。謝って済む問題じゃないよ」

と私の涙は止まらない。

「亜希子には辛い思いをさせてしまったね、謝って済む問題じゃないよね、でも私のことは良いからせめて魔神君のことだけでも・・・」

と姉さんの体は徐々に薄れていって消えてしまった。

泣きじゃくんでいる私は大声で叫ぶしかない。そうしないと私の悔しさ、憤りが臨海点を超え、おかしくさせてしまうからだ。

もう声にならない叫びだった。気がつけばサユリさんが、

「大丈夫」

と心配そうに言った。私は何て言ったらいいのか分からないからサユリさんに一言、

「一人にしてください」

と言った。

「こんなところにいたら風邪ひくよ」

「いいから一人にしてください」

と涙が止まらない。さっきサユリさんに教わった腹式呼吸を活用して気持ちは落ち着いた。

「じゃあ、外で待っているからね」

と私の背中にサユリさんはダウンジャケットをかけて、私がいる廃バスの中からサユリさんは外に出た。

私の涙はかれ、まるで私は壊れた人形のように床にへばりついていた。

どうすればいいのか、廃バスの窓の外を見ると、無情にも雪は降り続いている。

姉さんは魔神英治のことを許してやれと言っているが私は許せない。ぶっ殺してやりたい。

そう言えば私はこの思いでの廃バスの夢を見たっけ、そう言えば前から三番目の座席に私と姉さんの宝物を隠したっけ。

私は立つ気力もないので床にへばりつきながら、前から三番目の座席に向かうとそこには夢の通り、私と姉さんの宝物を見つけた。

中を見ると行方不明になった父さんにかってもらったペンギンの懐中時計だった懐かしい。私が父さんにだだをこねながら買ってもらった物だ。私と姉さんで大事にしていたんだね。

「父さん」と私はつぶやいて、父さんとの思い出に心を寄せる。

父さんは私が七歳のころにいなくなったけど、今頃どうしているんだろう・・・いや死んでいない。生きてる。これ以上私のかけがえのない人が死ぬなんて嫌だ。

立とう。そして前に進もう。

悲しみという物は突然やってくる。けど、私は負けない。

バスの外に出ると、さっきまで私を嘲笑っているような吹雪はやんでいて快晴だった。

辺りを見渡すと、サユリさんがいつもの女神様スマイルで私が出てくるのを待っていたみたいだ。

「どお?考えはまとまった?」

と聞かれ、憂鬱だった私の心は太陽の光で少し癒された。

「私、帰る」

「そう。その前に私の喫茶店でお昼にしない?」

とサユリさんに誘われ、どうせ家に帰っても憂鬱な心は募るだけだからサユリさんにお昼をごちそうになることにした。

車で二十分程度、喫茶店に到着した。

サユリさんが意気揚々に私の手を引っ張った場所は古びたジュークボックスだ。

「亜希子ちゃんに聴かせたい歌があるんだ」

と言ってサユリさんはジュークボックスに曲をセットした。

その前奏は悲しそうな歌だった。

歌を聴くと・・・



 その曲はアルフィーのラジカルティーンエイジャーと言う。

 歌は良い。聞いているだけで勇気がわいてくる。

 今の私にぴったりな曲だ。今度は嬉しくて歓喜の涙を流してしまった。

 サユリさんはカウンターに座っている私にスパゲティを差し出し、

「サユリ特製ペペロンチーノ。これ食べて元気出してね。それと魔神君はもう来ないって」「エッどうしてですか」

 と私が聞くと、深刻なことでもあるとサユリさんの表情に書いてある。

「魔神君言ったいたけどね、許してはくれないと思うけど亜希子ちゃんに謝ってくれって」

「そう。私は許せないけど、姉さんの気持ちを尊重することに決めたよ」

 と私は涙を振り切って言った。

「亜希子ちゃん亜希子ちゃん」

「はい」

「お姉さん。笑っているよ」


 オレンジの日々。  


私は姉さんが笑ってくれるならそれで良い。サユリさんの笑顔に酔わない日はない。母さんのぬくもりに触れない日はない。かけがえのない人たちへの幸せを願わない日はない。だから私は幸せな日々を送らなきゃいけないのだ。


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